今や全世界で10億人を超えるユーザー数を誇るTikTok。特に若い世代に大人気となっていますが、世界的エンジニアの中島聡さんは、この中国発のアプリが提供してくれるものこそが、自身が5年前に提案したサービスで実現したかったユーザー体験だとします。今回中島さんはメルマガ『週刊 Life is beautiful』であらためて「おもてなしテレビ」なるサービスの内容を紹介。さらに今こそがその提供の絶好のチャンスであり、InstagramやTikTokからユーザーを奪うことも可能との見立てを記しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:TikTokが示唆する未来のメディアのあるべき姿

プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。

未来のメディアのあるべき姿を考える上で重要なTikTokの成功

米国議会は、先月、安全保障上の理由から、TikTokに対して「米国向けに運用しているサービスに関しては、米国資本の会社に売却しなければいけない。6ヶ月以内にそれが完了しない場合、強制的に閉鎖する」という法案を通しました(参照:The House votes for possible TikTok ban in the US, but don’t expect the app to go away anytime soon)。

TikTokを運営するByteDanceが中国企業であり、「中国企業は、中国当局からの命令があれば、データを当局に提供しなければいけない」という中国の法律に基いて、TikTokを通じて、米国に暮らす人たちの個人情報が中国当局に流れてしまう可能性がある、というのが理由です。

TikTokは、この命令を無効にすべく、First Ammendment(表現・宗教・報道の自由などを規定している、アメリカ合衆国憲法の修正第1条)に基づき、米国政府を相手に訴訟を起こしました(TikTok sued the U.S. government to block a ban. Here’s what happens now)。

TikTokは、ユーザーが短い映像をシェアして楽しむSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)の一つですが、優れたユーザーインターフェイスと、ユーザーの見たいものを自動的に選択してくれるアルゴリズムにより、急速にユーザー数を伸ばし、米国だけで1.7億人のユーザーがいると言われています(米国の全人口は3.3億人)。特に若い人たちに人気で、ライバルのMetaやGoogleが提供するFacebook、Instagram、Youtubeからユーザーを(もしくはユーザーの時間を)奪っています。MetaのReels、YoutubeのShortsは、TikTokを強く意識したものです。

今回の件が、どう決着するかを予想することは簡単ではありませんが、私は、TikTokの成功が、未来のメディアのあるべき姿を考える上で、とても重要だと考えています。

私自身、この分野に関しては、かなり深く関わって来ました。

2008年にiPhone向けの写真共有サービス、PhotoShareは、Instagramがリリースされるまでの間、18ヶ月ほど、アプリストアで1番人気のSNSアプリでしたが、このサービスを運営していた気がついたことは、若いユーザーのエンゲージメントの高さです。極端なユーザーになると、毎日4〜5時間PhotoShareにアクセスしっぱなしで、「何かとんでもない鉱脈」を掘り当ててしまった感覚に囚われたことを良く覚えています。

「おもてなしテレビ」で実現したかったユーザー体験

2019年には、このメルマガで「おもてなしテレビ」というサービスの提案をしました(2019年3月26日号)。

「おもてなしテレビ」とは、家に帰ってテレビのスイッチを入れるだけで、自分が見るべき番組(もしくは番組の一部)を30分とか1時間などの指定した時間で見せてくれる究極の「おもてなし」を提供してくれるテレビのことです。

リモコンはとても単純な作りで、「15分、30分、1時間」などの「楽しませて欲しい時間」を指定するボタンと、面白くないときに押す「スキップ」、面白いと感じたときに押す「いいね」ボタンしかありません。

映像ソースは、放送局のものでも、YoutubeやTED Talkでも良く、ニュース、スポーツ、ドラマ、教養、バラエティなど豊富なジャンルから、その人が観たいだろうものを(「スキップ」や「いいね」ボタンから)予想して勝手に選んでくれます。

特にスポーツ観戦においては、自動的にダイジェストを生成することが重要で、サッカーであれば、好きなチームの試合のゴール近くの際どいプレーだけを集め、かつ、試合結果が分かるように指定した時間で見せてくれるのです。

未だに、実際のサービスとしてはリリースできていませんが、今でもこんなサービスが欲しいと感じています。

最近になって、ようやく気がついたのですが、コンテンツこそユーザーが作ったもの、という違いはありますが、TikTokが提供してくれている体験こそが、まさに私が「おもてなしテレビ」で実現したかったユーザー体験だ、ということです。

私たち夫婦は、夕食の後、1時間ほどテレビを観ますが、Amazon Prime、Netflix、YoutubeTV、JME(海外に暮らす日本人向けの日本語放送)など数多くの選択肢がある中で、「どれを観るか」で結構悩みます。観たいものを探すのに時間がかかってしまうと、とても無駄な時間を過ごしていると感じます。

同様のことは、ポッドキャストに関しても思います。私は、最近、毎朝30分ほどプールで泳ぎますが、その際に聴くポッドキャスト選びに結構苦労するのです。

従来型のテレビやラジオが「オンデマンド形の映像・音声ストリーミング・サービス」に置き換わった結果、選択肢の幅は増えましたが、「ユーザー体験」という意味では、まだまだ改善の余地があるのです。

私は今こそ、「おもてなしメディア・サービス」を真面目に設計し、提供するのに絶好のチャンスだと思います。「夕食後の1時間」「朝のエクササイズ」「通勤・通学」などの様々な隙間時間に、ニュース、スポーツ、ドラマ、教育、ユーザー投稿型コンテンツなどで、ストレス・フリーで私たちを楽しませてくれる、映像・音声サービスです。

リモコンのボタンは、「いいね」「スキップ」「早送り」の三つだけがあり、マイクを通じて「ウクライナ情勢のアップデート」「ドジャーズの試合のハイライト」「韓国ロマコメ」のように、観たいものを言葉で指定することも出来ます。「放送」でも「オンデマンド」でもない、「個々のユーザーのニーズを把握した上で提供されるインタラクティブな個別放送」です。

こんなサービスを作ることが出来たら、Amazon PrimeやNetflixはもちろん、YoutubeやInstagramやTikTokからすら、ユーザーの「可処分時間」を奪うサービスを作ることが十分に可能だと思います。

(中島聡さんのメルマガ『週刊 Life is beautiful』5/21号では、メインコラム「河野大臣への提言」「今週のサンプルアプリ:インタビュー・アプリ」「皆がアプリを作らなければならない時代の問題点」「AIを使って、24時間働く時代・働ける時代」のほか、読者Q&Aコーナーも掲載中。初月無料のお試し購読で今すぐ受け取ることができます)

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