1980年代前半のお笑いブームの渦中にいたトリオ「コント赤信号」の小宮孝泰は近年、俳優との〝二刀流〟で落語に打ち込んでいる。自身が主催する役者の落語会「ごらく亭」のプロデューサーである小宮に話を聞いた。

 明治大学の落語研究会出身。「明大落研(おちけん)」在籍中の先輩には立川志の輔や立川談之助、同期に立川談幸ら本職の落語家がいる。79年、落研の同期だった渡辺正行、劇団養成所で出会ったラサール石井(当時・石井章雄)とコント赤信号を結成し、翌年にテレビデビュー。漫才ブームを背景としたフジテレビ系のバラエティー番組「オレたちひょうきん族」に82年からレギュラー出演するなどして人気芸人となったが、90年代以降は舞台俳優に軸足を置きつつ、テレビドラマや映画に出演。2004年には文化庁の第1回文化交流使としてロンドンに演劇留学した。

 このロンドン留学で落語への情熱が再燃した。日本文化を知ってもらおうと、英語に翻訳した落語を現地の小中高校などで披露。「座布団1枚の語り芸でイマジネーションがわいて…という話芸は世界でもあまりない。イギリスで初めて分かった」。テレビ朝日系ドラマ「相棒」で殺人犯の落語家を演じたこともきっかけとなり、11年以来、毎年夏に「『ごらく亭』の夏休み」と題した落語会を開催している。落語の実力が評価されている松尾貴史、落語や漫才もこなす山口良一、落研出身で劇団「ナイロン100℃」の松永玲子らが参加。15年にはアルフィーの坂崎幸之助が出演し、17年は春風亭昇太の協力を得た冬の回も含めて2回開催した。

 第13回となる今年は8月13日に東京・新宿の角筈(つのはず)区民ホールで開催。小宮は「落語と漫才に加えて、古典落語を題材にした『お座敷芝居』という落語コントもやっていますが、今年は登場人物の多い大ネタ『文七元結(ぶんしちもっとい)』をやります。さらに、某大物ミュージシャンが出演予定で、都々逸なんかをやってくれるのでは…」と予告した。

 役者の落語は、本業の落語家とどう違うのか。

 「春風亭小朝さんも語っておられますが、落語家は登場人物をそんなに演じ分けていない。首の振りも小さく、語りの中で少し声色を変えるだけです。あくまで語りが主で役の演技は従です。私たちの役者の落語会『ごらく亭』では、本職の落語家さんより演じ分けをしても良しとしています。これは昇太さんの例えですが、役者の落語は『お父さんが作るカレー』。一生懸命に凝って作る。落語家の落語は『お母さんが作るカレー』。残り物でなんとか作る。つまり、役者は最初に決めたネタだけを舞台と同じように一生懸命に作り込むからそれしかできないけれど、落語家は寄席で客の様子や前後の出演者が何の演目をやるかを調べて、その場でネタを決められる柔軟性がある。でも、マクラに関して言えば、私たちベテラン役者もいろんな経験をしていますから、皆さん結構面白いです。古典落語をリスペクトしていますから、僕も含めて落語を高座にかける前に、昇太さん、柳家喬太郎さん、林家たい平さん、桂九雀さんらプロに稽古をつけてもらっています。お客さんを意識する。そこは肝に銘じています」

 得意ネタの「元犬」「悋気の独楽(りんきのこま)」「寝床(狂言バージョン)」といった古典落語に加え、漫才コンビ「2丁拳銃」の小堀裕之作「ハンカチ」など新作も含めて持ちネタは25本ほど。「今回、僕がやる落語は『佃祭』。還暦を過ぎ、もうすぐ喜寿という年齢に差し掛かってきたら、笑いだけでなく、人情ものもやりたいなと」。今年3月で66歳になった。さらに構想は膨らむ。

 「戦前からの文豪による江戸時代の小説を元にした新作落語をほぼ書き上げていて、それを来年やるつもりです。また、来年はコント赤信号で芝居をやろうと思っています。元々、僕ら3人は役者指向でしたから。『ごらく亭』の今後としては、僕が70歳になる時に少しだけ形態を変えるかもしれません」

 そして、小宮は秘話を明かした。「そもそも『ごらく亭』というネーミングは10年前にこの世を去った妻が名付け親なんです。存命中に2回は見てくれた。その後も亡き妻の写真を会場に持って行って見てもらうようにしている。10回以上は絶対に妻のために続けようと思っていたら、今年で13回になります。ある意味、落語に生かされている僕もいます」

 2001年に乳がんが発覚し、闘病生活を送りながら12年に亡くなった愛妻・佳江さんへの思いが「ごらく亭」には込められていた。

(デイリースポーツ/よろず〜ニュース・北村 泰介)