フロントガラスに黄色い紙が

「しまった」と思ったが、遅かった。

 それは先週の雨の日。車で出かけ、パーキングメーターを利用したときのこと。路肩の機械に300円を入れ、停めることができるのは60分だが、所用が長引き続き10分ほどオーバーして車に戻ったら、フロントガラスに「駐車禁止」の黄色い紙がベタッと貼られていたのだ。

 交番を探して出頭すべき? いかんせん雨足が強くなり、「まあいいか」。過去の経験から、出頭しなくても後日、振込票が届くことを知っている。黄色い紙を剥がし、この紙が「放置車両確認標章」なるもので、「・・・・(登録(車両)番号)の使用者殿」となっていることを確認。比較的大きな文字で書かれた3行をさくっと読む。

〈この車は、“放置車両”であることを確認しました。この車の使用者は、東京都公安委員会から放置違反金の納付を命ぜられることがあります〉

「……納付を命ぜられることがあります」って変な日本語、と首を傾げながら、黄色い紙を剥がした車を運転してそのまま帰宅した。

「命ぜられることがあります」は正解

 そして、その夜、SNSに書き込んだ。〈……ということは、納付を命ぜられないこともあるのかなー〉と。

 すると、〈命ぜられますねぇ〉といったコメントが相次いで寄せられた後、弁護士の知人、馬場勝也さんから、こんな書き込みがあった。

〈出頭して運転者として反則金を支払うと点数が引かれますが、出頭しないで使用者(所有者)として支払うと点数は引かれませんので注意してください〉

 え? どういうこと? 読み進める。

〈この張り紙は、車両の使用者(多くの場合は所有者)に宛てられています。駐車違反の責任は、一時的にはその車をそこに停めた人(運転者)にあります。ですから、運転者が出頭して反則金を支払えば、この張り紙の名宛人の使用者は責任を問われません。でも、運転者が出頭もせず反則金も支払わない場合には、使用者(所有者)責任を負わされます。ですから、使用者に宛てたこの貼り紙には「命ぜられることがあります」となっていて、これで正解なんです。職業柄理屈っぽくて、すみません〉

弁護士も知らなかった事実

 つまり、“反則金”はどのみち支払わなければならないものの、運転者として出頭したら交通違反の点数が引かれるが、出頭しなければ引かれないということのよう。ありていに言うと「正直に出頭すれば、損をする。しなければ得をする」。

 妙だなー。馬場さんの書く「使用者(多くの場合は所有者)」と「運転者」の違いが、私にはよく分からなかった。こういう場合は、電話で教えてもらうに限る。馬場さんに電話した。開口一番、

「さすが法律の専門家、よくご存じなんですね」

 と申し上げたところ、

「それがー。弁護士としての知識ではなく、私も一昨年、駐禁をやったので、個人的に調べて初めて知ったんです(笑)」

 こうしたことはほとんど周知されてはいないと言って過言ではなさそうだ。

警視庁に疑問を投げかけてみる

 閑話休題、「使用者、所有者、運転者」の違いについて問うと、「確かに分かりにくいですが、車検証の記載を見てみてください」とのこと。

 自分の車検証を引っ張り出す。「所有者」欄には私の名前、使用者欄には「***」とある。これは、所有者と使用者が同じという意味で、ローン返済の途中だったりすると所有者欄がディーラーや信販会社名の場合が多いという。使用者とは、「車を維持管理し、使用する人」で、駐車禁止の運転者と同じとは限らない――と理解はできた。

「昔は運転者だけしか罰せられませんでしたが、運転者が確定できないケースが多く、2006年の道路交通法改正によって、使用者の責任も問われるようになったわけです」と馬場さん。

 なるほど、であるが、「運転者なら点数が引かれ、使用者なら点数が引かれない問題」が、腑に落ちない。よし、警視庁に疑問を投げかけよう。

 電話すると、駐車対策課に回された。

「運転者に課されるのは『反則金』、使用者に課されるのは『放置違反金』だからです」

 点数は反則金に紐づくが、放置違反には紐づかないから、とのことだ。

駐車監視員は切符が切れない

「じゃあ、運転者=使用者の場合、点数を引かれたくなければ、出頭しないに限るってことですね。黄色い紙には運転者に宛てたメッセージ皆無で、『出頭してください』とも書いてないし」と、つい言ってしまうが、駐車対策課さんは、

「道路交通法改正以降、駐車禁止の確認が、警察官から駐車監視員の担当に変わりましたからね。駐車監視員は切符が切れません」と淡々と。

 そういえばと、昔の駐車違反の記憶を呼び戻す。タイヤと地面にチョークで線を引き、書き込んだ時刻も記して、一定の時間を過ぎれば、黄色い紙を貼られたり、ドアミラーに鍵付きの輪っかが取り付けられたりして、即「違反切符」が切られたものだ。

 2006年に「放置駐車違反」の新制度が開始され、駐車時間がたとえ1分でも取り締まられるようになっていた――と認識を新たにした。駐車監視員は、都道府県の公安員会の講習を受けて、試験に合格して資格を取った人たちだそう。確かに、あちこちでしょっちゅうお見かけする。

 つべこべ書いてきたが、ルールはルールだから、目下、私はつべこべ言わず「放置違反金」の納付書が届くのを待っているところである。

井上理津子(いのうえ・りつこ)
ノンフィクションライター。著書に『さいごの色街 飛田』、『葬送の仕事師たち』(ともに新潮社)、『絶滅危惧個人商店』(筑摩書房)、『師弟百景』(辰巳出版)などがある。

デイリー新潮編集部