映画「愛と青春の旅だち」が日本で公開されたのは、1982年。同時期に上映されていた「E.T.」を超える勢いの人気を博した。

 リチャード・ギア演じるザック・メイヨ青年は、海軍航空士官養成学校に入学する。同級生は30人余り。彼らを心身共に鍛え上げるエミール・フォーリー軍曹を好演したのが、ルイス・ゴセット・ジュニアさんだ。

 軍曹は登場時から強烈だ。指揮棒を左腕にはさみ、「集まれ、ウジ虫ども」と訓練生に号令をかける。整列させると出身地などを尋ね、お前はゲイだな、などとからかう。反応を見ていた。

 軍曹は要領が良く利己的なザックに目をつけた。お前のような奴に戦場で誰が命を預けられるか、というわけだ。彼へのしごきは苛酷さを増す。両腕で頭上高く銃を持ち上げた姿勢で足踏みをさせホースで水を浴びせる、泥水の中で腕立て伏せをさせるなど追い込む。なぜ退校しないと軍曹は問い、ザックは“ここにしか居場所がない、(自分には)何もない”と心の内を叫んだ。

「鬼軍曹」を熱演

 映画評論家の垣井道弘さんは言う。

「父は酒と女に溺れ、母は自殺。そんな境遇からはい上がろうと主人公は士官を志した。現状を打ち破るため苦難を乗り越える人間の成長物語です」

 邦題は甘美だが、原題を直訳すれば「士官と紳士」。士官であるためには紳士でなければならないと人間性を問い、責任もたたき込む。

「上からのいじめや罵倒ではない。軍曹は士官育成の職務に忠実なのだと観る者に伝わってきた」(垣井さん)

 映画評論家の北川れい子さんも言う。

「訓練生が休日に会う女性たちは地元の工場勤め。彼らが晴れて士官となったら結婚してここから抜け出したいと夢見て駆け引きもある。全体の形はラブストーリーで、厳しい訓練に耐える姿があるから甘い場面にも説得力が出た。鬼軍曹がいなければ成立しない作品です」

黒人初のアカデミー賞助演男優賞に輝く

 ルイスさんは本作で黒人として初めてアカデミー賞助演男優賞の栄誉に輝いた。

「主演男優賞は63年にシドニー・ポワチエが初受賞していますが、助演男優賞こそ真の実力派といわれます。下馬評通りで誰もが納得する受賞でした」(垣井さん)

 36年、ニューヨーク生まれ。60年代から映画、テレビドラマで活躍。77年、黒人奴隷の苦難を描き大ヒットしたテレビドラマ「ルーツ」に出演し注目を集める。同作は日本でも放送された。そして「愛と青春の旅だち」で世界の称賛を浴びる。

千葉真一と共演も

 共同通信のワシントン支局長などを歴任した春名幹男さんは振り返る。

「軍で黒人が白人を訓練する例は実際にあり、設定に違和感はなかった。教官の演技がリアルなればこそ、問題視もされませんでした」

 86年から4作続いた戦闘機アクション「アイアン・イーグル」シリーズでは事実上の主役を演じた。

「チャッピーの愛称で、飛行技術を教えたり仲間を助けたりする。軍曹の雰囲気を感じさせた」(垣井さん)

 同シリーズの3作目では千葉真一と共演している。

 刑事の相棒、宇宙人など多彩な役柄を経験したが、エジプトのサダト大統領を演じたことが、あの軍曹以上に印象深かったという。

 俳優活動を続け、黒人姉妹を描いた大作「カラーパープル」のリメイク版にも出演。同作は日本で今年2月に公開されたばかりだ。

「24時間役になりきる」俳優魂

 3月29日、87歳で逝去。

「24時間、教官になりきっていた」と、リチャード・ギアはしのんだ。

「愛と青春の旅だち」で卒業式後、ザックは軍曹にあいさつに行く。卒業により立場が逆転し、少尉となった彼を軍曹は敬礼で迎える。「あなたのことは忘れない」というザックに軍曹は「早く行け」と彼だけにこれまでの口調で返す。自分が育てた特別な奴との思いが静かに伝わる。屈指の名場面もまた軍曹あってのものだ。

「週刊新潮」2024年4月11日号 掲載