大量に並べられた、ボロボロの古本たち。 その種類は多岐にわたり、漫画や小説、実用書などが……。著者もジャンルもバラバラで、どこにでもある古本に見えますが……?

南極観測船「SHIRASE 5002」の公式Xより / Via Twitter: @shirase5002

これらは、長い時間を経て南極の昭和基地から日本へ戻ってきた昭和感あふれる本です。

役目を終えて、日本から1万4000キロ離れた南極大陸から戻ってきた古本たち。

4月17日、X(旧Twitter)へ画像を投稿したのは、船橋港に係留している三代目の南極観測船「 SHIRASE 5002 」( @shirase5002 )の公式アカウント。

「昭和基地から帰ってきた本たち」ということで、SHIRASE 5002に所蔵されている古本を紹介しています。

南極観測隊と言われても、あまり想像がつかないくらい自分たちとはかけ離れた世界だと思う人もいるかもしれません。

が、並べられている古いラインナップを見ると、そこで暮らしていた隊員たちも、自分たちと同じように漫画や小説を読んでいた、南極という極寒の地でも、当たり前のような日常を過ごしていたことが想像できます。

2巻まであったワイド版『究極超人あ〜る』

南極観測船「SHIRASE 5002」の公式Xより / Via Twitter: @shirase5002

ゆうきまさみさんの名作漫画『 究極超人あ〜る 』のような本もあれば、南極基地を舞台にした小松左京さんのSF小説『復活の日』など、昭和基地が舞台の一つとなった小説なども見られます。

南極基地を舞台にしたパンデミックSF小説『復活の日』

南極観測船「SHIRASE 5002」の公式Xより / Via Twitter: @shirase5002

約52年越し、昭和基地の書棚に増え続けて読み継がれてきたということもあり、ただ古いだけではなく歴史や背景が感じられる気がしてきます。

南極観測初期となる第8次の南極観測船ふじの時代(1966〜67年)には、現代漫画全集が昭和基地へ持ち込まれていたという投稿もありました。 

画像からは、「白土三平」や「つげ義春」など、当時の有名な漫画家の名前が確認できます。

投稿を見たSNSでは、  

💬 「R・田中一郎が南極に行っていた」

💬「『カードマジック』。みんなで見せあったのかな」

💬 「小野不由美の『残穢』がある…」

💬「雪に閉ざされた南極で読む森博嗣とか、どんな気持ちだろ…」

💬「『スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン』の一冊を見つけました」

などのコメントが寄せられ、観測隊員たちが読んでいた本、話題に取り入れられていた本に関する声が多く寄せられています。  

「ネットのない時代に、この本たちが隊員たちの孤独を埋めてくれていたんですね」「よく『無人島に一冊だけ本を持っていくなら?』 みたいなアンケートがあるけど、それのリアル版」といった声も見られました。

読書は、雪と氷、露岩地帯しかない場所で心を癒やしたり知識を得るための手段の一つ

BuzzFeed JAPANは、「SHIRASE 5002」を管理している一般財団法人WNI気象文化創造センター事務局長の三枝茂(元観測隊員でもある)さんに、引き取った経緯などを伺いました。

――画像の本は「1972年から52年間、昭和基地の書棚に置かれていた古本」が役目を終えて日本に持ち帰られたものとのことですが、直接「SHIRASE 5002」で引き取った経緯から教えてください。

「南極の昭和基地には現在も30人近くの越冬隊員が一年を通して滞在し、気象や雪氷、宙空、地震、生物などの研究者や技術者のほか、基地の保守を行うための技術者、医師、コックさんなどがいます」

「雪と氷、露岩地帯しかなく、2カ月間は太陽が顔を出さない場所で心を癒やしたり知識を得るための手段は様々で、読書はその一つです。昭和基地には1956年から始まった第1次隊より多くの本が持ち込まれてきました」

「今回、昭和基地内の図書室の一部に日本と南極の間をオンラインで繋ぐためのスタジオを作ることになったため、残されていた本を日本へ持ち帰ることになりました」

SHIRASE 5002では、本以外の地図類なども引き取っています

「これらの本を持ち帰った後は、廃棄処分することになっていたのですが、当時の関係者の働きかけにより船橋に係留している先代の南極観測船SHIRASE5002で引き取ってもらうのはどうかということになりました」

「Xの投稿では1972年からということにしていますが、詳しく調べるともう少し遡れるのではないかと思います」

――長い越冬生活の中で、最も読まれ続けてきた本が新田次郎氏の『氷原・非情のブリザード』ではないか、という投稿を拝見しました。やはり南極観測隊の事故を描いた短編ということで、隊員にとっても何か感じるものがあったのでしょうか?

「70年近く続く南極観測の中で3名の方が亡くなっています。このうち2名は砕氷艦の乗組員(海上自衛官)です。残りの1名は1960年の第4次隊の時に遭難した観測隊員でした」

「この観測隊員は当時、ブリザードが吹きすさぶ中、犬のエサやりに出かけたのですが、基地までほんの数百メートルの距離を戻ることができず、行方不明になりました。その後、1968年に隣の島で変わり果てた姿となって発見されています」

「このようなブリザードが吹きすさぶ中の行動は危険を伴うということで、ブリザードが事前に予想されるようなときや、発生した場合は行動を制限するということになりました。この事故の教訓を踏まえ、昭和基地での安全対策は大きく変化しました。その原点を知るための本として今でも読まれ続けているのではないかと思います」

――南極という厳しい環境の中で、隊員たちの日常を彩る娯楽として考えられていた本も多いと思います。特に人気が高かった(考えられていた)と思われる娯楽小説や漫画があれば教えてください。

「コミック本もたくさんあるようです。この写真で紹介した本の中で注目された漫画は三つでしたが、これ以外の漫画本もあると思います。どれが一番人気が高かったかは計り知れません。それぞれの隊次によって流行り廃りもあったのではないかと思います」

――現在、7月ごろの公開に向けて準備をしているところだと思いますが、引き取られた中で特に思いを巡らせた「推し本」について教えていただけないでしょうか。

「今も整理中なので今後も多くの発見があると思います。今のところの推し本は、第一次越冬隊長の西堀榮三郎さんが書いた本や南極で流行していたキャロム(カロム)という卓上ゲームのことが書かれた本です」

「この他にも、スタンプやタグが貼られている本も多いので、読む本というよりは見る本としても感じることが出来るのではないかと思います。機会があれば、当時の観測隊員が滞在中に読んだ本や印象に残った出来事などを紹介していきたいと考えています」

――現在、図書室としての改修が行われている気象解析室で7月頃に公開を予定されているようですが。

「今のところ決定していませんが、イベント開催時や管理してくれるスタッフが居る時に公開したいと考えています。時期が来たらホームページやSNSで発信してまいります」

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今回、昭和基地の古本に関する投稿の反応を受けて、自分なりに話題になった理由を考えてみたそうです。

「昭和基地に持ち込まれた多くの本の中に、必ずと言っていいほど日本にいる人が読んだものあることが共感を得たのと、多くの本の写真を掲載したことで、自分が読んでいる本がないか探すことが出来たのが良かったのではないかと思います」

と分析している三枝さん。当初は、こんな古本を引き取って価値のあるものかどうか疑問視していたそうですが今回の反応を受けて、

「フォロワーの皆様が、SHIRASEの価値を一つ作ってくれたのではないかと思います」

と、注目されたフォロワーへ感謝の言葉も書かれていました。

さて、今回紹介されている古本は、7月ごろに「SHIRASE 5002」の気象解析室を改修した図書室(仮名:SHIRASE文庫〜南極から帰ってきた本のお部屋〜)で公開される予定になっています。

公開されたら、自分が読んだ本を探しながら南極観測の厳しさやロマンを想像してみてはいかがでしょうか?