鴻上尚史さん(撮影/写真映像部・小山幸佑)

 2024年中には法案が可決する見込みの「共同親権」。離婚して二人の子供の親権を持つ47歳女性は、共同親権が法制化されることに危機感を抱いているという。そんな相談者に、鴻上尚史が語った「共同親権」法制化の問題点とは。

【相談216】離婚をして子供二人の親権を持っていますが、共同親権が法制化されることに危機感を抱いています(47歳 女性 うさみみ)

 鴻上さんのお力をお借り出来ないでしょうか。

 現在、離婚して子供二人の親権をもって生活しております。

 離婚原因は度重なるモラハラ、身体的、性的DVです。が、そこに慰謝料を求めるのであれば徹底的に争ってやる、と言われ、子供との生活を第一に考え、養育費の合意のみでの協議離婚です。

 共同親権導入が、たくさんの反対意見があるにもかかわらず法制化されてしまいそうです。政府の推し進めている共同親権は、離婚しても子供のことに関する決定を共同で行う(手術や、保育園入園、進学、受験など)、決定できなければその都度家庭裁判所が決定することになっています。既に離婚していたとしても、現在離婚しても対象になります。DVなどは対象外とするとのことですが、現状、どのように対象外かを判断する基準もありません。

 婚姻中、とにかく私の意見を無視、見下す、性行為拒否に対する暴言、暴力などで常に苦しめられてきたので、また共同で何かを決定すると考えると動悸が激しくなり、鬱のような状態になっています。

 現在も反対の署名は増え続けていますが、マスコミにもほとんど取り上げられることがないまま、ほとんどの人が知らないまま決まってしまいそうです。

 共同親権を中心になって推し進めている議員は、耐えられるDVと耐えられないDVを分けるべきだ、などと言っているような人です。そもそも、DVは耐えるべきものではありません。

 どなたか、信頼のできる方に意見表明をしていただきたいと本当に思っております。

 いつもこの人生相談を拝読させていただいており、胸のすく思いをしております。

 どうにかお力をお貸しいただけないでしょうか?

 本当に瀬戸際の状況です。

 共同親権の制度ではDV被害者がさらなる被害を被ってしまうどころか、耐えられない状況に置かれてしまう、ようやく逃げたのに泥沼に戻されてしまうこともあり得そうです。

 結婚した娘の相手が不幸にもDVをするような相手であっても、無断で子どもを連れて実家に帰ると未成年者略取誘拐罪に問われて逮捕されるようなこともあるようです。どうにかこのような意見をその他の情報も含めて見ていただけませんでしょうか?

 駄文申し訳ございません。

 何卒よろしくお願いいたします。

 このようなことを記載する場でないことは承知しております、大変申し訳ございません。

本連載の書籍化第5弾!『鴻上尚史のおっとどっこいほがらか人生相談』(朝日新聞出版)

【鴻上さんの答え】

 うさみみさん。「このようなことを記載する場でないことは承知しております」と書かれていますが、そんなことはないですよ。

 うさみみさんが、政治上の立場から「共同親権」の法制化に反対している人なら、僕は取り上げません。うさみみさんが離婚して子供の二人の親権を持つ、まさに当事者であり、「共同親権」の法制化に悩んでいるから、「ほがらか人生相談」で取り上げるのです。

 先に言っておけば、僕は「共同親権」の法制化に関しては、門外漢です。まだまだ勉強の途中です。ですから、今、思っていることしか言えません。

 僕がうさみみさんの相談を取り上げようと思ったのは、うさみみさんが当事者ということと同時に、「共同親権」の法制化が、想像を超えた速度で行われようとしていることです。

「選択的夫婦別姓」は25年以上議論しているのに、なかなか進みません。けれど、「共同親権」は、2024年中の成立を予定しているという爆速です。議論され始めて数年ですよね。

 バイアグラは認可まで6カ月だけど、経口中絶薬は認可まで37年かかった、なんてことを思い出しました。

「共同親権」の速さはなんだろうと思います。

 さて、「共同親権」を勧める典型的な理由としては、「諸外国は離婚後も共同親権だから、日本もそうすべきだ」というのがまずあります。

 でも、「選択的夫婦別姓」を世界で選んでないのは、日本だけです。「諸外国がそうだから、変えよう」と「共同親権」を語る政治家さんは、みんな、「選択的夫婦別姓」にも賛成なんでしょうか。25年以上かかって進まないということは、どうもそうではないと思ってしまいます。(ただし、海外も「共同親権」と言っても、さまざまな形があるようです。イギリスは共同親権と単独親権を選べるとか、アメリカのニューヨーク州は、監護という概念で、身上監護と法的監護に分かれているとか、まだまだ理解の途中です)

 また、「単独親権制によって離婚後に親子が断絶され、離れて住む親と会えなくなっている。子どもの利益のために共同親権を導入すべきだ」というのもあります。が、これは単独親権に対するよくある誤解でしょう。

 単独親権でも、非親権者が子供に会うことは可能だし、特別な場合以外、禁止されていません。僕は離婚して、子供達の親権は母親(元妻)ですが、子供とは普通に会っています。

「単独親権」だから会えない、「共同親権」なら無条件で会えるようになるというのは、特別な関係を無視した合意のない強制的な共同親権までを含めたケースだと思います。

 

※写真はイメージです。本文とは関係ありません(gettyimages)

 さて、うさみみさん。「共同親権」で、僕が一番心配するのは、「特別な関係」つまり、DVパートナーとの関係です。

「共同親権」の法制化にあたり、「DVや虐待の事案は裁判所が除外して両親の合意を条件に適用する」という説明がされています。

 つまりは、DVがあるかどうか、本当の合意かどうかを家庭裁判所が判断するということです。

 DVというのは、アザができるぐらい殴ることだけではありません。精神的DVや経済的DVなど、証拠が残らないまま陰湿に行われるものも多くあります。というか、こっちの方が多いと言えるでしょう。

「ほがらか人生相談」にも、モラハラ夫に苦しめられているという妻の悲鳴のような相談がきます。言葉で存在を否定され、罵られ、追い詰められて、充分な金銭も与えられてないという相談です。

 そういう夫は、外面がよく、近所では評判の「旦那さん」だったりします。逆にモラハラに苦しめられている妻は、不安定で近所の評判が芳しくないことも多いのです。

 さまざまな形のDVが激しくなると、パートナーにコントロールされるようになります。DVとは、つまりは「相手を支配する」ということですから。

 裁判所に質問されて、「共同親権」を合意していると片方が饒舌に語り、片方が黙ってうなづくだけというパターンも起こるでしょう。

 問題は、怪我や診断書のないDVはないのか、本当の合意なのかを、双方の事情を聞くだけで裁判所は見抜くことができるかどうかです。

「共同親権」を勧める人達は、裁判所は見抜けると思っているのだと思います。「単独親権」に比べて、「共同親権」になれば、裁判所が関わる事案は増えると思われます。いったい、裁判所はどういうシステムで、どういう態勢で見抜いていくのか、ぜひ、知りたいと思います。

 また、そもそも、「共同親権」を勧める人達は、DV事案が離婚事案の中では少数だと思っているのかもしれません。

 ですが、20年に「NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ」が約500人にアンケートを取った結果、協議離婚の理由のうち「性格が合わない」は34%ですが、「精神的に虐待する」が40%でした。

 精神的DVは少数ではないということですね。

「共同親権」を待ち望む人達によって、この法案は素早いスピードで進んでいるのでしょう。会えないわが子に早く会いたいと思っている非親権者の方もいるでしょう。

 ですが、共同親権は、「子供は親二人で育てるのが子供にとって良いことなんだ。離婚しても、それは当然のことだ」というような単純な理由で考えるものではないように思えます。

「どうやって裁判所はDVを見抜くのか」をはじめとして、「見抜けなかった場合どうするのか」「子供が虐待されたらどうするか」など、もう少し法案を成立させる前に、国民に説明することは多いと僕は思っています。

 うさみみさん。これが今の僕の考えです。