食事に運動に睡眠……。人生100年時代、健康のために「なすべきこと」が山積みだ。だが灯台下暗し、わが日本にこそ“最強の健康法”が存在した。要介護リスクを29%も低減するその方法とは。四半世紀にわたって研究を続けるプロが指南。お風呂がスゴい!【早坂信哉/東京都市大学人間科学部教授】

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 経済面など昨今の日本を取り巻く環境はなかなか厳しいものがあるようですが、こと健康面に関しては日本はとても「ラッキー」な国だといえます。なぜなら、私が最も優れていると確信している健康法が身近にあるからです。

 それは安価で、手軽で、無理なく実践できる健康法――入浴です。そして意外なことに、毎日湯船に漬かる習慣をもとにした学術論文は、世界広しといえども、日本でしかほぼ書かれていません。そう考えると、日本は「世界一ラッキーな国」といえるのではないでしょうか。

〈こう説くのは、温泉療法専門医で東京都市大学人間科学部教授の早坂信哉氏だ。

 お風呂や温泉について25年超にわたって研究し、のべ約4万人の入浴を調査してきた“お風呂ドクター”である早坂教授は、湯船に漬かることの健康効果を分析し続けている。

 そんな早坂教授が最も優れた健康法と太鼓判を押す入浴を、健康維持のために最大限活用するには――。〉

七つの代表的な効果

 私たちのチームが65歳以上の高齢者1万4000人弱を対象に追跡調査を行った結果、毎日湯船に漬かっている人は、週2回以下しか漬からない人と比べて、3年後に要介護になるリスクが29%も低いことが明らかになりました。入浴が最も優れた健康法といえるゆえんのひとつですが、なぜ入浴は、このような劇的な健康効果をもたらすのでしょうか。

 お風呂に入ることで体が温まることは誰もが知っている健康効果でしょう。しかし、入浴の健康作用は「温まる」も含めて代表的なものだけで七つもあります。

(1)温熱作用(体を温めて血流アップ)

(2)静水圧作用(締め付けることで「むくみ」を解消)

(3)浮力作用(筋肉や関節をゆるめる)

(4)清浄作用(体の汚れを落とす)

(5)蒸気・香り作用(乾燥による免疫力低下を防ぎ、自律神経を整える)

(6)粘性・抵抗性作用(陸上の3〜4倍の負荷を利用した手軽な運動療法効果)

(7)解放・密室作用(一人で裸になり生活の中での緊張から解放されるリラックス効果)

 要介護リスクの低下は、これら入浴がもたらす健康効果の総合的な結果といえるでしょう。

「こんなに安価で手軽な健康法はない」

 体を温めることで血流が良くなり、体の隅々にまで栄養分が運ばれ、同時に老廃物の回収もスムーズに行われる。

 また、温めることでたんぱく質でできている靭帯が柔らかくなり、関節の動きが滑らかになって痛みが和(やわ)らぐ。

 さらに、静水圧により体が締め付けられ、とりわけ下半身のむくみが取れる。

 そして、浮力によって陸上で感じていた重力による緊張から解放されリラックス効果が得られる。宇宙に行かずに重力からの解放感を味わえるのですから、やはりこんなに安価で手軽な健康法はありません。

 加えて言えば、毎日入浴するという習慣そのものが、生活のリズムを整え、要介護リスクを下げることにつながっているのです。

 これほどの健康効果がありながら、冒頭で説明したように日本以外の国では湯船に漬かるという行為はあまり習慣化していません。一体なぜでしょうか。

日本の入浴文化

 映画「テルマエ・ロマエ」で改めて知られることになったように、古代ローマでは、有名な「カラカラ浴場」をはじめとする公衆浴場が広く親しまれていました。いまで言うスーパー銭湯のような存在だったのでしょう。1回の入浴料は数十円から高くても400〜500円程度でした。

 しかし、キリスト教が入ってきてお風呂に入ることが快楽的として敬遠され、また疫病が大流行したこともあって、公衆浴場に行く、すなわちお風呂に入るという習慣が廃(すた)れていったといわれています。

 対して日本では、まず水資源が豊富な上に、火山の国でもあるため温泉に恵まれているという好条件がそろっており、「温かいお湯に漬かる」という機会が比較的身近にありました。加えて、「沐浴(もくよく)」や「禊(みそぎ)」という宗教的な事情もあり、温泉などで湯船に漬かる習慣が根付いていったのだと考えられます。

 江戸時代には庶民の間で銭湯に入ることが広まるなどして日本の入浴文化は育(はぐく)まれていきました。そして昭和の高度経済成長期に入ると、各家庭にお風呂場が設けられ、銭湯に行く手間をかけずに入浴できるようになり、一般大衆にも毎日湯船に漬かる習慣が定着。こうして日本は世界に冠たる「入浴大国」となったのです。

正しい入浴法

 このような歴史を持つ日本人にとってお風呂に入るのは当たり前のこととなっていますが、逆に言うと当然の習慣であり過ぎるため、学校で「入浴法」が教えられることはありません。その結果、せっかくの最高の健康法である入浴を生かしきれていないケースも見られます。その人の年齢や抱える症状によって、より効果的なお風呂の入り方があるのに、なんともったいないことでしょうか。そこで、ここからは「正しい入浴法」を紹介したいと思います。

 例えば冷え性の人。先ほど説明した入浴の「7大健康効果」の中でも、何といっても温熱作用は最大のものであり、冷え性の人は熱めのお風呂に入りがちです。しかし、この入浴法は誤っています。42度以上の熱めのお風呂に入ると温熱作用が長続きしないからです。

 たしかに42度くらいの少し熱めのお風呂に入ると、体温が一時的に1〜1.5度上がり、手足の冷えも解消されます。体温が36.5度だった人は、38度まで上がって体は温まるわけです。ところが、これは人体にとっていわば異常事態です。従って、早く体温を下げて元の状態に戻ろうとし、発汗によって熱を放出しようとする。その結果、一気に体は冷えてしまいます。

「攻め」と「受け身」の汗

 実際、40度のお風呂に入った場合と42度の場合の風呂を出てから30分後の体表温度をサーモグラフィーを使って調べたところ、40度のほうが体表温度が高く保たれていたという実証実験があります。従って私は、冷え性の人には40度のお風呂に漬かることを勧めています。よほど体が冷えているのでなければ時間は10分程度で十分でしょう。

 次に、ダイエットを考えて半身浴を楽しんでいる人。上半身がお湯に漬かっていないため、上体から出てくる汗が可視化されていっぱい汗をかいているような満足感を得られますが、実は全身浴のほうが汗をかいています。ただ、全身浴の場合、文字通り全身がお湯の中に入っているため汗が流れ出ているのが見えないだけなのです。つまり、半身浴のほうが痩せられるという考え方には根拠がありません。

 そもそも、入浴による発汗は「受け身の汗」です。運動した時の発汗は脂肪を燃焼させるなどした結果の「攻めの汗」であるのに対し、入浴はほとんどエネルギーを使っていません。「メッツ」という運動強度で言うと、安静時が1メッツ、散歩が3.5メッツで、入浴は1.5メッツ。散歩よりも安静時に近いわけです。

 入浴による発汗は、お湯から熱をもらって汗が出ているに過ぎません。ですから、汗が出て一時的に体重は減りますが、水分を補給すればほとんど元に戻るため、入浴はダイエットには向いていないといえるでしょう。

熱いお湯は肌荒れにつながる

 とはいえ、心臓や肺の機能が落ちている高齢者などにとって、上半身に水圧がかからない半身浴は楽な入浴法ですから、半身浴そのものが悪いというわけではありません。

 ダイエットを気にしている人の中には美容に気を使っている人も多いのではないかと思います。スキンケアの観点から大事なのは、やはり42度以上のお湯に漬からないことです。42度以上の湯船に入っていると、かゆみの原因物質であるヒスタミンが体内で生成されてしまいます。また、肌は熱変性するたんぱく質で作られていますので、熱いお湯に漬かると肌荒れにつながります。

 冷え性のところでも説明しましたが、「42度」はいろいろな意味でひとつの境目です。興奮を促進する交感神経のスイッチが入るのも42度、血液の塊ができやすくなるのも42度、そして肌荒れが進むのも42度……。

 日本では夏の暑い日でも、気温が40度になることはあっても42度に上がることはありません。人間の住む環境にはなかなか存在しない温度のため、お湯も42度以上になると人体に“異変”を生じさせるのではないかと考えられます。

 入浴における「湯加減」は、気持ちの良し悪し以上に健康面で極めて重要なのです。

早坂信哉(はやさかしんや)
東京都市大学人間科学部教授。1968年生まれ。温泉療法専門医。自治医科大学医学部卒業、同大大学院医学研究科修了。浜松医科大学医学部准教授、大東文化大学スポーツ・健康科学部教授などを経て東京都市大学人間科学部教授に。入浴の健康効果を医学的に研究し続けている第一人者。『最高の入浴法』(大和書房)などの著書がある。

「週刊新潮」2024年4月11日号 掲載