◇渋谷真コラム「龍の背に乗って」 ◇11日 広島0―4中日(マツダ)

 1回裏、柳は明らかに球審に目で何かを訴え、ボールをもらっていた。普段はやらない行動に何かを求めたのではなかろうが、意味はある。彼はこう言った。

 「いろんなものを変えてこの試合に臨みましたから。津川さんのこともそうですが、それこそ人生を変えたくらいの感じです」

 柳はこの試合の球審が、津川審判員だということを前日に知った。その思いは伝わっていた。捕手の加藤匠によると、津川審判員も「そりゃ向こうも覚えてるか」とつぶやいていたそうだ。

 津川審判員が中日戦の球審を務めるのは、今季3度目だ。いずれも先発は柳。互いのローテーションの波長は見事に合っているが、4月18日のヤクルト戦(バンテリンドーム)では3イニング2/3を6失点で、前回5月4日のヤクルト戦(神宮)では1イニング2/3を4失点と、相性は最悪である。津川球審の2試合が与四球7、防御率16・88に対して、それ以外(計25イニング)は与四球3で1・44。もちろん打たれたのは津川球審のせいだと柳が思っているわけではないし、ましてや誤審に泣かされたわけでもない。

 ただ、AI審判とは違って、生身の人間には傾向が出る。柳は丁寧に四隅をつき、球数をかけて打者を料理する投手だ。つまり「ストライクでもあり、ボールでもある」ところに投げ、いかに審判に右手を上げさせるかで結果は大きく変わる。僕がそういう目で見ているからかもしれないが、序盤には「柳ゾーン」はボールになっていたが、中盤からはスイスイと進み始めた。ベストピッチは5回に矢野から奪った三振だろう。フルカウントからファウルで粘る矢野に、外角低めへの144キロでバットを振らせず、津川球審の右手を上げさせた。

 「悪い時の柳はボールが先行して、甘く入りますが今日は逆。大胆に行ってから、大きく広げていく感じでした」

 受けた加藤匠の言葉が、好投の理由の全てだろう。今の野球はトラッキングシステムを駆使し、審判の傾向はハッキリとわかる。上げてくれぬなら、上げさせる。それだけの制球力を、彼は持っている。それが証明された勝利でもあった。