『引退』記者会見から37年、姿を消した元超人気歌手「ようやく普通のおばさんになれた」か
「デビュー20周年の今年で『けじめ』をつけ(本名の)北村春美に戻ることにしました」
1984年3月5日、かねてから「普通のおばさんになりたい」と公言していた都はるみが、東京・赤坂のコロムビアレコードで記者会見に臨み、年内での歌手引退を宣言し、その年の12月31日、最後のステージであるNHK紅白歌合戦に出演。引退アナウンスの「相乗効果」もあり、同年の紅白は歴代4位となる視聴率78.1%を記録。しかも、彼女が登場したシーンはなんと84.4%という、とてつもない数字を叩き出したという。
その後、彼女は恋人の中村一好氏とともに、(株)プロデュースハウス都を設立。大和さくらやキム・ヨンジャをプロデュースする一方、テレビ朝日「サンデープロジェクト」などの制作に携わってきたが、そして周りが放っておくはずもなく、5年後の1989年12月31日、再び「紅白」の舞台に「特別ゲスト」として立つことに。
1部の視聴率は38.5%にとどまったものの、彼女が出演時の瞬間視聴率は53.1%を記録。低迷する紅白に、瞬間的とはいえ「神風」を吹かせたことは間違いなかったようだという。
翌1990年には歌手活動の完全復帰を発表。その後は精力的に歌ってきたが、2008年4月、公私にわたるパートナーだった中村氏が、突然の死去。個人事務所を畳み、古巣のサンミュージックに戻ることに。
とはいえ、心の中にぽっかりとできた穴は、なかなか埋まらなかったか。8年間の活動を経て2016年、ラジオ出演を最後に、表舞台から姿を消すことに。
そんな彼女は2021年、東北にあるビジネスホテルで、元俳優の矢崎滋との同棲現場を「フライデー」されたという。あの引退記者会見から実に37年。ポッカリと空いた心の穴を埋めてくれる男性と出会った彼女は、ようやく念願だった普通のおばさんになれたのかもしれないと「アサ芸プラス」が報じている。
編集者:いまトピ編集部