先週放送されたNHKの朝ドラ「虎に翼」の第6週では、主人公の猪爪寅子(伊藤沙莉)が高等試験に合格するまでの日々が描かれた。現在の司法試験にあたる、寅子が女性弁護士の第一号になる上での最大の難関だ。異色の朝ドラだけあって、単なる成功物語だけには終わらせない描写が光った。

 共に人生を賭けて勉強する仲間たちが、女性であるがゆえの厚い壁に阻まれ、人によっては法律家への道を断念して去っていく。「親」や「子ども」に束縛されながら、志なかばで諦める……強い思いを抱きながらも去っていく女性たちの凛とした姿が、視聴者の共感を呼んだ。まるで“敗者の美学”とでもいわんばかりに、夢破れる者たちのエピソードにこれほど深く迫った朝ドラも珍しい。【水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授】

口述試験は「生理痛」で本来の実力を発揮できず

 寅子自身の合格までの道も、すんなりと成功とは描かれなかった。父親が検察によって濡れ衣を着せられる困難が立ちはだかる。最終的には無罪判決を得ることができたものの、寅子は十分な試験対策ができなかった。在学中の最後の試験は、筆記で不合格。女子部から合格者が一人も出なかったことで、明律大学女子部の新規募集は中止となった。寅子にとって2度目の挑戦となる卒業後の試験で合格者が出なければ、女子部の廃止が確定してしまう。そんなプレッシャーを背負い、寅子は弁護士事務所でお茶くみとして働きながら捲土重来を期して高等試験に臨んだ。

 今度は無事に筆記試験を通過したが、その後の口述試験では「お月のもの」、つまり生理という困難がたちはだかる。寅子は生理痛がとりわけ重く、面接で実力を発揮できない。学業優秀で、普段ならば男子の成績優秀者にも引けを取らない寅子だが、唯一の弱みともいえるのがこの点にある。口述試験のあと、自分の部屋に戻った寅子は、くやしさのあまり声を上げて泣き崩れてしまう。

朝鮮に帰っていった「ヒャンちゃん」

 在日朝鮮人の崔香淑(ハ・ヨンス)は、日本語が正しく発音できないために馬鹿にされた経験をバネに、法律家になりたいと寅子たちともに歩んできた。女子部の新規募集中止の時も先頭に立って学長に抗議し、次の高等試験で合格者を出せば募集を再開させる確約をとりつける。

 だが、在日朝鮮人や思想犯に対する特高警察の弾圧が厳しさを増し、兄が勤める出版社では発禁処分が相次ぎ、ついに兄も朝鮮に帰国する。香淑自身にも容赦のない捜査の手が及ぶようになり、ついに高等試験を断念し、国に帰ることを決める。寅子たち女子部の仲間たちは、以下のようにして海辺で彼女との別れを惜しむ。

「お国のお言葉でのあなたのお名前は?」
――崔香淑は漢字を日本語読みした「サイ・コウシュク」と呼ばれていた。仲間も本来の読み方を知らなかったのだ。
「私の名前はチェ・ヒャンスクと読みます」
「ヒャンちゃん・・・」

 仲間たちからそう呼ばれた彼女は、歌を披露してほしいと寅子にねだる。

 歌ったのは『モン・パパ』。子どもの目から見たパパとママの力関係をユーモラスに表現した歌だ。外では一家の主として振る舞う父親が、家庭では母親に頭が上がらない実状を楽しく表現している。同時に、女性がいくら有能でも外では夫を立てなければならない理不尽を皮肉るような歌詞でもある。女性の強さやしたたかさを示す表現でもあり、「性」による役割分業を問い直すこの朝ドラでは、劇中のテーマ曲として時々登場する。

「うちのパパとうちのママと並んだ時、大きくて、立派なはママ。うちのパパとうちのママがけんかして、大きな声で怒鳴るはいつもママ。嫌な声で謝るのは、いつもパパ…」

 寅子の歌声が海辺に響く別れのシーン。仲間たちの笑顔が輝く美しい場面だった。

 日本が朝鮮半島を植民地にして特高警察が言論を弾圧した時代である。朝鮮出身者が植民地支配からの脱却を願うのは当然だろう。日本人でも女性は弁護士になれない時代に、在日朝鮮人の女性が弁護士になるのは、まだ現実的ではなかった。民族愛のために日本を去った「ヤンちゃん」の思いも寅子たちに刻まれた。

「家族」のために受験を断念した華族令嬢の涼子と弁護士夫人の梅子

 残った仲間たちで高等試験に臨もうとしていた矢先、華族令嬢である桜川涼子(桜井ユキ)の父親・桜川侑次郎男爵が、芸者と駆け落ちして失踪してしまう。母親はアルコールに溺れ、涼子が櫻川家を支えるしかない。彼女は櫻川家の存続のために、弁護士の道を捨てる決断をする。「母親」や「家」のために受験を断念し、他の男爵家から婿を迎え結婚する道を選ぶことになった。

 さらに高等試験の筆記試験の当日、同期で最年長の大庭梅子(平岩紙)は著名な弁護士である夫から離婚届を突きつけられる。「息子たちにはもう会えないと思え」。当時の民法では、子どもの親権は父親が持つことになっていた。外で若い女を作っている夫に対し、自分から離婚を切り出し裁判で3人の子どもたちの親権を得るために弁護士資格を得ようと計画していた梅子は、その道を断たれた格好だ。

 子どもたちを夫のような人間にはしたくないと、梅子は三男だけを連れて家を出ることを決意。試験を受験せずに姿を消してしまう。

「寅ちゃんたちならば立派な弁護士になれると信じています。どうか私のような立場の女性たちを守ってあげてください」

 寅子への手紙で梅子が残した言葉だ。口述試験の結果、寅子は女子部の先輩2人と共に合格し日本で初めての女性弁護士になることが決まる。

男装が理由? 口述試験で落とされた山田よね

 一方、共に口述試験を受けた同期の山田よね(土居志央梨)は、手応えを感じていたが、面接で思わぬ指摘に直面していた。“男装姿”を突っ込まれたのだ。

「それで君、弁護士になってもその頓知気な格好は続けるのかね?…」

 苦々しそうにそう語る面接官についカッとなり「頓知気なのはどっちだ。あんたらの偏見をこっちに押しつけるな!」と口答えしてしまう。

 結果、よねは口述試験で不合格だった。寅子の自宅を訪ねた際に、面接でのやりとりを打ち明けた。ぶっきらぼうなよねらしく、別れ際に寅子に「おめでとう」とだけ言い残して去った。

 その後ろ姿を見送る寅子。この台詞なしのシーンは実に23秒間もあった。台詞が多い朝ドラでは異例の長さだ。よねの足音が響く。カラスの鳴き声も聞こえる。女性への壁の厚さをじわじわと視聴者に感じさせる演出だ。そこに波の音が甦ってくる。

 その音に合わせて寅子がつぶやくように歌ったのが『モン・パパ』。

「うちのパパとうちのママが並んだ時・・・(中略)うちのパパ、毎晩遅い。うちのママ、ヒステリー。暴れて怒鳴るはいつもママ。ハゲ頭下げるはいつもパパ。デタラメ言う、それはパパ。胸ぐらをとり、それはママ。パパの身体はゆれる、ゆれる、ゆれる、クルクルと回される・・・」

 ヤンちゃんとの別れの場面が甦る。他にも梅子、涼子、よねの顔も……。歌声に合わせて明律大学の女子部の仲間たちとの思い出がスローモーションで甦る。彼女らが残した「思い」。それを自分が背負っていくのだと決意するような寅子の強い眼差しが映される。

寅子がぶつけた怒りの言葉

 明律大学女子部出身者が集った高等試験合格の祝賀会で、新聞記者からの質問に答えて寅子は語り出す。

「志なかばであきらめた友。そもそも学ぶことができなかった……、その選択肢があることすら知らなかったご婦人方がいることを私は知っているのですから。

 でも今、合格してからずっとモヤモヤしていたものの答えがわかりました。私たち、すごく怒っているんです。

 ですよね。法改正がなされても結局、女は不利なまま。女は弁護士にはなれても裁判官や検事にはなれない。男性と同じ試験を受けているのに……ですよ。

 女ってだけで。できないことばっかり……。ま、そもそもがおかしいんですよ。

 元々の法律が……私たちを虐げているのですから。生い立ちや、信念や、格好で切り捨てられたりしない。男か女かでふるいにかけられない社会になることを私は心から願います。いや……みんなでしませんか? しましょうよ!私はそんな社会で何かの一番になりたい。そのためによき弁護士になるよう尽力します。困っている方を救い続けます。男女、関係なく……」

 怒りがこもった演説。次第に口調が強くなっていく。朝ドラでは異例ともいえる長回しの1カット。寅子役の伊藤沙莉が見事に演じきった。

 この言葉は寅子が“敗者”たちの思いを背負って生きていくという決意表明だ。“敗者”……それは法律・制度や偏見や差別などの「社会」そのものが作り上げた存在であり、本当の意味での敗者ではなく、“社会的弱者”に過ぎない。女性たちはその代表なのである。法律家として、こうした人たちのために生きていく。よりよい社会を作っていく。“敗者”の思いとともに生きる、心を寄せていく、法律家としての覚悟が示された。

 女性への差別という“理不尽”との闘い。寅子の言葉を借りるならば「地獄」の日々がこれからも続く。当時の法律では寅子は裁判官にはなれない。よねのように性的な役割を拒絶する服装だけで試験を落とされる偏見の壁も厚い。“敗者”にならざるをえなかった人たちの思い。それを背負って地獄と向き合おうとする猪爪寅子の今後の活躍が楽しみだ。

 今週からいよいよ寅子の弁護士としての仕事がスタートした。どんな地獄が待っているのだろう。

水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授

デイリー新潮編集部