交通安全の「黄色いワッペン」を校帽につけて登校する新1年生。いま、このワッペンの転売が相次いでいる=米倉昭仁撮影

 交通安全のため、みずほフィナンシャルグループ(FG)などが全国の新小学1年生に配布する「黄色いワッペン」の転売が相次いでいる。ワッペンにはピカチュウがデザインされている。

*   *   *   

■フリマサイトに出品ずらり

 大手フリマサイト「メルカリ」に、人気キャラクター「ピカチュウ」がデザインされた黄色いワッペンがずらりと並んでいる。おおむね3千円前後が多いが、1万円以上のものもある。

「ワッペンは使わないので出品します」「禁止出品物に該当しない」という出品者の主張に対して、批判コメントも多い。

「転売するなんて信じられない。子どもの安全のために配られたのに」「1年生の親が子どもからワッペンを取り上げて売っているのか」「転売禁止って書いてあるじゃん」

メルカリで1万円で出品された「黄色いワッペン」

■ワッペンないと保険おりない?

 ワッペンの表には子どもと一緒に歩くピカチュウのシルエットが描かれ、裏面には「交通事故傷害保険付」の文字とともに、ピカチュウが描かれている。ピカチュウは言わずもがな、国民的な人気キャラクターだ。

「ポケモンが大好きだからワッペンが配られたときに『ピカチュウ』がいるってテンションが上がっちゃったよ」という声もあるように、ポケモンファンを狙っての出品と思われる。

 また、子どもがワッペンをなくしてしまい、「必要」だと考えて、フリマサイトを探す人もいるようだ。入学式の後で、「このワッペンをつけていないと保険がおりません」と、説明されたという保護者もいる。

■子どもがワッペンをなくした

 首都圏在住の40代女性には、小学1年生の息子がいる。

 学校から「ワッペンをつけて登校させるように」と言われたので、息子の校帽につけている。息子はピカチュウに喜んでいるが、たとえ子どもがワッペンをなくしても、買うつもりはない。というのも、かつてこんな体験をしたからだ。

 数年前、女性の長女は、小学校に入学して間もなく、ワッペンをなくした。学校に相談したところ、「ワッペンの予備はありません。でも、つけていなくても大丈夫ですよ」と言われた。

メルカリにはほぼ毎日「黄色いワッペン」が新しく出品されている
裏面には「転売禁止」と明記されている「黄色いワッペン」=みずほフィナンシャルグループ提供

■ワッペンは「保険証券」ではない

 というのも、ワッペンの裏には「交通事故傷害保険付」と書かれているが、ワッペン自体に保険証券としての機能があるわけではない。たとえワッペンを持っていなくても、国内の小学1年生なら保険は適用される。

「小学1年生は、学校や登下校時にワッペンをなくしたり、破損したりしてしまうことは珍しくありません。それを想定して保険を設計しています」(引受保険会社の損害保険ジャパンの担当者)

 逆に、ワッペンを身につけていたとしても、小学1年生でなければ、保険の対象にはならない。

 ちなみに、ワッペンをなくしてもどうしても子どもにつけてあげたい場合などは、「学校を通して追加請求が可能」だという。「個人からの請求には対応しておりませんので、まずはお子さまが通学されている学校にご相談ください」(みずほFG)

■多くの保護者が加入する保険とは

 そもそも、多くの保護者は、「災害共済給付制度」「児童・生徒総合補償制度」に加入している。災害共済給付制度は、学校が保護者の同意を得て日本スポーツ振興センターと契約するもので、掛け金は学校と保護者が負担し合う。小中学生の場合、掛け金は年額920円(沖縄県は460円)。全国の小学生の加入率は99.8%(2022年度)と、極めて高い。校内での事故に加え、通学中の事故にも適用される。

 ワッペンにつく保険では、死亡、もしくは後遺症が残った場合に最高50万円が支払われる。

 一方、災害共済給付制度は、死亡が1500万円、障害はその程度によって2000万円から44万円が支払われる(いずれも通学中の事故の場合)。

 児童・生徒総合補償制度はPTAが取りまとめる保険で、団体割引が適用されるため、個人が加入する保険に比べ、同じ補償内容でも保険料が安くなる。災害共済給付制度より掛け金は高いことが多いが、より広い範囲で補償を受けられる。

■交通事故で子を失った母の手紙がきっかけ

 富士銀行(現・みずほFG)が「黄色い腕章」贈呈事業を始めた1965年は、交通事故による死傷者が増加をたどるさなかで、70年には死者は1万6765人に達した。交通事故でわが子を失った母親の手紙をきっかけに、行員が子どもたちに目立つものを身につけてもらおうと、「黄色い腕章」を採用。68年から腕章に交通事故傷害保険がつくようになり、74年に腕章からワッペンの形式に変更された。

 贈呈事業は60年目を迎えた今年、記念としてピカチュウをデザインした。皮肉なことに転売が増え、問題が一気に表面化してしまった。

「黄色いワッペン」とランドセルカバーに守られて登校する児童

■ワッペンは役割を終えたのか?

 また、同じ交通安全が目的なら、「ランドセルカバー」もある。ランドセルカバーは全国各地の交通安全協会などが交通事故防止のために配布しているもので、蛍光黄色で、反射素材がついているものもある。視認性は、小さなワッペンより圧倒的に高い。

 交通事故防止としても、保険としてもあまり意味がないのだとしたら、黄色いワッペンは役割を終えたのだろうか。

 みずほFGは、ワッペンには一定程度、交通事故を防止する効果があるという。その理由として、最近のランドセル事情を挙げた。

「ランドセルカバーの視認性のよさはもっともではありますが、最近のランドセルは多様化しており、形状や素材によっては装着できないものがあります。ランドセルでない、リュックタイプのかばんを採用する学校も増えています」(みずほFG)

■保険料の負担が発生しない

 また、ワッペンの交通事故傷害保険は、災害共済給付制度や児童・生徒総合補償制度とは違い、保険料の負担が一切発生しないことがメリットだという。

「『黄色いワッペン』贈呈事業会社で保険料を全額負担しており、保護者の方の経済的状況に左右されずに補償されるため、意義があるものと考えております」(同)

 みずほFGによると、「親子3代にわたってワッペンを着用しました」という声も聞かれるようになった。記者自身、母親に黄色い腕章をつけてもらい、小学校に通った思い出がある。

「黄色いワッペン」を校帽につけて登校する児童=米倉昭仁撮影

■安心安全を記念するシンボル

「ワッペンの社会的な認知度は高く、ワッペンそのものが新小学1年生の安心安全を祈念するシンボル的な存在と考えております」(みずほFGからの回答)

 みずほFGや損保ジャパンはフリマサイトの運営事業者への違反品申請を行っているほか、今後の状況を注視したうえで、さらなる申し入れや別途協議なども含めて対応していくという。

 ワッペンが出品(5月13日現在)されているメルカリに説明を求めると、「コメントは差し控えさせていただいております」と回答があった。

 損保ジャパンによると、ワッペンに「転売禁止」と書かれてはいるが、保険証券ではないため、フリマサイトの出品ルールには違反しないらしい。

 ワッペンには子どもたちの安全への願いが込められている。転売する前に、立ち止まって考えたい。

(AERA dot.編集部・米倉昭仁)