「世界が驚く大谷翔平のショータイム」と日本中がお祭り騒ぎをしている横で、ひっそりと「世界が驚いたメイドインジャパン」が消えていくことが決まった。

 かつて「世界の亀山モデル」とうたわれた、シャープのテレビ向け大型液晶パネルの生産が2024年9月をもって終了することとなったのである。

 覚えている方も多いだろうが今から約20年前、シャープの国産液晶パネルは「世界に誇る日本のものづくりの象徴」だった。それはシャープの社史でもこんな風に自画自賛されている。

「液晶パネルからテレビまでを一貫生産する亀山工場が稼働。日本でしかできない、世界最先端のモノづくりを実現し、ここでつくられる液晶テレビは、高品質の『亀山モデル』として人気を呼んだ」(シャープ100年史 「誠意と創意」の系譜 第10章)

 そんな「垂直統合型工場」でつくられた「世界の亀山モデル」は海外でも高く評価され、「米国では2002年上期において、2位の14.4%を大きく引き離す33.5%のシェア獲得に至った」(同上)こともある。

 ただ、本連載でも繰り返し述べているように、日本のものづくりメーカーが「わが社は世界一」と言い始める時というのは「衰退」が始まっていることが多い。

 「世界最先端」などは本来、第三者が評価すべきことだ。それをなりふり構わず自分自身で宣伝してまわる企業というのは、地道に評価を高める余裕がない。つまり、先が見通せず苦しいからなのだ。

●シャープはまるで「日本そのもの」

 シャープもご多分に漏れず経営が苦しくなっていく。垂直統合だけではやってられない、と生産した液晶パネルを海外メーカーにも外販するようになったが、それによって熾烈(しれつ)なコスト競争に突き進むこととなる。じわじわと衰退を続けるシャープは、2015年にはついに経営危機に陥り、翌年に台湾の「鴻海精密工業」の傘下に入ることとなる。

 その後、鴻海から送り込まれた戴正呉(たい・せいご)氏のもとで再建に乗り出して、2018年3月期には4期ぶりの最終黒字。2020年度決算でも最終利益が前年比3.9倍と大幅な増益となるなど「再建」を果たしたかのように見えたが、2023年3月期連結決算で買収以来初、6年ぶりの赤字へと転落した。

 そして2024年、ついに「世界に誇る日本のものづくりの象徴」であるテレビ向け液晶パネルが生産終了となったわけだ。

 こういう栄枯盛衰の流れを見ていると、つくづくシャープという会社は「日本そのもの」だと感じる。「失われた30年」で国力が衰退をしていく中で、外国人から観光やアニメが高く評価されたことで多少景気のいい話は聞こえてくるが、国力衰退には歯止めがかからない。国民の豊かさをはかる1人当たりのGDPは韓国に抜かれ、2023年にはついに台湾にも抜かれた。

 これはシャープも同じだ。「世界の亀山モデル」と自画自賛してから衰退が進むと、外国資本に買収されたことでいっときは持ち直すが、やはり衰退に歯止めがかからない。かつて「世界最先端」と胸を張ったテレビ向け液晶パネルは今や中国と韓国の「お家芸」にとって代わられた。

 では、なぜ日本もシャープも衰退が止まらないのかというと、実はどちらも同じ「失敗パターン」に陥っている。一言で言えば、「過去の栄光にしがみつくあまり、世界の急激な変化に対応できない」ということだ。

●分かりきっていた赤字転落の理由

 実は2023年3月期連結決算で、シャープが6年ぶりに赤字転落した理由は分かりきっている。それは経営危機で株の大半を手放していた、液晶パネルを生産する「堺ディスプレイプロダクト」(SDP)を、2022年6月にファンドから買い戻して完全子会社化したことだ。

 近年はSDPの業績が悪化し、減損損失を計2205億円計上。この低迷ぶりが2024年に入ってからも改善の兆しがなく、テレビ向け大型液晶パネルの生産が終了になったという流れだ。

 このSDP買い戻しという「経営判断」に対しては、かねてシャープの株主から厳しい批判が上がっていた。

 SDPは鴻海の傘下に入った時に、構造改革の一環として株の大半が手放された。つまり、シャープの業績の足を引っ張る存在だと見なされていたのだ。そこから時を経て、SDPはさらに厳しい経営環境に陥っている。

 SDP自身が公式Webサイトで「リーディングカンパニー」だと胸を張る大型液晶パネルは、世界市場では中国の京東方科技集団(BOE)や華星光電(CSOT)、韓国のサムスン電子やLGディスプレイが幅を利かせているのだ。

 そこに加えて液晶パネルの市況自体も悪化。そんな最中にシャープはSDPを買い戻して完全子会社化したものだから株主は大激怒。「経営判断を誤った当時の経営陣は責任をとるべき」「これは株主への重大な裏切りではないか」と株主総会では厳しい声が続出したのだ。

●なぜシャープはSDPを買い戻したのか

 疑問なのは、なぜシャープは「SDP買い戻し」という「負けが見えている戦い」へのめり込んだのかということだろう。

 オフィシャルに語られている大義名分は「中国が米中貿易摩擦の最中にあることから(中略)SDPは米州市場向けのパネル供給において優位性が期待できる」ということだ。確かに、米国大統領選挙でトランプ氏が復権して同国が強硬に中国製品を排除した場合、BOEやCSOTの抜けた穴を、SDPが奪うというシナリオは考えられる。

 ただ、本質的なところでは、鴻海が「シャープの過去の栄光」にしがみついてしまったことが大きいのではないかと筆者は見ている。

 鴻海は買収してからも、ことあるごとにシャープというブランドを大事にすると明言してきた。売却されたシャープ本社を買い戻すと宣言してみたり、欧州でライセンスを売却していた会社から、やはりライセンスも買い戻したりするなどブランド戦略に力を入れていた。

 しかしそのような努力もむなしく、残念ながら「シャープ」というブランドの再興まで至っていない。海外の液晶パネル市場でかつてのような存在感を取り戻すこともできていない。

 そんな風に買収のシナジー効果がなかなか得られない鴻海をさらに焦らせたのが、ライバルである中国の家電大手・海信集団(ハイセンス)の動向だ。

●シャープを巡る因縁

 実はシャープは経営危機にあえいでいた2015年、米国でのテレビ自主生産・販売から撤退し、ハイセンスに「SHARP」「AQUOS」などのブランドを供与していた。それを鴻海の傘下に入ってから方針を変え、2019年にハイセンスとの契約を見直してブランドを取り戻していたのである。

 そこで鴻海としては、買収した「SHARP」「AQUOS」というブランドを1日でも早く立て直して、シナジー効果を得たいと動き出すわけだが、ほどなくして、鴻海が目指す「日本ブランド再生計画」を先に実行してしまう中国企業が現れる。

 そう、ハイセンスだ。

 これには鴻海の経営陣は焦ったはずだ。2016年に買収してからなかなか「液晶のシャープ」を復活させられないのに、ハイセンスは2018年に買収した「REGZA」の復活に成功。しかも若年層を中心に「ハイセンス」ブランドのテレビまで売れている。なんとか早く北米で結果を出さなくては――。そんな焦りが、経営陣の状況判断を誤らせて、赤字体質のSDPを買い戻すという暴挙につながったのではないか。

 もちろん、これはあくまで筆者の想像に過ぎない。ただ、このように過去の栄光や成功体験に固執するあまりに、冷静な状況判断ができなかった、というのは鴻海から送り込まれた呉柏勲(ご・はくくん)シャープ代表取締役社長も5月14日に認めている。

 「過去2年間で非常に大きな変化があり、対応が足りなかった」

 実はこれは失敗する組織の「あるある」だ。指導者層は議論と熟慮を重ねて「これがベストだ」と決断しているのだが、客観的にみると、過去の成功体験に引きずられて「変化」に背を向けていることがよくある。

●「輝かしい過去」は捨てられない

 冒頭で紹介した社史を見るといい。「日本でしかできない、世界最先端のモノづくり」と自分たちでうたっている。こんな「輝かしい過去」をそう簡単に捨て去ることができるだろうか。

 できるわけがない。そこでタイミングよく親会社の鴻海も米国市場に再挑戦せよと言ってくれる。既に中国や韓国のメーカーから大きく引き離されて、勝ち目がなくてもかつて世界を驚かした技術力こそあれば「液晶のシャープ」を復活できるはずだ――。そんな「勝機」が見えていたのかもしれない。

 このような失敗から立ち直るには、呉社長が述べたように「変化に対応する」しかない。液晶パネルを生産停止後、SDPはインド有力企業に技術支援をしたり、AIデータセンター関連などへの事業転換を図ったりするという。鴻海もシャープの黒字化を支援するため、次世代通信やAIの分野で協業を深めていくことを表明している。

●そろそろ本気で「世界の変化に対応」すべき

 これは前にも述べたようにそのまま日本にも当てはまる話だ。

 インバウンドや外国人労働者という「国外の力」によってどうにか持ち堪えているが、国力衰退に歯止めがかからないのは、われわれの社会がこの期に及んで「昭和の成功体験」を引きずって変化に対応ができていないからだ。いつまでたっても、裏金や利権など昭和から延々と続く政治システムや、「大企業春闘で賃上げムードを盛り上げる」などと中小企業が99.7%を占める日本経済にそぐわない経済政策から脱却できない。

 中国や韓国や台湾にさまざまな分野で抜かされても、「なんやかんやいって日本の技術力のほうがスゴいだろ、最近はアニメとか大谷翔平とかも世界で絶賛されているし」なんて呑気なことを言っている人も少なくない。要するに、「成功体験」にとらわれて冷静な判断ができていない状態だ。

 そろそろ「日本スゴい」の成功体験を忘れて、「日本ヤバい」という変化に対応していかないと、日本全体が、海外資本に助けられないと存続できないシャープのようになってしまうのではないか。

(窪田順生)