JR東日本(東日本旅客鉄道)の「モバイルSuica」は、駅の自動券売機や窓口に並ぶことなくチャージや定期券を購入できて便利です。しかし、カードタイプ(Suicaカード)ならできることができない不便さも持ち合わせています。

 モバイルSuicaの“不便さ”の1つとして、Suicaカードなら買える一部の定期券がモバイルSuicaでは買えないことが挙げられます。カードには発売できるのに、モバイルで買えない定期券があるのはなぜなのか――皆さん(と私)が抱えている疑問を、JR東日本のコーポレート・コミュニケーション部門(広報担当)に聞いてみました。

●おことわり

・記事中の「モバイルSuica」「モバイルPASMO」「モバイルICOCA」は、特記のない限りApple Pay(iPhone/Apple Watch)のSuica/PASMO/ICOCAも含みます

・記事中のやりとりは、文脈の変わらない範囲で体裁を整えています

●モバイルSuicaで「TOICAエリアまたぎ定期券」を買えないのはなぜ?

 Suicaを含む交通系ICカードは、特別な定めがない限り別の交通系ICカードの利用エリアをまたいで利用できません。例えば首都圏のSuicaエリア/PASMOエリアから乗車した場合、他のSuicaエリア(仙台/新潟/秋田/盛岡/青森)やTOICAエリアで下車できません(原則として全区間の運賃を現金精算することになります)。

 ただし、例外として以下のケースでは定期券に限ってエリアをまたげます(※1)。

・首都圏Suica/PASMOエリアとTOICAエリア

・TOICAエリアとICOCAエリア

・ICOCAエリアとSUGOKAエリア

(※1)定期区間外の自動精算を含め、電子マネー(SF)残高で乗車する場合はエリアをまたげません(またいだ先で精算が必要な場合は、窓口での対応となります)。また、エリアをまたぐIC定期券では、販売できる区間や経路など、磁気定期券とは異なる制限を受ける場合があります

 JR西日本(西日本旅客鉄道)の「モバイルICOCA」では、TOICAエリアやSUGOCAエリアをまたぐ定期券も購入できます。例えば「新下関(ICOCAエリア)〜門司(SUGOCAエリア)」「彦根(ICOCAエリア)〜関ヶ原(TOICAエリア)」といった定期券も、アプリからサッと買えて便利です。

 しかし、モバイルSuicaではTOICAエリアにまたがる定期券を購入できません。首都圏Suica/PASMOエリアとTOICAエリアをまたぐ定期券を購入するには、カードタイプのSuica/PASMO/TOICAのいずれかとなります(※2)。

(※2)JR東日本の駅ではSuica、私鉄の駅ではPASMO、JR東海の駅ではTOICAで購入できます。ただし、路線や経路によっては特定の会社でのみ販売する(ICカードの種類が制限される)ことがあります

 モバイルICOCAでは買えるのに、モバイルSuicaではなぜエリアまたぎの定期券を買えないのか――JR東日本に聞いてみましょう。

―― JR西日本のモバイルICOCAでは、JR東海(TOICA)エリアやJR九州(SUGOCA)エリアにまたがる定期券を購入できますが、モバイルSuicaではJR東海エリアにまたぐ定期券を購入できません。モバイルICOCAではできるのに、なぜモバイルSuicaではできないのでしょうか。

JR東日本 モバイルSuicaには、モバイルICOCAとは異なった技術面やサービス面の課題整理が必要となります。またモバイルSuicaで発売するエリアや券種などは、お客さまのご利用状況等を鑑みて設定を行っており、現在のところ対応する予定はございません。

 異なる鉄道事業者への「連絡運輸」とは異なり、JRグループの他社をまたぐきっぷは、企画乗車券の一部を除いて運賃を“通算”します(一部会社にまたがる場合は加算運賃を上乗せします)。そのため、同じ距離(運賃)のきっぷでも、JRグループをまたいで乗車すると会社間で運賃の案分が発生します。

 一方で、現行の交通系ICカードでは運賃の計算を改札機にあるデータベースで行っています。エリアまたぎの乗車を実現するには、改札機のデータベースに他のエリアの運賃テーブルを追加すればいいのですが、データベースの容量が大きくなりすぎるという問題と、運賃改定や駅の開業/廃止があった場合に駅単位でデータベースを更新しなければならないという問題があります。

 加えて、交通系ICカードはきっぷとは異なり「出場(駅から出る)際に運賃を収受する」ことになるため、乗車した経路を特定できない場合があります。乗車経路により運賃が変わる場合、「交通系ICカードで乗車した場合は、最安となる経路で乗車したとみなす」という特例を設ければ解決できますが、経路が特定できないがゆえに運賃案分に関する会社間交渉が困難を極める可能性もあります。

 恐らく、モバイルSuicaがTOICAエリアにまたぐ定期券に対応しなかったのは、上記に関わる調整を行う時間やコストと、想定される利用者数のバランスが取れないことが原因と思われます。理解はできるのですが、「モバイルICOCAはできるのにどうして?」「Suicaカードなら買えるのになぜ?」という思いはやはり拭いきれません。

 モバイルSuicaで購入できない鉄道の定期券は、もう1つあります。

●モバイルSuicaで東海道新幹線の定期券が買えないのはなぜ?

 Suicaには、新幹線の通勤定期券「FREX」や通学定期券「FREXパル」も搭載(販売)できます。対象の新幹線と区間は以下の通りです(エリアまたぎの購入はできません)。

・東北新幹線

・首都圏エリア:東京〜那須塩原間

・仙台エリア:郡山〜古川間

・盛岡エリア:北上〜盛岡間

上越新幹線

・首都圏エリア:(東京〜)大宮〜上毛高原間

・新潟エリア:長岡〜新潟間

北陸新幹線(首都圏エリア扱い):(東京〜大宮〜)高崎〜上越妙高間

東海道新幹線(TOICAエリア扱い、※3):東京〜岐阜羽島間

 SuicaのFREX/FREXパルは、それぞれのエリアにおけるJR在来線の駅を発着駅に指定することが可能な他、他の鉄道事業者への連絡定期券も購入可能です(※4)。

(※3)運賃計算キロが在来線と合算で300km以内になる範囲で発売します。ただし、Suicaカードに搭載する場合は東海道新幹線区間外にJR東日本の区間を含む必要があります(JR東日本の区間を含まない場合はTOICAにのみ搭載可能です)(※4)Suicaカードに東海道新幹線のFREX/FREXパルを搭載する場合、連絡定期券にはできません(TOICAであれば、JR東海の「みどりの窓口」「指定席券売機」で一部事業者への連絡定期券を搭載できます)

 モバイルSuicaでも、アプリから予約することでFREX/FREXパルを新規購入できます(継続購入は予約なしで大丈夫です)。しかし、東海道新幹線のFREX/FREXパルは購入できません。特に東京〜静岡間は新幹線での通勤/通学需要が比較的旺盛で、JR東日本の在来線に乗り継ぐ人も少なくありません。新規購入で予約は必要なものの、モバイルSuicaでの購入にも一定の需要はありそうに思えます。

 Suicaカードで買える東海道新幹線のFREX/FREXパルが、モバイルSuicaで買えないのはなぜなのか――JR東日本に聞いてみましょう。

―― モバイルSuicaで東海道新幹線を経由するFREXやFREXパルを購入できないのは、なぜですか。個人的にはモバイルSuicaをよく使うので、モバイルSuicaで買いたかったのですが、Suicaカードで買わざるを得ず、みどりの窓口に並ぶのが大変でした……。

JR東日本 東海道新幹線のFREX/FREXパルは、TOICAエリアをまたぐ定期券と同じくカードタイプのSuicaとは異なった技術やサービスの課題整理が必要となります。東海道新幹線を経由して乗車されるお客さまの旅客流動を鑑みた結果、モバイルSuicaでの対応は見送らせていただきました。

 やはりFREX/FREXパルの発売面でも、エリア(もっというとJR他社)の“壁”があるようです。こちらも、カードタイプなら買えるようになっただけでも大きな進歩といえるのですが、何というのか「事情は理解できるものの、どうにかできないのか?」という思いは拭えません。

 今回は主に「エリアまたぎの定期券」について取り上げましたが、他にもモバイルSuicaでは定期券にまつわる制約があります。その話題は次回の記事に譲りたいと思います。