復帰作の主演映画『ミッシング』が公開となる石原さとみさん。

 出産・育児による休業を経て1年9ヶ月ぶりに俳優活動を再開し、復帰作の主演映画『ミッシング』が公開となる石原さとみさん。本作では失踪した幼い娘を探し続ける母親・沙織里、という難役を演じている。

 これまで演じたことのない役、出演したことのないジャンルであるこの作品について、強い思い入れがあると石原さんは言う。ひとつの重要な転機となったと振り返るこの映画について、そして自身のこれからについて話を聞いた。


𠮷田作品の世界に入りたい! 自分を変えてほしいと思った


𠮷田監督に直談判しに行きましたと振り返る石原さとみさん。

――石原さんは、𠮷田監督と「どうしても一緒に仕事がしたいです!」と自ら監督に出演を直談判されたそうですね。𠮷田監督の作品を好きになったきっかけを教えてください。

 最初に『さんかく』を見て、衝撃を受けました。『ヒメアノ〜ル』でも森田剛さんのパブリックイメージとの違いがあまりにも強烈で(劇中でシリアルキラーを演じている)。それを見て「自分もこの世界に入りたい!」と思ったんです。主人公の軸だけじゃなく、作品内の登場人物たちもそれぞれの感情で動いていて、「一人だけで世界が回ってるわけじゃない」というのがよくわかる。群像劇というか、登場人物の背景がしっかりと描かれているので、作品に厚みがあるんですよね。


石原さとみさん。

――𠮷田監督と最初に会って出演したいと自ら伝えた時に、手応えはあったのでしょうか。

 それが、断られたんですよ。「あなたと仕事がしたい、今までにない作品で私を変えてほしいんです」とお願いしたら、「石原さんはメジャー過ぎてイメージが湧かない。脚本が浮かばないな」と。「それでもいいので」と連絡先を交換したのですが、それからまったく音沙汰がなくて。突然「脚本書きました」とメッセージがきた時には、飛び跳ねましたね。もう叫びたいほどに嬉しくて。絶対やりたいと思いました。ただ、どう演じればいいのかはまったくわからなくて、同時にとても怖くもなりました。

まるで新人、わけがわからないままがむしゃらだった


石原さとみさん。

――『ミッシング』はもともと沙織里の弟・圭吾を主人公に𠮷田監督が構想した物語で、そこから彼の姉の話として物語の骨子が決まっていったと。

 そうなんです。最初に監督は違う女優さんを沙織里役に考えていたそうなのですが、私のこと思い出してくださって。だからアテガキというわけではないんです。それにもし主人公を私だと想定していたら、あの脚本はできなかったと思います。


石原さとみさん。

――本当に巡り合わせですね。𠮷田監督は石原さんのキャスティングについて、「汚れ役のイメージが一切ない人、というのが肝でした」と話し、『ミッシング』では、今まで誰も見たことのない石原さんになる、予測のつかないところに賭けたと語っています。

 大きな挑戦をしてくださって本当に感謝です。ただ、もし私が直談判しに行かなかったら、確実に名前はあがらなかっただろうとも思います。自分があの時に動いたから思い出してくれた。当時の自分をほめてあげたいです。


石原さとみさん。

――実生活で出産を経験しご自身が母親になりました。失踪した娘を探す母親を演じることに、どのような思いがありましたか。

 子どもが生まれる前に脚本を読んだ時と、産まれた後に読んだ時とでは、ページをめくる怖さがぜんぜん違いました。自分の命よりも大切な存在ができたこと、それを失う苦しさ、怖さ。言葉では言い表せないです。この感情をどう表現すればいいか、本当に苦悩しました。


©2024「missing」Film Partners

――実際に撮影が始まって最初の頃は特に大変だったそうですね。

 クランクインから最初の1週間くらいはずっとスランプ状態でした。自分ではどうすればいいのかわからなくて、監督も最初は戸惑っていましたね。その後「ドキュメンタリーみたいに撮りたい。今のだとちょっと違う」といろいろ指示を受けて、監督に引っ張ってもらった感じですね。


©2024「missing」Film Partners

――𠮷田監督からのアドバイスや言葉で、特に印象に残ったことはありますか。

「動物を撮っているみたいだ」と言われてびっくりしました。自分では指示された通りにしているつもりだったんですけど、意識しすぎてうまくできないとか本当に新人みたいな状態で、わけがわからないまま懸命にやっていたら、「何しでかすかわからないし、ぜんぜん違うことやってる」と。そんな気はまったくないんですけど、たぶん沙織里を生きるのに必死だったからそうなっちゃったんだと思います。結局それは最後まで続いて。監督はだんだんと動物の扱い方がなんとなくわかってきたんだと思います。

愛する人に同じことができますか? と考えてもらえたら


石原さとみさん。

――石原さんは、撮影中はずっと自信がなかったけれど、得るものがたくさんあったそうですね。

 本当に学びがたくさんありました。意識しすぎたり、逆算して演じると𠮷田監督は必ずNGにするんですよ。演じることを意識しすぎないで、感情や相手に意識を向ける。そうするといろいろなことが無意識にできるようになってくる。無意識になるまで意識するというんですかね。ドキュメンタリーのように演じるとはこういうことなのかと。こうした心もちや姿勢、幅みたいなものは、絶対に今後活きてくると確信しています。

 映画にもいろんなジャンルがあるなかで、(これまで自分の出演作として)エンタメはありましたけど、𠮷田組のようにドキュメンタリーに近いジャンルには携わってこなかったので、本当に新人のような感覚で、新たなスタートを切れた気持ちです。(監督や作品など)これからもいい出会いがあればと思いますね。


石原さとみさん。

――『ミッシング』は石原さんにとってどのような作品なのでしょうか。

 10年後、20年後、「転機となった作品は?」と聞かれたら、迷わずこの作品をあげると思います。映画って観るのもやるのも面白い。改めて役者をやっていきたいと考える大きなきっかけになりました。

 今こう思えるのも、7年前に監督に直談判したからであって。あの時の行動は間違っていなかったということが大きな自信になっています。自分の感性というか“勘”の良さというか、そこは大切にしていきたいし、これからも信じていけたらいいなと思います。


©2024「missing」Film Partners

――『ミッシング』は子どもがいる親はもちろん、中村倫也さん演じる地元テレビ局の中堅記者・砂田や小野花梨さん演じる新人記者・三谷、森優作さん演じる人付き合いが苦手な沙織里の弟・圭吾、または観客として俯瞰して見つめるなど、さまざまな視点から、𠮷田監督の投げかける問いを考えることができます。これから映画を観る読者へ、メッセージをお願いします。

 少しだけでいいので、人に優しくなれたらいいですよね。(SNSなどで)何かを発する時、「愛する人が当事者でも同じことができますか?」と自分に問いかけてほしい。他人事じゃなくて、誰かの気持ちに寄り添う。そんなことを考えるきっかけに、この映画がなってくれたら嬉しいですね。

育児も仕事も大切。大変だけど考えながら両立していきたい


石原さとみさん。

――母となり、俳優活動を新たにスタートされています。充実していることも大変なこともいろいろあるなか、ご自身の心境がどのように変わったか、目指すことなどありましたらお聞かせください。

 やっぱり育児との両立を大切にしたいですね。役者として、こういう作品をやりたい、こういう人と仕事をしたいというのは自分の中ではっきりしていますし、将来の理想像というのは思い描いていますが、子育ても大事なので、仕事の時期やスケジュールは慎重に考えています。


石原さとみさん。

――これからはワークライフバランスを考え、活動されていくのでしょうか。

 仕事で何かを決めてしまってプライベートが不自由になったらそれも辛いし、仕事で誰かに迷惑をかけちゃうのも怖い。なんか今はすごく狭間の時期なんです。模索しながら、という感じですね。

――家庭生活を優先することも場合によってはあり得るのでしょうか。

 すべてはその時の巡り合わせ次第かな、と思います。その時、自分が大切だと感じるものを大切にして、これからも役者もプライベートも頑張っていきたいです。そうした中で、役者として全力を尽くしたい! と思えるいい作品に出会えることができたら、それは一番幸せなことだし、奇跡的だなと思います。

衣装クレジット

ドレス 104,500円/リビアナ コンティ(グルッポタナカ 03-3410-3599)
シューズ 35,200円/スタイリスト私物

石原さとみ(いしはら・さとみ)

1986年生まれ、東京都出身。2003年に映画『わたしのグランパ』でデビューし、第27回日本アカデミー賞ほか6つの映画祭・映画賞にて新人賞を受賞。NHK連続テレビ小説「てるてる家族」(03)のヒロイン役で第41回ゴールデン・アロー賞放送新人賞、最優秀新人賞、『北の零年』(06)、『シン・ゴジラ』(16)、『そして、バトンは渡された』(21)にて日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞など受賞歴多数。近年の出演作は、『進撃の巨人ATTACK ON TITAN』2部作(15)、『忍びの国』(17)ほか。『ラストスマイル』2024年8月23日公開予定。

文=あつた美希
写真=榎本麻美