昭和から平成、令和へと時代は変わっても“凶悪事件”が消えることはない。世の中を震撼させた犯人たちは、一体なぜ凶行に走ったのか――。その深い闇の一端を垣間見ることができるのは、彼らが法廷で発した肉声だ。これまで数多くの刑事裁判を傍聴してきたノンフィクションライターの高橋ユキ氏に、とりわけ印象に残った“凶悪犯の言葉”を振り返ってもらう。今回、取り上げるのは「横浜・深谷連続殺人事件」の裁判である。(前後編のうち「前編」)

 埼玉県深谷市の民家で64歳の男性が遺体で見つかったのは2009年8月のことだった。男性宅の洗濯物が干しっぱなしになっているのを不審に思った散歩仲間が通報。部屋に立ち入った警察官が、胸に包丁の刺さった状態で1階の居間に倒れていた男性・Aさんの遺体を発見する。酒好きで、居間で飲んでそのまま寝ることもあったというAさん。遺体や現場に争った形跡はなく、県警は当初、自殺とみていたが、遺書がなかったため、他殺の可能性も視野に入れて捜査を進めた。

 それから10ヵ月後、Aさん殺害容疑で二人の男が逮捕される。共にAさんの甥に当たる新井竜太(当時41)と、高橋隆宏(同37)だった。Aさんが酒好きで、酔って寝てしまうことを知っていた高橋が、家に上がり込み殺害を実行しており、新井とAさんとの間には金銭トラブルがあった。高橋はAさんが亡くなったのちに「面倒なことを言うから叔父を刺し殺した。怖いものなんてないから、いつでも誰でも殺せる」と知人に語っていたという。

「いつでも誰でも殺せる」という高橋の言葉は嘘ではなかった。この二人はまもなく、別の殺人容疑で再逮捕されたのだ。

「ずっと新井さんについていきたいと思いました」

 Aさん殺害容疑での逮捕後、二人は「08年にも横浜市で女性を殺し、保険金を受け取った」と供述。警察が確認に乗り出すと、新井の親族が経営する内装工事の会社に住み込んでいた46歳の女性・Bさんが、08年3月に浴室で死亡していたことが発覚する。しかも、Bさんは生前に高橋と“養子縁組”しており、高橋はBさんの死亡後に保険金を受け取っていた。だが、神奈川県警は当時、事件性がないと判断し、Bさんの遺体が解剖されることはなかった。埼玉県警が二人を逮捕していなければ、Bさん殺害は事故として処理されたままだっただろう。

 そんな二人は対等な関係とは言い難かった。「自分は(新井に)頼まれれば何でもする」と高橋は周囲に話していたという。

 新井と高橋の一審・裁判員裁判はさいたま地裁で別々に開かれた。そこで明らかになったのは、“盲信”というべき高橋の新井への忠誠心だった。

「新井さんはなんでもできてすごいんだなと思いました。憧れの気持ちを持ちました。ずっと新井さんについていきたいと思いました」

 年上の従兄弟である新井についてそう語るのは、二つの殺人の実行犯となった高橋。2012年1月から開かれていた新井の公判に、証人として出廷した。高橋は2011年7月の裁判員裁判で、公訴事実を全て認めた末に無期懲役を言い渡され、新井の公判が始まった時点ですでに受刑者となっていた。がっちりした体型に青い作業服。肉体的な存在感とは裏腹に、声は小さい。

「竜さんには親のような兄弟のような思いを持っていました。自分が両親とうまくいってない時に優しくしてくれた、かまってくれた……」

「まごころ相談室」

 新井を“竜さん”と慕っていた高橋は、新井からは“たっくん”と呼ばれていたそうだ。その“たっくん”が新井に憧れの気持ちを持ったのは、新井から頼まれた仕事を手伝うようになってからだという。

「竜さんは当時、トラブル仲裁屋をしていて、男女間のトラブルや未回収の金の取り立てをやっていました。竜さんの指示で、集金や嫌がらせを手伝うようになって、憧れの気持ちを抱くようになりました」(高橋の証言・以下同)

 当時、新井がやっていたトラブル仲裁の仕事を、二人は「まごころ相談室」と呼んでいた。「男女間のトラブルを、真心込めて、感謝されるような形で仲裁する仕事」(同)だったという。そこで高橋は新井の指示を受け「離婚後のトラブル解決や追い込み業務」などという手荒い“真心”を尽くすなかで、新井への尊敬の気持ちを膨らませていった。

「ずっと新井さんについて行きたいと思いました。新井さんは“俺の言う通りにしてれば間違いないから”“俺たちはマジンガーZだ。俺が頭で、お前が体だ”と言っていました。私は自分で考えることもできないから、そうだなと思いました」

 新井に心酔した高橋は、この当時、胸に刺青を入れた。法廷壁面に備え付けられた大型モニターに映し出された、高橋の胸元の写真は、その中心部に漢字で“新井”と彫られていた。

 後編では、暴走する従兄弟二人組の凄惨な犯行の全容が明らかになる――。

後編【「深谷の叔父貴、殺してくれねえか、もう許せねえ」 心酔する“従兄弟”の命令で連続殺人犯になった男は、なぜ公判で“裏切った”のか】に続く

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部