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 新年度が始まって1カ月しかたたない中で、早くも新社会人の“退職ラッシュ”がニュースになっている。SNSでは「初日でやめたい」などの声があふれ、4月中旬には、希望とは異なる部署に配属されて不満を抱く「配属ガチャ」というワードがトレンド入りした。新社会人の4月といえば、まだ本格的な仕事も任されない時期だろうが、「現場」では一体何が起こっているのか。今年、入社1カ月もたたず会社を辞めた2人の新社会人に話を聞いた。

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「もうやめます」

 東京・中野区に住む勝俣真司さん(仮名=23)が上司にそう告げたのは、4月中旬。入社して約2週間しかたっていなかった。

 勝俣さんが新卒で入社したのは、大手不動産グループの子会社。不動産業を営む両親をもち、勝俣さん自身も大学時代に宅地建物取引士の資格を取った。いつかは親の仕事を継ぐことも考え、投資用マンションや法人相手の営業なども経験したいと思い会社を選んだ。

 だが、その思いは入社してすぐに砕かれる。4月から始まった研修で与えられた課題は「駅での名刺配り」だった。

かわいそうだから名刺くらい、と交換すると、実は後で面倒なことに。写真はイメージ(GettyImages)

■「内定式で聞いていた話と違う」

 「ノルマがあって1日100枚配り終えるまで帰らせてもらえませんでした。何とか100枚配っても、次にまた100枚渡されて、永遠に終わる気配はありませんでした。上司からは『新人研修と名乗れば受け取ってくれるから』と言われましたが、ほとんどの人から嫌な顔をされました」

 名刺はほとんど受け取ってもらえず、時には、駅員を呼ばれて注意されることもあった。1日でノルマ分を配り終えられないと、「その程度なの?」と上司に詰められた。

 「毎日がもう限界だったんです」(勝俣さん)

 昨年9月の内定式では「研修では外回りも含めて営業の基本を学んでもらいます」と言われていたし、入社前の懇談会で先輩社員は「会社の上司も、お客さんもみんな優しいから大丈夫」と話していた。何から何まで話が違うと感じた。

 名刺を配り終えると、次の一週間はひたすら営業電話をかけさせられた。誰もが知っている大企業の社員の電話番号リストを渡され、上司から「このリストに片っ端から電話かけるように」と指示された。

 昼休みも犠牲にして、一日300件以上の営業電話をかけ続けたが、契約どころか、前向きに考えてくれるケースすら1件もなかった。会社から支給された携帯の番号を検索すると、迷惑電話としてネットで注意喚起されていた。そのサイトの口コミ欄を見ると、男性の名前も“迷惑電話の主”として書かれていた。その名前を見るたびに、「この仕事をやっている意味はあるのか」「人のためになっていないのでは」と思うようになった。

 「入社前は、先輩社員と営業先を回ったり、営業テクニックを教えてもらったりするのかと思っていました。しかし、待っていた仕事はオフィスの一室での電話がけ。これが仕事としてずっと続いていくのかと思うと、無理だなと思いました」

 ちなみに、初任給は額面で15万円。勝俣さんを含めて、同期15人中5人が研修中に辞めたという。

飲み会で新入社員が辞めるケースもある。写真はイメージ(GettyImages)

■飲み会不参加は「死刑」

 仕事以前に、組織の風土に嫌気が差して即退職したケースもある。

 この4月に都内のIT系企業に就職した小島健二さん(仮名=22)は同月20日に退職した。小島さんが耐えられなかったのは、旧態依然とした「飲み会文化」だ。

 小島さんが大学に入学した2020年はコロナ禍で、大学での授業や人間関係もリモートが基本だった。サークルにも入っていなかったので、飲み会の「コール」や「ゲーム」も知らなかった。そのぶん、個人の力で成果が上げられる仕事を見据えて、JAVAやCobolなどのプログラミング言語を専門的に学んだ。そのかいあって、エンジニア職として採用されたのが入社したIT系企業だった。

 研修自体は悪くなく、エンジニアという職業にはより魅力を感じていた。だが、会社が主催した「歓迎会」ですべてが反転するような絶望を覚えたという。

 飲み会では先輩から“一発ギャグ”を強要された。先輩たちは「男同士の楽しいムチャぶり」のような感じでハシャいでいたが、大学時代にそうした経験がなかった小島さんは心底嫌だったという。だが、小島さんがジムに通っているという話を引き合いに出され、「じゃあ、なかやまきんに君のモノマネをやれ!」とはやしたてられ、結局、ほぼ初対面の人たちの前でモノマネをやらされたという。

 さらに、飲み会には同期の女性も参加していたが、酔った先輩が「最近、女性と遊んだのはいつなんだ?」と執拗に聞いてきた。異性にだらしないわけでもないのに、女性社員の前でそういうことを言われるのも不快だったが、ひきつった笑いしかできなかった。

 歓迎会の後に開催された「送別会」では、一発芸の強要こそなかったものの、上司たちから出てくる知らない話に相づちを打つだけの、つまらない時間を過ごした。

 そこで、小島さんは「二度と会社の飲み会には参加しない」という決意を固める。そして、3回目の飲み会の誘いには、強い意志を持って不参加を表明した。しかし後日、先輩から飲み会に参加しなかったことをとがめられ、「男が飲み会に参加しないとか、死刑だから」と吐き捨てられた。この言葉が引き金となり、会社への絶望以上に怒りが沸いてきて退職を決意したという。

「上司に会社を辞める意志を伝えたところ、『何でやめるんだ』と引き留められ、4回くらい面談をしました。それでも意志は変わらないことを伝えると、『そんなんじゃ、社会人としてやっていけるわけがない』と言われましたが、そのまま退職しました」(小島さん)

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■「就活の早期化」も影響か

 新社会人の“早期退職”は年々早まっているようにも思えるが、入社して1カ月以内に辞めてしまう現象を専門家はどう見ているのか。働き方評論家で千葉商科大准教授の常見陽平氏は「大学生の就活の早期化に関係がある」と指摘する。

 「現代の大学生は、昔に比べて就職に関しての意識が高い傾向にあります。インターンシップ(就業体験)などを大学1〜3年生から始め、企業に選ばれているという意識だけでなく、企業に対する研究意識も早くから持ち始めます。じっくりと時間をかけて、自分の将来と向きあったうえで会社や業界を決めたはずなのに、いざ入ってみると全然違う……その理想と現実とのギャップが大きくなってしまっていることが要因のひとつでしょう」

 そして、常見氏は「会社側ももっと学生を観察したほうがいい」と話す。

 「人事も含めた、会社側の人間が“現代の学生像”をもっと知ることが大切です。今年の新入社員は、コロナ禍で大学生活を送っていた人も多く、飲み会などの文化も浸透していない。サークルなどのコミュニケーションも制限がかけられた状態だったことも念頭に置いて、新入社員と接する必要があると思います」

 「今の若者は……」と眉をひそめる前に、新社会人がどんな思いで会社に入り、どんな思いで辞めていくのかに思いをはせることも、年長者の責務だろう。

(AERA dot.編集部・小山歩)