『TVer』過去最高の5.4億回再生「昨年比約133%」

民放公式テレビ配信ポータル「TVer」が2015年10月26日にローンチしてから10年。気になるテレビ番組は、後からTVerで見ればいい――という空気はもはや当たり前になり、2025年度10月には月間動画再生数5.4億回(TVer DATA MARKETING調べ)と、過去最高の数値をマークした。
背景には、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(TBS系)や『良いこと悪いこと』(日本テレビ系)などドラマの見逃し配信が好調だったことにくわえ、他カテゴリでもコンテンツが充実していたことや、ニーズを掴んだ配信の工夫がある。
たとえばバラエティでは、サービス開始10周年を記念して『水曜日のダウンタウン』(TBS系)の過去回アーカイブを配信。また、加熱するお笑いブームのなか、『キングオブコント2025』(TBS系)は昨年比約133%の再生数をマークした。
アニメでは、『SPY×FAMILY』Season 3(テレビ東京系)、『「魔法少女まどか☆マギカ 始まりの物語/永遠の物語」TV Edition(狩野英孝解説付き)』(TBS系)が話題を集め、映画『秒速5センチメートル』公開を記念して配信したアニメ版(2007)は13日間で100万回再生を突破。“見逃し”の保管庫としてだけでなく、アーカイブや解説、さらには“今求められるもの”に柔軟に対応する姿勢、使いやすいUIの秀逸さなどが総合的に数字を積み上げた。
「テレビ離れ」と言われて久しいが、このTVerの躍進をテレビマンはどう見るのか。元テレビ朝日社員で、業界事情にも精通する鎮目博道氏に話を聞いた。
そもそも「TVer」がサービスインした当初、配信対応したのは各局とも10番組ほどに過ぎない。視聴者にとっては、無料でいつでも、しかもスマホで見られるという便利なサービスだが、局側は慎重だった。鎮目氏は、「最初は、どの局でも揉めた」と振り返る。局が“見逃し配信”に後ろ向きだった理由は、大きく2つあるという。
「1つは、見逃し視聴されると、リアルタイムで放送中の番組が“裏番組”になってしまう。営業的には、地上波の枠を買ってくれるスポンサーに申し訳が立たないという考えがありました。もっとも『見逃しでも見てもらえたほうがいい』という意見もあり、混乱状態だったのが現実です」(鎮目氏、以下同)
2つ目は、地上波とネット配信という複数手段での放送となると、権利関係が複雑化するという事情があった。
「放送素材として権利を買ったものの一部は、ネットに流用できません。わかりやすいのはバラエティ番組などに挟まれるライブ映像や、俳優が過去に出演した作品の映像ですね。地上波では放送されていても、TVerでは『お見せできません』と隠されている画面を見たことがある人は多いでしょう。そういった著作権処理がややこしく、差し替え等の手間がかかることが懸念されました」
局がモタモタしている間に、ライフスタイルはどんどん“スマホで完結”させる時代に突入。TVerは堅調な支持を得て、今や発信する側が積極的に見逃しでも見られることをアナウンスしている。スマホの普及に、テレビ局も姿勢を変えざるを得なくなったのだ。
「元来テレビ番組は、録画をしておかない限り2度と見ることができない“ワンチャンス”で、それこそが価値でした。ただ、時代とともにその場に縛り付ける視聴スタイル自体が嫌がられるようになりました」
SNSの浸透も、局に気づきを与えた。
「番組がSNSで評判になってトレンドにあがれば、新規層を呼び込むチャンスが生まれます。事後的にでも見てもらえば、番組のファンを増やすことができる。これは見逃し配信があってこそ成立する流れです」
コンテンツを(実質無料で)垂れ流すことに慎重だった各局だが、「公式」として発信することは、ネット上で大きな力をもつ。TVerは“違法アップロード対策”としても機能するのだ。
「基本的に、ネットに多数あがる違法動画をどうにしかしようと思ったら、一つひとつ手作業で削除要請する必要があります。その点公式としてTVerに映像を提供すれば、そうした違法コンテンツへの流入を防止できる期待がありました」
さまざまな事情で番組にアクセスできない人々をすくいとるTVerの存在は、地方でその真価を発揮した。電波の都合上、地方ではキー局系列の番組でもサービスエリア外となるケースが存在するが、TVerがあれば放送網は関係ない。地方在住の視聴者には、「リアル放送では見られなくても、TVerでなら見られる」番組が増えたうえ、鎮目氏は、地方局にとっても、全国に番組を届けられる活力となったことを指摘する。
ただし地上波の広告料と比較した時、ネットの広告料は総じて安い。視聴者が地上波からTVerへ流れていくことで、局の広告収入が減るといった不利益は生じないのだろうか。
「たしかに、地上波の広告料は高いです。なぜ高いかといえば、単純に、料金設定をしたのが、地上波が絶大な影響力をもっていた時代だったから。企業にとってテレビは広告を出す価値があり、局も強気のスタンスだったわけですね。それがネット時代になり、人々の価値観や行動変容にインパクトを与えるのがテレビだけでなくなってくると、わざわざそんな高い料金で地上波の広告枠を買う企業も少なくなっている現状はあります」
電通の調査によると、地上波全体の広告費は、2022年が1兆6768億円、2023年が1兆6095億円、2024年が1兆6351億円と、直近3年間ではほぼ横ばい。全体としてはギリギリ収入を保っているともいえるが、番組ごとに広告枠を提供する「タイム広告費」に限ると2024年は前年を下回り、特定の番組枠に紐付かない「スポット広告費」で収益を上げていることがわかる。これが意味するものは、テレビ局の営業が“自転車操業”になりつつあるという実態だ。
「かつては、キー局のテレビCMともなれば日本を代表するような大企業、グローバル企業の大規模出稿がメインでしたが、今は中小企業のCMも増えました。資本力が莫大でなくても、“手が出る” 広告単価に下がっているということです」
一方で大きくその比率を上げているのが、見逃し無料配信など、テレビ放送事業者によるインターネット動画配信での広告費だ。2024年は653億円と、地上波に比べ額は少ないものの、前年比147.4%という急伸を見せている。鎮目氏によれば、「今や大企業のほうがネット広告に熱視線を送っている」というが、広告出稿側にとって、TVerの魅力は何か。
「TVerは視聴データを取得しているのが大きな価値で、視聴者の属性に合わせた広告を流せます。企業やサービス、商品の認知を広く高めたい場合は地上波、ターゲットを細かくセグメントし、購買やサービス利用の行動促進につなげる訴えをしたいときはネット広告と、出稿側が一律にテレビCMを垂れ流すのではなく、効果的な“出し分け”を考えられるようになりました」
昨今、地上波の番組においては「とにかく制作費が削減される」ことが頻繁に叫ばれるが、TVer経由をはじめとしたネット広告収入は、局を潤すのか。
「かつてのテレビ局は地上波のCM広告料が経営の柱となっていて、今、その足元が揺らいでいるのはたしか。ですが、現在はIPビジネスをはじめ、コラボ商品、イベント施策など、一つのコンテンツで多様な稼ぎ方を模索する方向にシフトチェンジが進んでいます。
そうしたとき、TVerでの実績は、局にとってもビジネスを生むきっかけになりえます。たとえば『夫が寝たあとに』(テレビ朝日系、2023年10月~)は、TVerのバラエティランキングで深夜番組では異例の1位を獲得するほどの人気となり、1000人規模の劇場でリアルイベントを開催するまでになっています」
それではTVerが好調であることは、局にとって明るいニュースと言っていいのか。
「(明るいと)言っていいと思います。もちろん、世界を相手に勝負している配信サービスと比べると、番組制作費には限界があるでしょう。ただ、これまでテレビがつまらないのはコンプラのせいとか、予算のせいとか制作側が口にしてきたものですが、一つ大きな要素として、視聴スタイルの問題が “テレビ離れ”を呼んでいたという事実が浮き彫りになったともいえる。今こそ地上波は、おもしろい番組をちゃんと作れるということを示す時かもしれません。今後はTVerを上手に営業活用しつつ、制作費をかけるもの、かけないものの分配を考えて番組作りをしていくことになるでしょう」
2025年の「新語・流行語大賞」には“オールドメディア”がノミネートされるこの時代。テレビの常識を塗り替え、新たなスタンダードになりつつあるTVerは、業界にとって復活の兆しになるか、とサイゾーオンラインが報じている。
編集者:いまトピ編集部

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