幻の本塁打、幻のノーヒットノーランなど、野球には“幻”の名がつく惜しいプレーも多いが、時には「えっ、こんな幻のプレーもあるの?」とファンが目を白黒させるようなまさかの珍事も見られる。

 一度は宣告された危険球退場が幻と消えたのが、1997年7月13日の中日VS阪神だ。中日が5‐0とリードして迎えた3回、先発の古池拓一は、先頭の和田豊の左手首にぶつけてしまう。

 通常の死球と思われたが、西本欣司球審は「確かにヘルメットに当たった音を聞いた」として、小林毅二一塁塁審と協議のうえ、古池に危険球退場を宣告した。

 だが、中日・星野仙一監督が「左手に当たってから、ヘルメットに当たった」と抗議すると、審判団は再協議し、古池の退場を取り消した。

 一方、阪神・吉田義男監督もコロコロ変わる判定に納得できず、「宣告前に確認すべきではなかったか?」と審判団の不手際をなじった。小林塁審も「確かにそういう面はあった」と非を認め、警告試合を宣告して試合再開という妥協案で事態を収拾。この間、試合は4分中断した。

 星野監督の好アシストで危険球退場を免れた古池だったが、騒動のゴタゴタで平常心を失ったのか、無死一塁から3連打を浴びて2失点。4回にも安打と四球で一死満塁のピンチを招き、勝利投手になれないまま無念の降板となった。

 試合は中日が7‐4で打ち勝ったものの、試合後、星野監督は「古池はあのまま退場になってたほうが良かったわ」と勝利の喜びも半減といったところ。

 一方、頭付近に来たボールを避けようと咄嗟に差し出した左手に死球を受けた和田も、「左手中手骨骨折」で全治4週間と診断され、連続試合出場が「528」でストップ。当てたほうも当てられたほうも報われない結果となった。


◆ “証拠不十分”で「隠し球」が幻に

 次は“幻の隠し球”事件を紹介する。

 かつては何度も見られたトリックプレーの隠し球も、2009年にオリックス時代の山崎浩司が成功させたのを最後に、今では“絶滅危惧種”になりつつある。

 だが、2018年8月14日のヤクルトVS巨人で、山崎以来9年ぶりの隠し球が成功したかに思われる微妙なプレーがあった。

 問題の場面は、3‐0とリードしたヤクルトの5回の攻撃中だった。一死一塁、山田哲人の左前安打で、一塁走者・坂口智隆は二塁ベースを回りかけたが、レフト・亀井善行が二塁に送球するのを見て、判断良く帰塁し、余裕でセーフになった。

 ところが、セカンドのホルヘ・マルティネスがボールを隠し持っており、ボールがすでにマウンドの内海哲也に返されたと思い込んでいた坂口の意表をついてタッチに行く。

 坂口は慌ててベースを踏み直したが、その際に一瞬体が浮いたようにも見えた。しかし、森健次郎二塁塁審の判定は「セーフ」。

 納得できないマルティネスは「二塁ベースから一瞬足が離れたからアウト」とアピールし、高橋由伸監督もリクエストを要求した。

 もし、リプレー検証で判定がアウトに覆れば、9年ぶりの隠し球アウトが成立するところだった。だが、問題のシーンを映していたカメラは1台だけで、直前の坂口の帰塁セーフの瞬間ははっきり映っていたのに、2度目のタッチは、引き気味のアングルでよくわからなかったことから、“証拠不十分”で、当初のセーフ判定が採用されることに。

 長い中断の間、スタンドのファンは一体何が起きたのか状況を理解できず、「何のプレーに対するリクエストだろう?」と首を捻るばかりだった。


◆ 今も語り草に…幻のトリプルプレー

 最後は“幻のトリプルプレー”として、今もコアなファンの間で語り継がれる2014年7月10日のオリックスVSソフトバンクだ。

 1点リードのオリックスは4回、先発・金子千尋が3連打を浴びて1‐1と追いつかれ、なおも無死満塁の大ピンチ。

 次打者・明石健志は一塁にライナーを放ち、T‐岡田がダイレクトキャッチしたように見えた。岡田は一塁ベースを踏むと、ボールを捕手・伊藤光に転送。伊藤が三塁に送球すると、飛び出していた三塁走者・李大浩は帰塁できず、トリプルプレーが成立したかに思われた。

 ところが、判定はワンバウンドキャッチの一ゴロだった……。アウトになったのは、打者走者の明石だけで、李の生還が認められ、ソフトバンクは2‐1と勝ち越した。

 トリプルプレーが幻と消え、1点を奪われたうえに、なおも一死一、二塁では雲泥の差。ふだんは温厚なオリックス・森脇浩司監督も、血相を変えてベンチを飛び出すと、審判団に激しく抗議し、興奮のあまり、持っていたボールをグラウンドに叩きつけるひと幕も。

「(ダイレクトキャッチだと)確信があるから抗議している。生活がかかっているからね」(森脇監督)。

 これに対して、責任審判の杉永政信三塁塁審は「私の位置からはワンバウンドだと見えました」と譲らず、判定は覆らなかった。

 だが、指揮官の熱い思いに闘志をかき立てられたオリックスナインは、5回に犠飛で同点に追いつくと、6回にもウィリー・モー・ペーニャの左越え決勝3ランなどで一挙4点を勝ち越し、鮮やかな逆転勝ち。森脇監督も「選手が個々の役割をはたしてくれた」と勝利の喜びを噛みしめていた。


文=久保田龍雄(くぼた・たつお)