大阪・玉造日之出通り商店街の中ほど。パン、洋食などと書かれた一見普通の外観の喫茶店。何の気なしにこの扉を開けた自分の嗅覚を、私は後に褒め称えることになる…!

入ると、予想外にだだっ広い店内に、メルヘンチックな電灯、飾り気のないテーブル、女の子がパンを持った立て看板、イラスト…。ノスタルジックに溢れている。昔デパートの上にあった食堂みたいだ。
席に座ると、先客の年配女性が言う。「ここなぁ、お水はセルフ。注文も自分で厨房に言いにいかなあかんねん」。なかなかの放置プレイ店。雑然とした厨房を見遣ると、背中の曲がったコック着姿のおじさんがいた。何の注文も通っていないはずなのに、忙しそうに動き回っていた。
さてメニューブックを開くと、なんじゃこの可愛いイラストは!絶対あのマスターが書いたものではない。そういえば入り口の棚にも、パンではなく店のロゴ入りカップ、Tシャツ、ポストカード…とレトロ好き女子が喜びそうなグッズが並んでいた。
「この店ただものじゃないなセンサー」が働いた。そうだ、次の「あまから手帖」はコーヒー特集だからこの店を取材しよう。コーヒーもカレーも美味しいし。マスターの久米一弥さんに聞くと、ルウはリンゴやタマネギをじっくり炒めて、スパイスを調合して、牛肉もとろとろになるまで4〜5時間煮込んで…と、専門店並みに手間をかけて作っているそう。
良い匂いがすると思ったら、入り口に走り、巨大オーブンからパンを取り出していた久米さん。「えっパンも自家製ですか」「当り前やん。パン屋やもん」。
店が終わって深夜2時まで洋食のルウやソースを仕込み、パン生地を捏ね、掃除を済ませて、寝るのは3時頃。「僕ショートスリーパーやねん」とのこと、1日3時間ほどしか寝ていない計算になる。その自家製パンも実に旨い。“高級生食パン”なんかと材料は全く同じ(もしくはそれ以上)らしい。乳脂肪分の高い生クリーム、発酵バターなど素材は最上級のものを厳選。それなのに1斤420円とは。
「はあ、お忙しいですねえ。自分の時間もないですねえ」と労うと、「それでも前は店内でコンサートも開いとったからなあ」。えっ。
なんでも、久米さんは10年以上前からフルートを独学で練習し始め、たまたま来たアコーディオン奏者の常連に「バンド組もうぜ!」と誘われ、ギター奏者も加わり「トロイカ&リビエラバンド」を結成。店内でたまに演奏会を開いていたらしい。
なので「フルート聴きたい!」と頼むとその場で演奏してくれる。十八番は「おじいさんの古時計」。コック着で昔懐かしい音色を披露してくれる久米さんを見ながら、思った。
この店は「喫茶店特集」より「名店特集」で載せるべきだ…!と。
というわけであまから手帖4月号「名店とは何か?」にて、久米さんがフルートを哀愁たっぷりに奏でる姿をご紹介。発売後にいろいろな人から、「あのフルート写真は表紙にするべきだ!」という声をいただいた。それ、すごいインパクトだろうなあ。
『トロイカ & リビエラ』
住所/大阪府大阪市天王寺区玉造元町3-22
※こちらの記事は、関西の食のwebマガジン「あまから手帖Online」がお届けしています。
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