2月29日、衆院政治倫理審査会に臨む岸田首相(代表撮影)

 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回はあまりにも嘘に寛容になってしまった日本と社会について。

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「岸田、辞めるって」

 朝、母からラインが入った。え!?  慌ててテレビをつけようとウロウロとリモコンを捜し、ハッとする。私は今、ラジオで国会中継を聞いているではないか、というか今まさに岸田さんが答弁している最中ではないか。ああ、そうだった、エイプリルフールだよ! 今年もやられた! 油断をしてしまった! 昨年の4月1日に「プーチンが暗殺された」と母にやられた時も、ウロウロとリモコンを捜した自分を思い出す。

 母はなぜか、エイプリルフールに勝負をかけてくる。ルールは「嘘つくのは午前中」というものだけで、何度でもついてよい……らしい。化かした数、嘘の質で、その年のエイプリルフールの勝者が決まる……らしい。ちなみに私が勝つことは、ほとんどない。もう30年前のことだが、マンションのベランダから道路を見下ろしながら、「お母さん! 大変! 吉右衛門が歩いている!」と叫んでみたのである。その瞬間、「エイプリルフール!」と伝える間もなく、母はもの凄い勢いで玄関を飛び出していき、それから1時間、帰ってこなかった。お花見で賑わう街を、吉右衛門さんを探し続けたのだ。ファン心は利用してはいけないですね……。

 嘘について考えさせられる今日この頃である。エイプリルフールで嘘を笑える日が残っているのが奇跡なくらいに、今、嘘に疲弊している社会のように感じている。

 政治家の嘘、官僚の嘘、企業の嘘……あまりに嘘があふれている。本当の収入を申告しなくても、答弁の嘘がばれても、嘘に嘘を重ねているような振る舞いをしていても、なんとか乗りこえていく政治家たちに、私たちはずいぶん慣らされてしまった。嘘を強いられ自死した赤木俊夫さんのような被害者が出ても、それでも、責任者は処罰されない。ビッグモーターやダイハツのような大企業がついた嘘には強い衝撃は受けるが、どこかで「またか……」という既視感がある。さらに嘘には、知らぬ間に共犯者にさせられている怖さもある。たとえば、裁判所が故ジャニー喜多川氏の性加害を認めたにもかかわらず、社会が「性被害はなかったという公式見解=嘘」を放置していたことは、被害者をどれだけ苦しめたことだろう。

 他の国のことはよくわからないが、近年のあれこれあれこれあれこれを鑑みるに、日本は嘘にとても寛容な国なのではないか……と考えずにはいられない。真実を知るよりも、痛みの少ない嘘を守るほうに荷担しやすく、「自分を守るため」「組織を守るための嘘」にはふんわりとゆるい。真実解明よりも、「今が維持されるなら、嘘でもいい」と思っている人のほうが、実は多い社会なのではないか。

 小池百合子都知事がエジプト留学時代に同居していたという80代の女性が、昨年11月、本名を出して「週刊文春&文春オンライン」の動画で証言した。2020年のベストセラー石井妙子著『女帝』に登場し、都知事の学歴が詐称であると仮名で告発した女性だ。彼女によれば、20代の小池氏がメディアに大きく取り上げられるきっかけとなった華やかな経歴「カイロ大学首席卒業」は嘘で、小池氏はそもそもカイロ大学を卒業しておらず、小池氏が世に出るきっかけとなった著書『振り袖、ピラミッドを登る』で紹介されるエピソードには、その女性が体験したものが小池氏のものとして含まれていたという。

 小池氏の学歴詐称問題については、『女帝』が話題になった時に小池氏自身がカイロ大学卒業証書とされるものを公開し、カイロ大学からも小池氏の卒業を認める声明が出された。それで一件落着ということに公式ではなってはいるが、この問題を真剣に深掘りした大手メディアは皆無に等しく、小池氏がカイロ大学を首席卒業したという客観的証拠が十分にあるとは言いがたい状況だ。この女性はこれまでも大手メディアに小池氏の学歴疑惑を告発してきたが、無視され続けたという。「権力者の秘密を知っている恐怖」にさらされてきたと語るその女性は動画のなかで、しっかりとした声でこう話していた。

「日本人はそれをなぜ許すんだろうという気持ちは強く、胸の中に暗い感じでいつもありました」

 この場合、彼女が嘘をついているか、小池氏が嘘をついているか、二択しかない状況だが、であれば公人の小池氏に対しては厳しい追及や調査がされるべきなのではないだろうか。支持率が低迷する自民党内部から小池百合子国政待望論が囁かれていたり、もしかしたら女性初の総理になるのではないか、という声があがっていたりする今であれば、なおのことだ。

 正直に言えば、文春でこの女性が新たに告発をしていることを私は最近まで知らなかった。都知事の昔の学歴を今さらいろいろ言っても仕方ない……という諦めが私自身にもどこかにあったのだと思う。それでもやっぱり都知事の学歴詐称疑惑は徹底追及すべきじゃない? と思うのは、オータニさんの相棒であった水原一平氏の学歴詐称疑惑が報道されたからだ。エンゼルスのメディアガイドに水原氏が卒業したと記載されていた「カリフォルニア大学リバーサイド校」が、在籍記録に水原氏の名前がないことを明らかにした。本人にとってはキャリアを重ねるためにした誰も傷つけない小さな嘘が、結局は大きな破滅につながることもある。本人の破滅だけでなく、周りを大きく巻き込む破壊行為につながる。オータニさんの人生に全く関係ない私だが、それでもとてつもなく胸が痛い……。信じていた人に裏切られる痛みの深さはどれほどのものだろう。

 嘘を見抜くことは実はとても難しい。嘘が大きければ大きいほど、嘘が眩しければ眩しいほど、嘘をつく必然性がない人の嘘ほど、嘘を見抜くのは難しい。小池氏のキャリアは真実であり、その人気も、その実力も嘘ではないだろう。それでも、最初の一歩がもし嘘であったのならば……その疑惑を疑惑のまま放置し続けてよいものなのだろうか。

 エイプリルフールで始まる新しい年度。水原氏がついたかもしれない嘘があったからこそ育まれた、美しく見えたオータニさんと水原氏の関係や、小池氏がついたかもしれない嘘があったからこその女性初の東京都知事とか……嘘と社会について考えさせられる始まりである。