【絶賛】「当たらないピッチャーだった」短命に終わった元「速球投手」

元日本ハムファイターズ・阪神タイガースの片岡篤史氏が11月18日、YouTube『片岡篤史チャンネル』に出演。元広島東洋カープ選手で現在3軍投手コーチ・育成強化担当を務める小林幹英氏について語ったという。
動画では片岡氏が怪我などの理由で短命に終わったプロ野球選手を紹介したが、そのなかでスタッフから、元広島東洋カープの小林コーチの名前が挙がったとのこと。
小林コーチについて片岡氏は「ああ、新潟明訓から専修大学で、プリンスホテルやろ、たぶん。今はピッチングコーチをやっているかな。俗にいう、球持ちが良くて、まっすぐを待っていても、当たらないピッチャーだった」と振り返ったという。
当時日本ハムファイターズに所属していた片岡氏は「1年目はなんかあったら、(リリーフで)小林幹英が投げていたんとちゃうかったかな。確かにめっちゃ投げてた。俺はパリーグやったけど、投げてたイメージあるなあ。まっすぐを待っていて、当たらんかったピッチャーやわ」と解説。
続けて「ドラフト4位か5位やろ。そういうピッチャーが活躍すると、スカウト冥利に尽きるよな。小林幹英という名前も耳に残るやん。しかも、新潟明訓出身やし、ファンの人にも印象残る選手やと思う」と語っていたという。
小林コーチは1997年のドラフト4位で入団。ルーキーイヤーの1998年は54試合に登板し、9勝6敗18セーブと大車輪の活躍。速球を武器に相手をねじ伏せるスタイルで、チームに貢献したが、2年目以降は1年目の酷使もあってか成績を徐々に落とし、2005年に引退。
新人時代のキレのあるストレートを投げ込んでいたことや、野球漫画の草分け的存在『ドカベン』の主人公山田太郎が通う「明訓高校」のモデルである新潟明訓出身であることから、ファンに強いインパクトを残したようだと「Sirabee」が報じている。
編集者:いまトピ編集部
