「どうだ 明るくなつたろう」──。燃やした紙幣を手に持ち、暗い場所を照らす「成金おじさん」の絵は、多くの人が教科書などで見かけたことがあるだろう。あの成金おじさんが、いまフィギュアとなり話題となっている。

 作ったのは、大型生物の骨格標本の3D化なども手掛ける吉本アートファクトリー(兵庫県神戸市)代表の吉本大輝さん。成金おじさんフィギュアも3Dモデリングで原型を作り、フルカラー3Dプリンターで生産している。

 商流に乗る通常のフィギュアなら金型による生産が普通だ。成金おじさんフィギュアはなぜ3Dプリンターで作っているのか。3Dモデリングのメリットは。立体造形物の祭典、Wonder Festival 2024 Winter(2月11日、幕張メッセ。以下ワンフェス)で吉本さんに取材した。

●受注殺到で3台のフルカラー3Dプリンターがフル稼働

 吉本さんは2つの会社を運営しており、特に高知県高知市を拠点とする吉本3Dファクトリーでは3Dプリンターの出力サービス事業を展開している。吉本3Dファクトリーでは3台のフルカラー3Dプリンター(ミマキエンジニアリングの「3DUJ-2207」)を設置しているが、それらが成金おじさんフィギュアの量産にかかりきりだったという。

 もともと、成金おじさんフィギュアは2022年7月に制作したもの。絵画『成金栄華時代』の作者である和田邦坊の作品を展示・管理する「灸まん美術館」(香川県善通寺市)に吉本さんがフィギュアを持ち込んだのがきっかけで、同美術館と吉本アートファクトリーのECサイトにて販売が始まった。

 注文が殺到したのは、X(旧Twitter)のユーザーが「ほしすぎる」と投稿したところ、これが約1万回リポストと話題になったため。ワンフェスでも販売したが、開幕から30分足らずで完売となった。

●なぜ3Dプリンターで?

 はじめにも書いたように、ある程度の生産を見込むなら金型を起こしての生産も通常なら視野に入る。しかし、3Dプリンターでの制作にはメリットがあると吉本さんは言う。

 「金型から作るとなると、数万個単位で在庫を持つことになる。その在庫を博物館や美術館といった施設で持つのはリスクで、今の時代なかなか難しい。フルカラー3Dプリンターであれば、注文が入るたびに出力して販売できる」(吉本さん)

 塗装が不要なのもメリットだ。通常の3Dプリンターなら樹脂の色がそのまま出るため塗装が必要になる。金型による生産も同様だ。フルカラー3Dプリンター(3DUJ-2207)はインクジェット方式で1000万色以上の表現が可能。まさにフルカラープリントの3D版といえる。

 特にフルカラー3Dプリンターでないと制作が難しい立体物もある。例えば、吉本さんが制作している生物の骨格標本フィギュア「玉骨標本」がそれだ。

 玉骨標本は、生物の外形をかたどった透明な樹脂の中にその生物の骨格が浮かぶフィギュアだ。これまでにマッコウクジラやシャチといった大型の海洋生物の他、シバイヌやイエネコといった現生生物、ティラノサウルスやトリケラトプスなど古代生物の玉骨標本を販売している。

 玉骨標本を素朴に見ると、硬化前の透明なレジン樹脂などに骨格を浮かべ、その後に硬化処理をしているようにも見える。しかし、実はそのような方法では骨格によっては本物に忠実な制作がかなり難しい。その代表例がマッコウクジラだ。

 マッコウクジラには実は「後ろ足」がある。尾ひれのことではなく、哺乳類として地上を歩いていた頃の「骨盤と後ろ足の名残」(骨盤痕跡)が、骨として体内に残っているのだ。

 そしてこの骨盤痕跡は、脊椎から完全に孤立している。仮に樹脂に浮かべる方式を取るとなると、骨盤痕跡を正しい場所に置こうと思ったら相応の工夫が必要になるだろう。

 吉本さんは、日本財団など国が主導し海洋環境の理解やアクションを進める「海と日本PROJECT」にも関わっており、本物の骨格標本を3Dスキャンして作った模型を博物館の展示物として納品もしている。そのため、玉骨標本でもサイズの関係などからデフォルメする部分以外は本物への忠実さにこだわっている。インクを層ごとに重ねていく方式のフルカラー3Dプリンターなら、孤立した骨でも正しく配置できるというわけだ。

●3D造形は初期費用が高いが儲かる仕事

 吉本さんは京都造形芸術大学(油画コース)出身で、もともと立体造形が専門ではなかった。しかし立体造形に興味はあり、そんな中、大学2回生の2016年ごろにワンフェスを訪れたところ、3D造形が増え始めていることを知った。これがきっかけで3D造形を始めたため「実は3D歴で言うとまだ全然」と吉本さんは謙遜する。

 そのワンフェスから帰った翌日に、独Maxonのデジタル彫刻ソフト「Zbrush」を購入し、3D造形の世界に参入。

 「通学に3時間ほどかけていたので電車の中でZbrushを使っていた。Zbrushで何か形を作るのは非常に簡単なので、基本的な操作を覚えれば1カ月で3Dプリンターで出力するデータは作れると思う。実際に中学生や、大学生向けの授業で教えていてもそのように感じる」

 3Dモデリングを始めるにはPCの環境もそれなりにそろえる必要がある。「15万円以内に収めることもできるが、本気で仕事にしていくなら20万円くらいは初期費用として見ておいた方がいい」と吉本さんは言う。

 しかし、初期費用がある程度かかる点について、吉本さんはむしろ肯定的に捉えている。

 「イラストだったらソフトも安くてiPadでもできるから参入障壁が低い。一方で3D造形は初期費用もあり、思い切って入ってくる人が少ない。イラストのお仕事だと単価を上げにくい面もあるが、3Dはそれで言うと、なかなか儲かるお仕事」

 自身の会社の具体的な売上などについては明言を避けたが「1000万円近い3Dプリンターなど新しい機械に投資できるサイクルは今のところ回っている、という状況を見てもらえれば」。

 「1体の製作で100万円いただけるような案件もある。それほどでなくても、イラストに比べて3Dの単価は高め。フィギュアのデータを作れるなら、他の3Dデータの仕事もできるようになる。なので、3D造形のスキルはフィギュアに限らずさまざまな仕事につながるんじゃないかと思う」