『ドラマ』第9話 「彼氏がシンパパ」という話じゃダメ?
「立つ鳥跡を濁さず」ということわざを思い出します。立ち去る者は、あとが見苦しくないようにすべきであるということ。引き際のいさぎよいことのたとえ。
では、大学時代に彼氏との子を妊娠し、一度は中絶を決意するもののその彼氏に勝手に別れを告げて出産したにもかかわらず、その子が小学校に上がるころには病気で死ぬことになった水季ママ(古川琴音)にとって、「見苦しくない」とはどういうことだったのだろう。「いさぎよい」とは、どんな行いだったのだろう。
なんというか、言葉にするのもおぞましいけれど、「連れて行けよ」って思っちゃったんだよな。海ちゃん(泉谷星奈)も、連れて行けよって。
自分の中にある残忍さ、ドス黒い感情を引っ張り出されて、その姿を再確認できることもまた、ホラー作品を見る上での楽しみのひとつなのかもしれません。
いよいよ死期が迫った水季は、病室で2通の手紙を書きます。1通は海ちゃんの父親である夏くん(目黒蓮)に。もう1通の宛名は「夏くんの恋人へ」というものでした。まだ知らない、自分が知ることのない「夏くんの恋人へ」ではありません。死ぬ前に夏くんに一目会っておこう、海ちゃんを会わせておこうと思ってアパートを訪ねたとき、その部屋から夏くんと一緒にヘラヘラと笑いながら幸せそうに出てきた、あの美人の女(有村架純)への手紙です。
水季には、あの美人の女こと弥生さんに指一本触れる権利はありません。だいたい勝手に「恋人」って決めつけてるけど、部屋から出てきたのを見ただけですから、夏くんの今の妻かもしれないし、その妻との間に子どもがいるかもしれないし、妊娠しているかもしれない。もしくは単なるセフレかもしれないし、馴染みのデリヘル嬢かもしれない。
そういう人物の、一瞬だけ垣間見た笑顔を思い浮かべながら、あてずっぽうで書いたのが、あの「夏くんの恋人へ」という手紙なのです。
不幸にも、水季のあてずっぽうはクリティカルヒットしました。夏くんの性格を知り尽くしている水季なので、夏くんが何の考えもなしにその無神経な手紙を「恋人」に読ませることも予見していたに違いありません。
この手紙は、「夏くんがパパになる決意を固めたら手渡してくれ」と水季が両親に託したものでした。順番としては、夏くんがパパになる決意を固める前に、弥生さんがママになる決意を固めているということはあり得ませんから、弥生さんがこの手紙を読むタイミングは「ママになるか、ならないか」という迷いの中にいるときしかありません。そして「自分が犠牲になるのが正解とは限りません。どちらを選択しても、それはあなたの幸せのためです。あなたの幸せを願っています」と書いてある。
「犠牲」とか「正解」とか、そういう二者択一の言葉でこの決断について考えろと強いてくる。
自分はプライベートとかお金とか美容院とか、すごくいろいろ犠牲を払って海ちゃんを育ててきて、でも結果としてそれが正解だと思っている。それ、水季さん、産む決意をしたときは考えてなかったよね? もっと本能に従って、衝動的に産んでるよね? それなのに、弥生さんには「犠牲」への覚悟と「正解」を選ぶ責任を押し付けてくるなんて、ちょっと乱暴にもほどがあるよね?
一方で夏くんも、もう「パパ」の呪縛にからめとられていますので、いつの間にか弥生さんを「ママになるか、別れるか」の存在としか見られなくなっています。「血縁」という呪いによる視野の狭窄です。
海ちゃんの存在について「最初は面倒だと思った」というセリフを自分の中で「絶対言ってはいけない本音」と定め、それを言うことで「ここまで自分をさらけ出してるんだから許してよ認めてよ助けてよ」とエクスキューズを求めてきます。
海ちゃんのことも弥生さんのことも守らなければいけないし、そうしたいはずなのに、何が書いてあるかわからない水季からの手紙を弥生さんに手渡してしまう。今後どう生きていくかという問題なのだから、今後を生きる人だけで決めればいいことなのに、死後の世界をおまえも覗けと弥生さんに迫る。海ちゃんを守ることと、水季の遺志を守ることは別の話なのに、その2つを同じものとして弥生さんと共有しようとする。要するに、単独の父親としての自覚も覚悟も、この人にはない。なぜなら、すでに魂を食われているから。
こういうところが、このドラマがホラーだと言っているんです。弥生さんという人間の人生を端から潰しにきてるんです。
だってさ、夏くんがパパになるのはいい。弥生さんはこの時点で何も決断しないまま、「年下のシングルファザーの彼氏がいる普通の会社員」を続けることだってできたわけです。それで、だんだん一緒にいる時間が増えて、海ちゃんが中学生になるころに「やっぱこのままずっと一緒にいるのが正解かもね」って実感を得てからだって、どうにでもなる。別れるなら別れるで、そのときでいいはずなのに、あの手紙を寄越されてしまったから、弥生さんは「今、ママになる」か「別れる」かを決めなければならなくなった。
結果、引き裂かれた。そういう話だもんな。怖いよ。
あと一番怖かったのは、病室で手紙を書いてるのを見つけた津野くん(池松壮亮)ね。「これ渡されたら大変なことになるぜえ」っていう共犯者の顔だもんな。「ざまあみろ」って、その顔に書いてある。
あれ、なんか登場人物について批判的に書いてしまったけど、これ全部「こういうところがホラーとしておもしろい」って感想文です。いちおう、念のため、と日刊サイゾーが報じている。
編集者:いまトピ編集部