今季から渡米してカブスでプレーする今永昇太(30)の勢いが止まらない。身長178センチとメジャーリーグの投手としては小柄な彼が、開幕早々ここまで活躍する姿を誰が想像できただろうか。頭脳派として鳴らす彼を育んだ家庭環境とは。
***
2016年、ドラフト1位で横浜DeNAベイスターズに入団した今永は、昨季まで同球団のエースとして君臨した。今季からはカブスに移籍し、5試合の登板で負けなしの4勝を挙げて早速、3・4月の月間最優秀新人に輝いた。
「5月に入ってからも1日のメッツ戦で5勝目を挙げ、その時点で防御率0.78とメジャーのトップを記録しました。絶好調の理由は、回転数が多く打者から見て手前で浮き上がる球が効いているからです。かねて投球技術には定評がありましたが、いかんせん球速がさほどではなく、現在の大活躍を予測できたスカウトは一人もいなかったと思います」(メジャーの某球団でスカウトに携わる関係者)
「今永ほどクレバーな投手に出会ったことがない」
今永はプロ入り以降の経歴だけを見ればおよそ順風満帆だが、決してエリート街道を歩んできたわけではない。地元北九州市の公立中学校の野球部では2、3番手の控え投手に過ぎず、進んだ福岡県立北筑高は野球の強豪でも何でもない進学校だった。
頭角を現し出したのは高校2年時からで、強豪の駒澤大学に進むと3年の秋季リーグでMVPを獲得しチームを優勝に導いた。
比較的遅咲きともいえる彼のすごさについて、ドラフト1位指名を球団に進言した、当時の横浜でスカウトを担当していた武居邦生氏(68)はこう語る。
「私のスカウト人生の中で今永ほどクレバーな投手に出会ったことがありません。彼は大学時代からすでに、対戦経験のある打者の特徴をすべて正確に記憶していました。さらに、試合後に話を聞くと、自身が投げた球の意図やその良し悪しについて、細大漏らさずに言葉で表現することができていたのです」
インタビューでしばしば名言や格言を発することで、“投げる哲学者”と形容されるほどの頭脳派として知られる今永だが、
「とはいえ堅物ではなく、むしろユーモアやギャグを常に交えて話すひょうきん者です。さらに、私のことを“お父さん”と呼んでくれる人懐っこさや優しさも持っています」(同)
運動神経とリズム感
そんな今永は教育者一家に育った。彼が在籍していた当時の北筑高野球部長で、現在は福岡県立小倉商業高の野球部監督を務める田中修治氏(59)によれば、
「一昨年亡くなった今永のお父様はかつて中学校の体育教師をしていました。若い頃は卓球の選手としてインカレに出たこともあり、運動神経抜群でした。校長経験も豊富で、高校受験を控えた生徒たち一人ひとりに模擬試験を行うような、教育に情熱を注いだ方だったと聞いています」
その傍らでハーレーダビッドソンを乗り回す豪快かつユニークな一面を持っていたとか。
母親も中学校の音楽教師を務めていたといい、
「律儀な方で、今永が卒業した後も北筑高の公式戦があると、いつも応援に駆け付けてくださいました。彼がプロになってからは登板があるたびに、全スポーツ紙を購入して目を通している愛情に溢れたお母様です。ちなみに、今永もリズム感に優れており、楽器をやらせると何でもすぐに上達したようです」(同)
話を聞くほどに、教師だった両親の素晴らしい能力を見事に受け継いだとしか思えない。この先もアメリカで、さらにその能力には磨きがかけられていくだろう。“投げる哲学者”の成長は続く――。
「週刊新潮」2024年5月16日号 掲載