流通テクノロジー2024

小売業における3つのDX

 2023年の小売流通業界をデジタル・トランスフォーメーション(DX)の視点から振り返ると、大きく3つの潮流があった。「国内リテールメディア市場の本格拡大」「生成AIの活用の広がり」「DXビジネスモデルにおける収益性確保の重要性」である。

 まず、国内リテールメディア市場の本格拡大から見ていこう。アメリカではすでにウォルマート(Walmart)やアマゾン(Amazon.com)がリテールメディア事業により多くの利益を挙げていることは知られている。世界一のリテールメディア市場が広がるアメリカでは、市場規模は7兆円を超えている。また、イーマーケター(eMarketer)の調査によれば、グローバルの広告市場におけるデジタル広告費に対してリテールメディアが占める割合は、19年の10%から23年には18%に拡大している。

 このようななかで、23年は日本においてもリテールメディアという言葉を聞く機会が増え、まさに市場が本格的に拡大し始める契機の年となった。

スマートストアのゲート
業務効率化にとどまらず、顧客の買物体験をより向上させ企業としての競争力を高めることをゴールに、DXを実現しようとする企業が増えつつある。

 たとえば、ファミリーマート(東京都/細見研介社長)は23年7月にリテールメディア戦略を発表。販促POPやデジタルサイネージ、アプリといった顧客接点を連動させたマーケティングを展開し、収益増を図る構想を示した。

 実際、同社は19年より500億円近い金額をリテールメディアに投資しており、デジタルサイネージを設置した店舗も1万店に達しようとしている。23年春には、日本コカ・コーラ(東京都/ホルヘ・ガルドゥニョ社長)と組み、デジタルサイネージによる販促効果を検証。デジタルサイネージによる売上増加効果が11%見込めるとの実証実験結果を発表した。今後、リテールメディア事業で3年後に税引き後利益50億円、5年後には同100億円をめざすとしている。

 ライバルのセブン&アイ・ホールディングス(東京都/井阪隆一社長)でも、リテールメディア事業の動きは活発化している。セブン-イレブン・ジャパン(東京都/永松文彦社長)では、リテールメディアの専門部署を設置。同社公式アプリを通じた広告収入や購買データを活用したデータ利用収入を拡大。25年には30億円以上の広告収入を見込む計画だ。今年は、リテールメディア関連の市場・サービスはさらに拡大し、日本でも本格的な成長期に入るだろう。

生成AIの活用が加速

 次に、生成AIの活用の広がりについて述べていく。23年は、ChatGPTをはじめとする生成AIの進化と普及が急速に進んだ。生成AIをけん引するOpen AIは、23年3月に初のマルチモーダルモデルとなるGPT-4を発表。マルチモーダルモデルとは、複数の異なるデータ形式(テキスト、数値、画像、音声、動画など)を組み合わせて処理できるAIモデルで、GPT-4はテキストデータと画像データに対応している。

 このように進化し続ける生成AIの活用は、流通小売業界でも徐々に浸透している。活用が進んでいる領域としては、リテールメディア、無人店舗、社内業務の効率化、マーケティング・販促業務への適用などである。

 たとえばアマゾンでは、24年1月にニューヨークで開催されたNRF(全米小売業協会)の見本市にて、AIを使い入店した客と手に取った商品を正確に特定し、スムーズなレジレス決済と商品盗難防止を実現するサービスを発表している。また、同社は日本に今後5年間で2兆3000億円の投資を行うことを発表し話題となったが、その主軸は生成AIの普及に伴うデータ処理量の爆発的な増加を見越したAWS(Amazon Web Services)へのインフラ投資だ。

 国内ではファミリーマートが社員3,000人分の生成AIアカウントを用意し、業務効率化を行うことを発表。同社では、タブレット端末型の人型AIアシスタント「レイチェル/アキラ」も約5000店に導入しており、店舗業務の効率化に取り組んでいる。

 生成AIは、まずは業務効率化といった部分から浸透しているが、そのポテンシャルは広告効果の拡大やクリエイティブへの応用などにも活用されている。今後、生成AIの進化に伴い、その活用手法が企業の競争に大きな影響を及ぼすようになるだろう。

収益性を確保できず、破たんするDX企業も

 最後に「DXビジネスモデルにおける収益性確保の重要性」について見ていく。23年12月、衝撃のニュースが世界を揺らした。韓国EC最大手のクーパン(Coupan)がラグジュアリーEC大手の英ファーフェッチ(Farfetch)を約700億円で救済買収するというニュースだ。

 ファーフェッチはラグジュアリー業界のデジタル化とEC化を促進し、そのビジネスモデルはDXの旗手としてビジネススクールのケーススタディーに取り上げられるほどの有名企業だ。18年にはニューヨーク証券取引所に上場し、時価総額は一時期1兆5000億円を超えていた。しかしながら、収益は安定せず上場後も赤字が継続。資金繰りの懸念と格付けの引き下げによって足元の株価は最高値から100分の1の水準に落ち込み、時価総額は300億円を割っている。

 そんなファーフェッチのケースから見えてくるのは、DXにおけるビジネスモデルの重要性である。数年前スタートアップ市場が過熱化していたころ、DXを標ぼうする企業には、投資家から簡単に資金が集まる時期があった。目先の収益性を度外視してもテクノロジーへの投資を継続し、赤字続きでも“企業価値”を上げ続けることで会社は成長していく。ファーフェッチはまさにそのような企業の代表格だった。

 しかしながら、ファーフェッチや昨年破たんしたオフィス・スペースレンタル大手のウィワーク(WeWork)のケースのように、そもそものビジネスモデルが収益性を確保できるものでない場合、中長期的には会社組織として持続可能ではないということを肝に銘じなければいけない。ファーフェッチのケースは、DXビジネスモデルの重要性を再確認させられたよい事例といえよう。テクノロジー投資も重要だが、そもそもビジネスモデルとして収益性があるのか、利益拡大ができるのか。DXというワードに惑わされず見極めることが肝要である。

 さて、ここまで23年をDX視点で振り返ってきたが、24年はどのような年になるだろう。事業環境変化のスピードはますます高まりDXの重要性は増している。本特集で取り上げた各企業のケーススタディーが、本質的なDXにチャレンジするための示唆を与えてくれるだろう。

著者:福田稔