国を挙げて解決すべき事件

 小林製薬が作った紅麹成分入りサプリメントを摂取した人に健康被害が相次いでいる。すでに5名もの死者が確認されており、食品をめぐる事件としては近年まれに見るひどい惨事となった。甚大な被害を生み出してしまった、同社の強欲な企業体質を解き明かす。【前後編の前編】

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 倦怠感や食欲不振が止まらなくなり、尿が泡立ち変色し、最悪の場合は死に至ってしまう。

 目下、日本中を恐怖に陥れている小林製薬が作った紅麹サプリによる健康被害。原因究明は遠く、どこまで被害が広がっているのかも全容が判然としない。

「今のところ、小林製薬が大阪工場で昨年4〜10月にサプリ用として製造した紅麹に、青カビから生成されるプベルル酸なる毒性の強い化合物が含まれていたことは分かっています。しかし、昨年12月に大阪工場は老朽化によって閉鎖され、紅麹の製造に必要な設備は和歌山工場に移されました」(社会部記者)

 大阪工場には先月30日、和歌山工場には翌31日、厚労省と各自治体の職員が立ち入り検査を行ったが、

「工場の移転によって物的証拠が集めにくくなり、どのようにプベルル酸が生成されたのか、もしくは混入したのかを突き止めるハードルが上がってしまった。厚労省と各自治体は、原因究明の核となりうる証拠を大阪府警に渡すべく調査を進めていますが、まだかなりの時間がかかるのではないか。プベルル酸が非常に珍しい物質であることも時間を要する一因となっています」(同)

 なんとか調査を終えることができた暁には、警視庁も出張ってくる可能性があるという。

「紅麹の製造現場だった大阪工場と小林製薬の本社があるのは大阪市です。本来は大阪府警が受ける事件で、おそらくそうなるとみられていますが、被害者が各地にいるのでもしかすると警視庁なども加えた合同捜査本部が設置されるかもしれません。先月29日に関係閣僚会合が開催されるなど政府がすでに陣頭指揮を執っており、国を挙げて解決すべき大きな事件となっているからです」(同)

業務上過失致死傷容疑での立件も視野に?

 食品をめぐる過去の事件といえば、2000年に1万3000人以上が食中毒を起こした雪印乳業事件が有名だ。この時、安全に対する注意を怠ったとして、雪印乳業の工場長ら2名が業務上過失致傷などで有罪判決を受けた。法人としての同社も食品衛生法違反での有罪判決となっている。

「今回の小林製薬に関しても同様、現場責任者と会社の両方が立件される可能性が考えられます。ただし、雪印の時と異なり深刻なのは人が亡くなっているところ。まだ時間がかかるとはいえ、当局は小林製薬の現場責任者に対して業務上過失致死傷容疑での立件を目指していると思われます」 (同)

 いずれにせよ今は立件以前の段階で、被害の全体像すら見えていない。

「小林製薬が2回目の会見を開き、日本中から厳しい視線を一身に浴びた先月29日の時点では、紅麹サプリを摂取して5名が亡くなり、114名が入院しているとのことでした。しかし、その後も次々に被害を訴える声が上がっています。いまだどのように被害が広がっているのか不明瞭で、予断を許さない状況です」(同)

「ケチさと目ざとさにかけては天下一品」

 小林製薬は偶然、運悪く事件を起こしてしまったわけではあるまい。大惨事が起きた背景にある特異な企業体質について、同社関係者はこう明かす。

「そもそも、小林製薬は社名に“製薬”と銘打っていますが、処方箋が必要な医療用医薬品を取り扱っていません。商品はすべて薬局などで買える一般用医薬品か健康食品、または日用品の類です。製薬会社とは名ばかりで、本当の姿はケチさと目ざとさにかけては天下一品の小林一雅会長(84)が率いてきた、“アイデア商品屋”なのです」

 1919年に設立された同社は、6代にわたって創業家の小林家が経営してきた。かつては薬品の卸売りが主力事業だったが、現代表取締役会長の一雅氏が60年代以降、アイデア商法路線に舵を切り数々の商品をヒットさせて会社を拡大し現在の礎を築いた。

「甲南大経済学部を卒業して62年に入社した一雅さんは自らのアイデアで、69年にトイレ洗浄剤のブルーレットを、75年にはトイレ芳香剤のサワデーを発売して成功させました。まだ日本のトイレの多くがくみ取り式だった64年、アメリカを旅行した時に見た水洗トイレの清潔さや芳香剤の爽やかな香りが、イメージの原点になったと」(同)

 75年には、肩こりに効く鎮痛消炎剤の容器を横に曲げ、商品名をアンメルツヨコヨコとして、これもメガヒットに導いたという。76年に4代目社長に就任して以降も、冷却ジェルシートの熱さまシートや洗眼薬のアイボンなど数多くのアイデア商品を、ユニークなネーミングと共に世に送り出していった。

「常々、一雅さんは“小さな池で大きな魚を釣る”というスローガンを述べてきました。これはニッチな市場を開拓し、そのシェアを先んじて押さえる経営戦略です。誰も訪れていない小さな池を見つけて、そこで一番の釣り人になりなさいと。儲かったからといって、長い時間を要し高額な研究開発費を投じなければいけない、医療用医薬品を作るようなことはしない。それよりも社内提案制度を通じて、社員たちにアイデアを出す意識と習慣を徹底させていったのです」(同)

企業のガバナンスに大きな欠陥が

 04年、弟の小林豊氏に5代目社長の座を譲ると、一雅氏は会長に繰り上がった。13年以降は、長男の小林章浩氏(52)を6代目社長に据えている。19年に豊氏は死去したが、今も一雅氏は代表取締役会長として君臨し続けている。

「カリスマ経営者の一雅さんは一般の社員に声を荒らげるようなことはさほどしませんが、幹部には厳しい。会議で中途半端な提案が出ようものなら、平気で罵声を浴びせます。特に息子の章浩さんには容赦がなかった。ある時、100名以上は集まっていた業界団体の新年会で章浩さんがきつく怒られて、しゅんとしていたのが印象的でした」(同)

 このたびの紅麹サプリが原因と思しき健康被害について小林製薬は、今年1月11日に患者から最初の連絡を受けている。しかし、記者会見を開き被害の実態と自主回収を公表したのは2カ月あまりがたった3月22日のことだった。亡くなった5名の中には、この間にもサプリを購入していた人がいたとみられている。

 企業ガバナンスに詳しい青山学院大名誉教授の八田進二氏はこう憤る。

「食品や薬を取り扱う企業にとって最大のリスクは健康被害で、そのダメージを最小限に抑えるためには迅速な情報公開が必須です。まずは健康被害を広がらせないための対策を優先するのは当然のこと。社内の人間はどうしてもネガティブな情報を隠蔽(いんぺい)したり問題を先送りしたりしがちなので、そうならないためにも高額な報酬で社外取締役を選任しているわけですが、このおよそ2カ月間あまり彼ら彼女らは何をやっていたのでしょうか。社外取締役も含めた企業全体のガバナンスに大きな欠陥があったと言わざるを得ません」

「章浩さんは優しくて線が細い」

 先月28日の株主総会では厳しい質問が株主から相次ぎ、社長の章浩氏が涙ぐむ場面もあった。

「社内のイベントで提供するお弁当の種類にまで口を挟んでくる強烈なワンマン会長の一雅さんに対して、章浩さんは優しくて線が細いタイプ。先日の株主総会で泣いているのを見て“やっぱり”と思った関係者は多い」(前出の同社関係者)

 章浩氏は15歳の時に母を亡くした。それまで両親の仲は円満ではなかったともいわれるがグレることなく、父の一雅氏に忠実に人生を歩んできたようだ。慶應大経済学部を卒業後、花王での修業期間を経て98年、小林製薬に入社した。

「とにかく小林製薬は一雅さんの存在が大きすぎて、今もそのくびきから解き放たれていません。章浩さんが社長に就任してから10年以上たちますが、これといったヒット商品を生み出せておらず、大まかな経営方針も変わっていない。とはいえ、無駄な投資を極力避ける高収益体質が維持できているので、23年12月期まで26期連続の最終増益を記録してきました」(同)

 後編では、医薬品の治験の際に被検者の身長を改ざんした問題など、ずさんな開発体制などについて報じている。

「週刊新潮」2024年4月11日号 掲載