「4回までに8四球」の大荒れ

 近年のNPBではほとんど見られなくなった大乱闘をテーマに、ファンの記憶に残る場面を5回にわたって紹介する企画、最終回は、現時点では“最後の格闘技系乱闘”と思われる2017年4月4日に京セラドームで行われたヤクルト対阪神を振り返ってみた。【久保田龍雄/ライター】

 この日の阪神の先発・藤浪晋太郎は、立ち上がりから制球が定まらず、先頭の大引啓次にいきなり四球。併殺で2死後、山田哲人、バレンティンの3、4番にも連続四球を与えたばかりでなく、顔面付近の荒れ球に2人が体をのけぞらして避ける危ないシーンも見られた。

 藤浪は2回以降も立ち直る気配がなく、4回まで8四球と大荒れ。ヤクルトにしてみれば、前年4月19日にも谷内亮太が藤浪から左手首に死球を受け、左尺骨骨折で長期離脱した記憶もまだ風化していないだけに、「また死球にならなければいいが……」の懸念は当然あったはずだ。

 藤浪自身も「初回から浮き足立ったというか、最後の最後まで自分のフォームで投げられなかった。狂ったまま投げていた」と回想する。

 不穏なムードが漂うなか、ヤクルトの先発・ブキャナンも、2回に阪神の5番・原口文仁の左腕にぶつけてしまい、きな臭い空気が加速していく。

飛び蹴りで反撃

 そして、2対0とリードしたヤクルトの5回の攻撃で、ついに事件が起きる。無死一塁で、6番・畠山和洋に対し、藤浪は2球続けてボールのあと、3球目の142キロ直球が内角高めにすっぽ抜け、畠山の左肩上部を直撃。跳ね返ったボールが左頬に当たり、ダメージを受けた畠山は仰向けに倒れこんだ。

 藤浪は帽子を取って謝ったが、むっくりと起き上がった畠山は藤浪をにらみつけると、「どこに投げてるんだ!」とばかりに何やら叫びながらマウンド方向へと歩を進める。

 これを見た両軍ナインも制止しようとベンチを飛び出し、本塁付近で押し合いへし合いの乱闘が勃発。さらに“参戦”が遅れたバレンティンが最後方から体当たりするように集団の塊目がけて飛び込んだ際に、勢い余って、目の前にいた矢野耀大作戦兼バッテリーコーチを右腕で突き飛ばす形になった。

 数メートル吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ矢野コーチは、すぐさま怒りの表情で立ち上がると、ダッシュしてバレンティンに飛び蹴りをお見舞いして反撃。バレンティンも矢野コーチを振り払おうとして、再び突き飛ばす。直後、血相を変えた金本知憲監督が怒声を発しながらバレンティンに詰め寄り、まるでプロレスさながらのエキサイトシーンに。

 間もなくバレンティンはブキャナンに抱き止められたが、大混乱の中で、阪神・高代延博ヘッドコーチ、香田勲男投手コーチとヤクルト・福地寿樹外野守備走塁コーチ、大引らが押し合うなど、複数でもみ合いが繰り広げられ、試合は約5分中断した。

「犠牲者を出したくなかった」

 金本監督は「横から不意打ちで殴ってきたら、許せないでしょ」と矢野コーチの心中を慮り、騒動の発端となった藤浪の死球についても、「こっちも原口が当てられているわけだから、お返ししたわけじゃないし。勝負の中で当てたんだから」と故意ではなかったことを強調した。

 矢野コーチも自身の行動を「考えて何かをする場面ではなかったし、一番は晋太郎を守ることかな。その中でたまたまバレンティンがオレに来たから、応戦してしまったということ。お互いそういう風なことをしようとやっているわけじゃない。真剣勝負の中だから。チームとして勝ちたいという気持ちがそうなったと思う」と振り返った。

 騒動が収まると、責任審判の杉永政信二塁塁審が「先に手を出したバレンティンとそれに対応した矢野コーチを退場処分にしました」とアナウンスし、両人に喧嘩両成敗の形で退場を宣告。藤浪については「(危険球)退場に値する死球ではないと判断して、警告試合としました。今日の場合は、(ヤクルト側は危険球退場を主張)両方が納得する状況ではなかったでしょう」と説明した。

 結果的に死球禍を大乱闘にエスカレートさせることになったバレンティンは「チームメイトを守ろうという気持ちで割って入ろうとしたら、結果として向こうが転んだ。暴力を振るおうとしたわけではない。今日(藤浪)は全体的にも4、5球危ない球が来た。乱闘したいわけではないが、畠山がぶつけられて、2人目、3人目と犠牲者を出したくなかった」と挑発する意図がなかったことを強調したが、「先に手を出した」ことから、矢野コーチより5万円多い20万円の制裁金を科せられた。

「原因は金本監督?」の声も

 これには真中満監督も「5万円の差は何なのか。(矢野コーチは)勝手に走ってきて、(バレンティンに)ぶつかってつまづいたんだから。それをバレンティンのせいにしちゃってる」と納得しかねる様子だった。

 また、乱闘シーンの映像をよく見ると、矢野コーチはすぐ隣りにいた金本監督の左腕に突き飛ばされたようにも見え、ファンの間で「原因は金本監督?」の声が出たことも懐かしく思い出される。

 近年はコリジョンルールやリクエスト制導入等で乱闘の要因となるものが減ってきているとはいえ、令和以降も、2019年8月13日の西武対オリックスで、死球をきっかけに両軍ナインの乱闘騒ぎが起き、史上最多タイの3人(うち2人は危険球退場)が退場する事件が起きている。

 死球などがきっかけで、ちょっとしたボタンの掛け違いから、昭和・平成期のような大乱闘劇に発展しかねないケースもあるということを忘れてはならない。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

デイリー新潮編集部