3月8〜10日、2024年MotoGP第1戦カタールGPが行われました。今年もスプリントではホルヘ・マルティン、決勝ではフランセスコ・バニャイアが優勝するなど勢力図は大きく変わりませんでしたが、『チャタリング』の問題を多くのライダーがコメントしていました。

 チャタリングはコーナリングなどでフロントタイヤが細かく跳ねることにより生まれる高速の振動。さまざまなパーツにより引き起こされるもので、テストでは問題になっていなかったため、新たな課題となりそうです。

 そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第26回目となります。

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--いよいよカタールで開幕したMotoGP、レースは日本時間の日曜日の深夜というか月曜日の早朝というか、ライブで視聴するのはご意見番には辛かったでしょうね。私は夜型人間なんで全然OKでしたけど……

 うん、悪いけどライブは早々に諦めて早起きして録画を見たよ。アプリリアのなんとか言ったっけ、新しいチームのマシンがスタート出来ないので、レース進行が遅れた挙句にウォームアップから仕切り直しで、レースが1周減算の21ラップになったりしていたからライブで見なくて良かったよ(笑)

--Trackhouse Racingのラウル・フェルナンデス選手ですね。グリッドで突然エンジンが止まってピットロードで何かやっていましたけど、結局ガレージに全力疾走で戻ってスペアマシンで出ていきましたよね。あれはキツイですね。ま、その話は脇に置いといてですね、スターティンググリッドの4列目まで欧州メーカーが占めるという状況は昨年から大きく変わってはいませんが、少なくとも今回に関してはドゥカティ一強という感じでは無かったですね。

 スプリントは僕の予想通りにホルヘ・マルティンが優勝で2位がKTMのブラッド・ビンダー、3位がアプリリアのアレイシ・エスパルガロで、距離が短いというのもあるけれど、結構接戦だったね。ディフェンディングチャンピオンのフランセスコ・バニャイアが上位集団から少し離されて4位というのはちょっと意外だった。

 この開幕戦を見る限りではマシンの性能が昨年以上に拮抗してきたという感じはするね。ただし他のサーキットでも同じ構図になると思うのは少し気が早いかな。

--やはり今年もマルティン推しですか、じゃあバニャイアがレースで勝ってマルティンが苦戦したのは想定外ですか?

 いや、バニャイアは決勝レースになったら強いというのはある程度予想が出来た。なぜなら、スプリントではマシンの問題で後半ペースが上がらなかったのは明らかだったので、その点はちゃんと修正してくると思ったんだよ。

 スプリントの後のコメントでは、他のマシンの後ろに付いた時に前後タイヤの圧が上がってしまい、チャタリングが出たので思うように加速できなかったと言っていたからね。

--確かにチャタリングと言っていましたね。そういえばマルティンもチャタリングが出ていてマジで危なかったというようなコメントをしていました。それでも結果優勝と4位ですから、その違いはどのあたりにあると思います?

 たぶんトップに出てリードしているマルティンと、他車の後を追っているバニャイアではタイヤ内圧の上昇度合いが違った結果として、チャタリングの強度や発生ポイントが違ったんじゃないかと思うんだよ。

 バニャイアの賢いところは、レースでは早々にトップに立って序盤のペースをコントロールしたところ。もちろん2列目からトップに立つスタートの上手さがあっての話だけど。スプリントより遅めのペースでレースをコントロールすることで、タイヤの消耗や内圧上昇を抑えてチャタリングの出にくい状況を作ったというところだな。

--今年のドゥカティは昨年モデルよりチャタリングが出やすい傾向があるという事ですね。だとしたら何をどうしたからそうなった、というのは経験豊富なご意見番ならある程度推測できますよね。

 あれ、僕がその昔にチャタリングを封じ込めようと躍起になって挑戦したけど、見事に返り討ちにあった話って前にしなかったかな? チャタリングって、計測技術の進歩のおかげで物理的な現象としては把握できているんだ。

 消しゴムを軽く持って、机に垂直に当てて引くと「ダダダダ……」と小刻みに振動するポイントがあるだろ? 傾け方によってはスーッと滑らかに滑る時もあるけど。

 バイクの場合もこれと同じで、タイヤがサスペンションを含めた振動系の固有振動数で共振しているのがチャタリングで、この時はタイヤが断続的に路面から離れているので思うように操縦は出来ないという厄介な現象なのさ。

 結局のところタイヤも消しゴムと同じで、物理特性の掴みにくい化学製品。それが起点になっているので、残念ながら現在に至っても有効な対策方法は確立出来ていないんだよ。忘れた頃にやってくる古くて新しい問題って感じだね。

--それじゃドゥカティの新しいモデルに乗るライダーは、ずっとこの問題と格闘する事になるんですか?

 いや、ドゥカティの場合は幸いなことに有効な対策方法が有るんだよ。それはね、現時点でチャタリングの問題が顕在化していない昨年モデルのシャシーに戻すことなんだよ。もし新しいエンジンが新しいシャシーと不可分であるという事でなければ、それは可能だし、外観的にはバレることも(たぶん)ない(笑)

--そこはファクトリーのプライドってものがあるし、今年のモデルにやっと慣れたライダーを混乱させることになりませんかね?

 確かに今年のモデルは少しライダーが理解するのに時間がかかったみたいだけれど、ファクトリー勢はセパンテストから強い走りが出来ていたし、コーナリングスピードが改善されたことで全方位的な強さを獲得した感じで、「未だ伸び代残ってたんかい?」と正直驚いていたんだよ。

 憶測でしかないけど、それまでのブレーキングと初期の加速という武器に加えて、アプリリアのようなコーナリングスピードを得るために、シャシーに変更を加えた可能性はあるね。

 それに、もしタイヤ構造が昨年から変更されているとすると、それも要因のひとつになりうる。他社で問題が顕在化していないのであれば、ドゥカティの今年のモデルは、チャタリング感度が高い構造になってしまったと言えるかな。

--今シーズンはどのメーカーも空力面に更に力を入れてきていると思いますが、それが悪さをしているとか考えられないですか?

 うーん、ドゥカティの場合はパッと見はそんなに大きな変化は無いので、なんとも言い難いね。もちろんそういう可能性は否定しないよ、タイヤのグリップを引き出すために空力で荷重を掛ける方向には進んでいるようだしね。それが機能しているうちはいいけど、何かがきっかけでバランスが破綻するという事もあるかもしれないね。

--その中ではヤマハの空力開発は外観的にはあまり進んでいるように見えませんが、どうなんでしょう?

 確かに、ホンダは他社のアイテムをフォローしてほぼ似たような構成になって来たね。当然ただの模倣では無くて、ちゃんとシミュレーションで効果を検証し、走行テストを重ねた結果だと思うけれど、ヤマハの場合はエンジン横幅が広いのがネックになってV4マシンの空力手法を模倣するのが難しいから、独自路線を進むしか無いんだよ。

 空力エンジニアを他社から引き抜いたそうだけど、その知見が具体的な成果物として表れるのはもう少し先の話だね、コンセッションで空力アップデートの回数多いみたいだし。

--それでも、ライダーのコメントではストレートは速くなったと言ってますから、そこはエンジンのパワーアップの成果ということですか?

 問題はむしろそこにあるような気がしてならないんだよ。ここに興味深いデータがあるんだけれど、各ライダーのレース中のトップスピードの平均値の比較で、1番はバスティアニーニで356km/h、同じマシンに乗るバニャイアが346.4km/hとなんと10km/h近く遅いんだ。でもレースではトップのバニャイアと5位のバスティアニーニでは最終的に5秒以上の差が付いてしまった。

 これはどういうことなのかと言うと、1ラップを速く走るためには16あるコーナーをいかに速く走るかに尽きるわけだよ、当たり前だけどね。

 これにはライダーの技量も関係するんだけれど、エンジンのパワーをフルに発揮できない部分でいかに速く走るかという方法論を、もう一度見直す必要があるんじゃないのかな。

 弱点を克服するために何かをしようとすると、結果的に変えたくないものも何かしらの影響を受けてしまうのは儘あることで、現状のヤマハはまだそういうところから抜け出せていないような気がするね。

--そう言えば、ヤマハはフリーランスのデータアナリストを雇ったとかいう情報が出回っていますね。本当だとしたらその辺りの改善に役立てようという事ですよね。

 いまのところ本人がインスタに投稿しているだけだから真偽のほどは不明だけど、そういうアプローチは不可欠だと思うよ。というか、むしろそういうアプローチで先鞭をつけたのはヤマハだったんだよ。でも当時は、分析した結果をセットアップや開発に生かすための仕組みが追いついていなかったようだね。

 まあ、前半戦は苦しい戦いが続くのかもしれないけれど、強い気持ちを切らさずに持てるリソースを駆使して開発を続け、サマーブレイク明けあたりからの巻き返しを期待しましょう。コンセッションをフルに活用しないとね!!