コメ価格高騰に歯止めか「アレがこんなとこにも役立つのか」

静岡県の志太榛原農林事務所が中心となり、AIシステムを活用してコメ農家の肥料コストを削減する実証実験が始まった。
取り組みの背景には、2022年の肥料価格の急激な高騰がある。ロシアのウクライナ侵攻や円安の影響で、農家の経営を直撃したのだ。
ビジネスジャーナルより紹介する。
新たに導入されたのが、AIシステム「ザルビオ」と可変施肥田植機だ。ザルビオは衛星画像をAIで解析し、圃場の生育状況を5段階に分類することができる。
「例えばレンゲがよく育っているところは緑色、育ちが悪いところは赤色というように、色分けして表示されます。そのデータをUSBで田植機に取り込むと、圃場内での肥料の投入量を調整してくれるんです」(井鍋氏)
結果、通常300キロ必要だった肥料を150キロにまで削減することに成功した。実に50%の削減だ。農家にとって肥料費は大きな負担だけに、この成果は非常に大きい。
ただし、現状ではAIがすべてを自動化してくれるわけではない。最終的な肥料の投入量は人間が設定する必要がある。
「完全にAIに任せる段階にはまだ至っていません。農家の経験や勘を組み合わせながら使うことで、より精度の高い施肥が実現できると考えています」(井鍋氏)
つまりAIは“万能の代替手段”ではなく、“人の判断を支える道具”として機能するのだ。
実際に導入した農家の反応は前向きだ。肥料コストが半減したことで負担が軽くなり、さらに稲の生育も均一化してきているという。ある農家は実証実験を機に可変施肥田植機を購入し、ザルビオの本格導入も決めた。
「実際に試してみて成果を実感できたからこそ、自費で導入するという選択につながったのだと思います。農家の方にとっても“投資する価値がある技術”として映ったのでしょう」(井鍋氏)
現状は一つの農家・75アールの規模での実証にとどまっているが、今後成果が確実に示されれば、大規模農家を中心に普及していく可能性は高い。
農家にとっての最大の利点はコスト削減だが、それは消費者にも無関係ではない。
「今でこそ米価の高騰が話題になっていますが、米価が長年下落傾向にあるなかで、農家の多くが赤字経営に陥っています。生産コストを下げることができれば、消費者にとっても価格が安定する可能性が出てきます。さらに環境負荷の低減という点でも意義があります」(井鍋氏)
化学肥料の多くは輸入に依存し、製造過程でも環境負荷が大きい。削減が進めば、農業の持続可能性を高めることにもつながる。
ザルビオは肥料コスト削減だけでなく、稲の生育ステージを予測する機能も持つ。穂が出る時期や収穫期をAIが提示することで、農薬散布や収穫作業の計画が立てやすくなる。
「大規模農家は圃場が分散していることが多いため、作業の順番をどう組むかが重要になります。AIを上手に使えば“刈り遅れ”を防ぐこともできるのです」(井鍋氏)
高齢農家にとっても、スマホで操作できる簡便さは大きな利点だ。難解なシステムではなく、直感的に使えることが普及の鍵となる。
この取り組みは、行政がトップダウンで推し進めたわけではない。最初は一農家の声から始まり、養蜂業者との連携、農家同士の意見交換を経て、徐々に広がっていった。
「農家と養蜂業者双方がメリットを得られる仕組みを作ることで、自然と面積も拡大してきました。今では32ヘクタール規模に広がっています」(井鍋氏)
現場の声を丁寧に拾い、試行錯誤を重ねながら広がる“ボトムアップ型”の取り組みは、農業政策においても一つの理想的な形といえるだろう。
井鍋氏は「レンゲの生育状況を見ながらAIと可変施肥を組み合わせる取り組みは、全国的にも前例が少ない」と話す。もし成果が明確に示されれば、全国の自治体や農家が注目する可能性は高い。
「レンゲが自生して翌年も生えてくる生態を活かせば、さらにコスト削減が見込めます。今回の実験は新しい農業の可能性を示す第一歩だと思います」(井鍋氏)
農業の高齢化や大規模化が進むなかで、AIやデジタル技術の導入は避けられない流れとなっている。肥料コスト削減だけでなく、労働負担軽減、収量安定、環境配慮――その効果は多方面に及ぶ。
一方で、AIにすべてを委ねるのではなく、人の経験や勘を組み合わせながら使いこなすことが求められる。そこにこそ「持続可能な農業」のヒントがあるのかもしれない。
今回の実証実験は、静岡県の一部で始まった小さな挑戦にすぎない。しかし、その成果が全国へと波及すれば、日本の米作りの姿を大きく変える可能性を秘めている。
編集者:いまトピ編集部