世界92か国のApple MusicのJ-Popランキング入りを果たしただけでなく、Spotifyのグローバルバイラルチャートでは18日連続1位を獲得した松原みき『真夜中のドア〜stay with me』(1979)など70〜80年代にかけて「シティ・ポップ」の名曲を数多く生み出し、映画やアニメ、舞台など多岐にわたって活躍する作曲家、林哲司(はやし・てつじ)。そんな林や日本のシティ・ポップに魅せられ、自身のYouTubeチャンネルで2016年からシティ・ポップを世界中の音楽ファンにいち早く広めた「ブームの先駆者」である米国シカゴ在住のDJ ヴァン・ポーガム。これらシティ・ポップと呼ばれる楽曲を「作った側」と「広めた側」が初めて顔を合わせ、今も続く世界的シティ・ポップ大ブームの過去・現在、そして未来を語り尽くしました。(通訳協力:細川忠道)

ブームの先駆者 DJヴァン・ポーガムが林哲司に聞く「なぜ今、海外でシティ・ポップが流行っていると思いますか?」

──本日は、お忙しい中お時間をいただきありがとうございます。70〜80年代の日本で作られた「海外のカルチャーに憧れを抱き、都会やリゾートでのライフスタイルを求める若者文化を背景にして生まれた和製ポップス」=「シティ・ポップ」という音楽ジャンルを代表する1曲『真夜中のドア〜stay with me』をはじめ多くの名曲を作曲された林哲司さんと、2010年代後半から海外を中心に起きたシティ・ポップブームの先駆者のひとりである米国シカゴ在住のDJヴァン・ポーガムさんという「ブームの当事者同士」が顔合わせして、そのブームについて語ることができたらどんなに素敵なことだろうと思いまして、この対談をセッティングさせていただきました。今までありそうで無かった「夢のシティ・ポップ対談」を実現することができて、とても嬉しく思っております。はじめに、簡単ではございますが、お二人のご紹介をさせていただきます。

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林哲司

林哲司さんは、1949年8月20日生まれ静岡県出身。72年のチリ音楽祭での入選をきっかけに、73年にシンガー・ソングライターとしてデビューされました。以後、作曲家として活動し、83年から5年連続「日本作曲大賞優秀作曲賞」を受賞。また、映画やTVの音楽監督をはじめ幅広く活躍されています。代表作は、松原みき「真夜中のドア〜stay with me」、上田正樹「悲しい色やね」、杏里「悲しみがとまらない」、竹内まりや「セプテンバー」、中森明菜「北ウイング」、杉山清貴&オメガトライブ「ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER」等、その作品数は2000曲以上にのぼります。また、作曲家としてはもちろん、アレンジャー(編曲家)としても数多くの作品を手がけられています。

来る11月5日には、作曲活動50周年を記念した「ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート」(於:東京国際フォーラム)が開催されるなど、現在も精力的に活動されています。

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ヴァン・ポーガム

ヴァン・ポーガム(Van Paugam)さんは、はアメリカ・イリノイ州シカゴでDJとして活躍する音楽家です。2016年、自身のYouTubeチャンネルにてシティ・ポップのミックスをいち早くアップし、世界中の音楽ファンに注目されました。この当時すでに松原みき「真夜中のドア」や竹内まりや「プラスティック・ラヴ」など、世界的ブームのきっかけになった曲をいくつも紹介しております。登録者数が約10万人にまで達した19年1月には地元シカゴで歌手・杏里のライヴを企画。しかし直後にチャンネルの削除要請によってアカウントが消滅し、ブームの先駆者であったにも関わらず、その名前は日本でほとんど知られていません。しかし、16年の時点でこれだけ多くのシティ・ポップを紹介していたDJは、ヴァンさんをおいて他にはいませんでした。16年にYouTube上でアップしていた楽曲は現在、SoundCloud上で聴くことができますので、ぜひヴァンさんによるシティ・ポップミックスをお聴きいただきたいと思います。

Van Paugam · City Pop シティーポップ (2016)

最近では、2018年に亡くなった歌手・西城秀樹の楽曲を再評価したことで再び注目されており、その選曲眼と楽曲ミックスのアレンジ力は世界中の音楽ファンからも高い支持を得ています。

それでは、ご自由にお二人でお話を進めていただければと思います。本日は、ヴァンさんの友人で日本在住のミュージシャン・細川忠道さんに同時通訳をお願いしております。まずは、ヴァンさんから林さんへ、いくつか質問をご用意したそうですね。

ヴァン・ポーガム(以下、ヴァン):(ここだけ日本語で)林さん、はじめまして。宜しくお願いします。

林哲司(以下、林):おお、Nice to meet you(笑)、こちらこそ宜しくお願いいたします。ヴァンさんからの質問は事前にいただきまして、ひと通り目を通しました。

ヴァン:ありがとうございます、まずは私から質問させてください。林さんの長いキャリアの中で、どんな音楽から影響を受けてきたのか、その歴史を教えていただけますか?

林:私にはとても歳が離れた2人の兄がいるんですが、彼らが聴いていたアメリカの音楽から影響を受けたんです。たとえばポール・アンカ、ニール・セダカ、エルビス・プレスリーなど、当時のアメリカでチャートを賑わせていたポップミュージックですね。

ヴァン:それはアナログレコードでですか? それともラジオですか?

林:主にラジオで聴いていました。でも、ときどき兄たちが新しいポップミュージックのレコードを買っていたので、それも自然と聴いていましたね。片耳でアメリカのポップミュージックを聴いていて、もう片方の耳で日本の歌謡曲を聴いていたんです。

ヴァン:やはり幼少期から聴いていたことで、林さんの西洋音楽の要素と日本の要素がミックスされたサウンドができたんでしょうね。子供の頃に聴いていた日本の歌謡曲の中で、特にインスピレーションを受けた曲は何ですか?

林:特にコレだという曲は無いですね、アメリカの音楽からの方が要素として大きな影響を受けたんだと思います。なぜかというと、当時の日本のトラディショナルな歌謡曲は、とてもシンプルな構成だったんですね。アメリカの音楽の方が、いろいろな音楽の要素がふんだんに取り入れられていて、どの曲からも個性が感じられました。音楽を求める側として、必然的に欧米の音楽に傾倒していったんだと思いますね。

ヴァン:作曲をはじめた初期の頃、どのようなプロセスや考え方を持って作曲にのぞまれていたのでしょうか?

林:当時、自分にとって一番お気に入りのアーティストがいたんですね。日本のミュージシャンであり、作曲家、そしてアクターでもある加山雄三さんです。彼は自分で作った音楽を、自分でエレキギターを演奏して、自分で歌っていました。彼のスタイルに憧れて作曲をするようになったんです。もちろんザ・ビートルズにも影響を受けましたが、かれらは外国人であり少し遠い存在ですが、加山雄三さんは同じ日本人なのでとても身近に感じましたね。

ヴァン:今までに加山雄三さんと何かコラボしたことはあったのでしょうか?

林:いや、期待はしていましたけど、未だにないですね(笑)。彼は最近になって引退してしまいました、リタイアです。

なぜ「シティ・ポップ」を作曲するようになったのか?

ヴァン:なぜ、林さんは「シティ・ポップ」と呼ばれる音楽を作曲するようになったのでしょうか?

林:私が、今あなた方が「シティ・ポップ」と呼んでいる音楽を作っていた40年ほど前は、そのことを意識して作曲していたわけではないんです。ただただナチュラルにアメリカのポップミュージックが好きで、向こうでヒットした曲の要素を自分の中にインプットして、それが自分の中にたくさん堆積して、自分が曲を作るときに少しづつ濾過されて作品に投影されただけなんだと思います。それは80’sの音楽に限らず、もっと子供のときから西洋音楽に対して興味を持っていたことが、アメリカに住んでいる人たちと同じように、自分の中に培ってきたものなんでしょうね。

ヴァン:いろいろなところでよく言われることだと思うのですが、林さんが作曲された40年前に私は生まれていなかったんですけれど、林さんの曲はアメリカ人の私にとっても「自然」に聴こえ、しかも「ノスタルジック」なサウンドだと感じるんです。

林:私も過去に「なぜ、自分は日本に住んでいるんだろう?」と思ったことはあります(笑)。

ヴァン:(笑)、林さんが今まで作曲した中で、一番アメリカっぽい、西洋っぽいサウンドだということを意識した曲やプロジェクトはどれですか?

林:曲よりもプロジェクトとしての「杉山清貴&オメガトライブ」でしょうね。彼らの曲を作るときは、当時アメリカで流行っていたAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)の影響を受けていましたから、それが顕著に反映されている楽曲群だと思います。彼らが一番、自分の音楽を表現していたアーティストでした。もし当時、私自身がパフォーマーだったら、彼らのようなスタイルで活動していたと思いますね。

世界が驚愕した「林哲司サウンド」の秘密とは?

ヴァン:林さんが作曲した曲は、とてもシンセサイザーの音が目立つ楽曲が多いと感じるのですが、特に「このシンセが好きだ」「このシンセをよく使っていた」というのがあれば教えていただけますか?

林:これは、他のアレンジャーやコンポーザー、サウンドクリエイターと同じだと思いますけど、80年代だったら「プロフェット5」「オーバーハイム」ですね。ただ、ここがすごく大事なポイントなんですが、音色を選ぶセンスはサウンドクリエイターによってそれぞれ違いますけど、私の場合は「いかにもシンセサイザー」というハードな音は選ばなかったんです。どちらかというと、とてもソフィスティケイトされた音色をピックアップしています。

もし、興味があるのであれば、ぜひ私の曲を聴いて確認して欲しいのですが、例えばシンセに「パッド」という音色がありますけど、その「パッド」の音ひとつ取ってみても、シンセを象徴する音よりは、トロンボーンやホルンの丸い音色を選んでいると思います。そこが、カルヴィン・ハリス(スコットランド出身の作曲家・編曲家)とは違うところです(笑)。

ヴァン:私は林さんの音楽の方が好きです(笑)。

林:Thank you(笑)。

ヴァン:林さんの好きなキーやコード進行について教えてもらってもいいですか?

林:特別に「このキー」というのはないんですが、あまりフラットとシャープが付いていない方がいい。その方が私自身も楽ですからね(笑)。基本的に、作曲するときはギターとピアノを使うことが一番多いんですけど、ピアノであれば「F」「G」「C」、ギターであれば「E」とか、そのへんが一番ポジション的にはやりやすいですね。これは、他のみなさんも同じだと思います。

ヴァン:林さんの楽曲はシンプルに聴こえますが、何か複雑な要素が入っているなと感じます。洋楽と日本の音楽との要素が絶妙なバランスで保たれているんだと思います。それについて意識していることはありますか?

林:さかのぼってみると、80年代にはアメリカンミュージックにより近づけるような形で作曲をしていた時期があったんですけど、その手法でそのまま作曲すると、それを聴いた日本人はちっとも同調しなかったんですね。そこで、少し「日本人に理解される範囲」に自分の音楽をシフトしてみました。それが、今あなた方が「良い」と言ってくれているシティ・ポップのスタイルのベーシックなところだと思います。つまり、「アメリカを目指して船で航行していたつもりが、途中でハワイを経由して日本に戻ってきた」という感じかな(笑)。

ヴァン:ハハハ、それはクールですね(笑)、とてもよく理解できました。

サブスク、AI、ストリーミング…昨今の音楽事情について思うこと

ヴァン:ところで現在、ストリーミング・サービスや、サブスクリプション・サービスを通じてすぐに音楽を聴くことができる環境にシフトしたことについてはどう感じていますか?

林:これは、とても難しい質問ですね。多くの人々が音楽を楽しむ方法というものはたえず進化していますから、そのこと自体は決して悪いことではないと思います。メディアがレコードからカセットテープ、CD、MDと変わってきたのと同じように、リスナーが音楽を聴く方法が変わってきたことも時代の流れであり、ひとつの文化ですから。

ただし、それとは別のマイナス面があって、音楽産業として一番マズかったのは、サブスクリプションで聴かれる対価として支払われる金額が、とても安い状態のまま放出されてしまったことです。そのことが、アーティストたちにお金を還元できなくなっている大きな理由だと思います。リスナー側も変化していて、私たちのときは一度買ったレコードやCDを何度も何度もくり返し聴くということが習慣づいていましたが、今はBGMのように音楽を聴いているじゃないですか。つまり音楽に対する愛情の深さは、今と昔とでは大きく差が開いてしまったんじゃないかなとは思いますね。

ヴァン:確かにおっしゃる通りだと思います。では、音楽業界に人工知能(AI)が普及し始めていることについてはどう思いますか?

林:これは音楽業界だけに限らず、映画の本場ハリウッドで俳優と脚本家がストライキを起こしているのと同じように、音楽にも大きな影響を及ぼすと思いますね。AIが、自分の思っているような音楽を作り出すという便利さと、人が想像力を使って音楽を作る喜びを失って便利さの方を優先するという状況は、あまり良くないんじゃないかなとは思います。

松原みきのデビュー曲「真夜中のドア」誕生秘話

ヴァン:まったくその通りですね。そろそろ私から最後の質問をさせてください。松原みきさんは林さんの作曲した「真夜中のドア」という曲の影響もあって、今や最もよく知られている日本の歌手の一人となりました。海外のファンがとても知りたがっていることだと思うのですが、彼女と一緒に仕事をしたときの記憶や、特にこの曲を作曲するプロセスはどのような感じだったのか教えていただけますか?

林:これは1979年の作品ですけど、作曲した当時は彼女に会ったことがありませんでした(笑)。他の作曲家も同じ歌詞で彼女に曲を書いていて、おそらくコンペで選ばれたんだと思います。ただ、私サイドのプロデューサーが僕に求めてきたのが、「アメリカン・ポップミュージック書く感覚で、日本語を意識せずに曲を書いてOKだから」ということだったんです。

ヴァン:曲を書いたあと、松原みきさんと直接お会いしたり関わったりしたことはありますか?

林:この曲がヒットしたあと、彼女には何曲も提供しましたし、同じスタジオの中で一緒にアルバムを作るという共同作業も沢山やりました。彼女はデビュー当時まだティーンエイジャーでしたから、とてもキュートで、どちらかというとアイドルソングを歌うようなタイプの女の子でした。でも、その歌声はジャジィーで、「真夜中のドア」は、とても大人っぽい雰囲気に仕上がりました。

ヴァン:現在、世界中でさまざまな紛争や問題が起きている暗い時代にあって、私たちにインスピレーションを与える一言をお願いできますでしょうか。

林:みなさん、自分の中にある「創造性」というものを信じて新しいものを創造して欲しいと思いますね。それは、先ほどお話ししたAIの問題にもつながってくると思います。人は、より便利な方、より便利な方と、ものすごいスピードで行ってしまいますけど、人間が作り出す力というものをいつも意識しながら科学や文化を見ていた方が良いと思いますね。

林哲司がヴァン・ポーガムに聞く「なぜシティ・ポップという日本の80’s音楽に興味を持ったんですか?」

──それでは、今度は林さんから、ヴァンさんに質問をお願いします。これだけ世界的なブームになっているシティ・ポップを、いち早くミックスして世界中に広めたDJであるヴァンさんにいろいろお聞きしたいことがあるかと思います。

林:なぜアメリカに住んでいるヴァンさんが、私の昔に作った曲を知っているんですか?

ヴァン:林さんがご存じかは分かりませんが、私がDJとしてシティ・ポップをかけるとき、すべてヴァイナル(アナログレコード)でかけているんです。シティ・ポップという音楽をレコードで集めて聴くようになって数年後に気づいたのですが、レコードのジャケットの裏とかライナーノーツを見ていると、何回も「ハヤシテツジ」という名前が出てきました。ああ、この方は重要な作曲家なんだなと思ったわけです。今も世界中で同じことを思っている人が、少しづつ増えているのではないかと思います。

林:あなたのようなDJが、昨今の「シティ・ポップ」というブームを作ったと思っていますが、なぜ「シティ・ポップ」という日本の80’sの音楽に興味を持ったんですか?

ヴァン:特に林さんが作曲した曲から感じることですが、80年代のシティ・ポップは他の時代の音楽と比べて、とてもユニークなサウンドだと思います。特にメロディがとてもユニークで、もっと聴きたくなります。それが、今の時代の西洋音楽に足りない要素なんじゃないかなと思うんです。

林:なるほど。この世界的な「シティ・ポップ」ブームについて、私も最初はとても奇妙で謎だったんですね。なぜかというと、40年も前に書いた自分の作品が世界中で聴かれている理由がまったくわからなかったから。ただ、自分はプロデューサーという一面も持っているので、音楽的な要素を自分で理解しなくてはいけないので、そういった面からこのブームを分析してみたんですが、昨今いろいろな音楽ライターたちが言っていることを目にしたり耳にしたりして、さまざまな理由や要素があるということは理解できました。

でも、自分で唯一理解できなかったことがあります。それは、40年以上前に私たち日本人が多大な影響を受けた大元であるアメリカの80年代の音楽があるのに、なぜ、あなた方の興味は日本のシティ・ポップに向いたのでしょうか?

ヴァン:私たち若い世代のアメリカ人にとって、マイケル・ジャクソンとかドゥービー・ブラザーズは親世代の音楽であり、「ダサい」「今ドキの音楽じゃない」と感じている人が多いんだと思います。日本のシティ・ポップは、確かにその当時のサウンドに近いのですが「新しい自分たちの音楽だ」と認識できるところがあるんです。

林:そういうところが、インターネットの時代ならではですね(笑)。

ヴァン:今の若い世代はラジオを聴く習慣がないので、「シティ・ポップという音楽は、現代のラジオだ」と感じていますね。彼らには「これが新しい音楽だ」と。

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林哲司

林:日本はシティ・ポップに対する解釈が難しいんです。なぜかというと、リアルタイムで聴いてきた世代の人たちと、海外からのブームで聴く今の若い世代の人たちとがいて、「リヴァイヴァル」として聴く人と、新しい音楽として聴く人が混在しているために、何をもってシティ・ポップとするのか、さまざまな定義や解釈があるからなんですね。ところが、海外のファンは「日本の80年代のメロディアスな作品」「都会的な作品」として括ってしまうから、すごくわかりやすい。海外の人たちにとっては「リヴァイヴァル」ではないでしょ?

ヴァン:はい。シティ・ポップは新しい音楽、新品です(笑)。それでいて、忘れていた古い友人の写真を見つけたかのような、懐かしい感覚になる音楽ですね。

日本の音楽からは「センチメンタル」が感じられる

林:もう一つだけ付け加えると、元になったアメリカの80年代の音楽と、私たちがそれらを参考にして作った音楽との違いは、日本という国が持つ独特のメランコリック(憂鬱、物憂げ)な感情がサウンドに込められているからなのかな、という気もしました。

ヴァン:私もそう思います。日本の音楽にはセンチメンタル(感傷的)な部分が求められているものが多いと感じていますが、アメリカの音楽プロデューサーたちは今までそういうものを求めていなかったのですが、今になってアメリカがそういう要素を取り入れようとしているような気がします。

林:たとえば、7、8年前にブルーノ・マーズ(米シンガーソングライター)が、非常にレイドバックした音楽でグラミー賞をたくさん獲りましたけど、その後もチャーリー・プース(米シンガーソングライター)とか、デュア・リパ(英女性シンガーソングライター)など、メロディアスな曲を作るアーティストがヒットを出すようになってきたと思うんですね。

おそらく80年代の終わり頃にM.C.ハマーが出てきて、グルーヴを中心としたラップ音楽が流行りだした。私はそのブームがすぐに収まると思っていたんだけど、ものすごく長いスパンで今日までコンピュータが作り出すグルーヴミュージックが中心の時代が続きましたよね。そんな「メロディが失われた時代」が長かったから、逆に今メロディに回帰しているんじゃないかなという気がします。

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ヴァン・ポーガム

ヴァン:やはり歴史はぐるぐる回るもので、今になってAORやヨット・ロックと呼ばれていたものの人気がアメリカでも戻ってきていますし、今の若い世代はセンチメンタルな音楽で育っていないので、新鮮に感じているのだと思います。そういうセンチメンタルな部分も人間として必要なものじゃないかなと感じますね。

林:アメリカの音楽が世界をリードしていた80年代に渡米してLAに住んでいた日本のエンジニアが当時、私たちに言っていたのは「日本人はアメリカ人のようなメロディが書けるけど、一つ違うのは、日本人の方が繊細な、センシティブな曲を書くことが多い」と。

ヴァン:90年代にアメリカで作られたHIPHOPなどは、とてもアグレッシブで目立つ要素が求められていて、日本のような繊細な部分はなかったと思います。だから、今シティ・ポップを聴いて、そういった繊細な部分を求めている人が増えているのでないかと感じています。

「真夜中のドア」を広めてくれた世界中のDJに感謝

林:リフが多かったですよね、長い間ね。「真夜中のドア」についてお話しすると、あの曲がリリースされた79年当時はスマッシュヒットで終わってますけど、その後あなたのようなDJたちがずっとこの曲を大事にしてくれて、クラブなどでかけ続けてくれていた時代が長い間あったんですね。それが、この曲の人気を継承してくれた大きな力だったと思いますし、あなたたちDJがこの曲をインターネットで取り上げてくれたことがインフルエンサーとなって、ここまでワールドワイドになったんだと思います。だからすごく感謝しています。

ヴァン:DJとしてシティ・ポップのレコードを回していると、特に「真夜中のドア」は、お客さんから「この曲を聴いたら鬱っぽい気分が解消した」という報告も受けています。日本語がわからなくても、メロディの強さと楽曲の強さによって、伝えたい感情が伝わってくるような素晴らしい作品だと思います。世界中の人が、たとえ言葉はわからなくても何かを感じる曲です。

林:松原みきさんは今この世にいませんけれど(2004年に44歳で逝去)、今の時代に彼女の声を世界中のみなさんが聴いているということは、天国の彼女も非常に喜んでいると思いますよ。やはり、ヒット曲だったかどうかということではなく、あなたたちDJが自分の感覚で良いと思う曲をチョイスするということがものすごく大事なことで、そのおかげで今まで知られていなかった曲が表に出る機会が生まれたんですから。ときどき、あなたたちが選ぶ曲に「えっ!」となることがありますよ(笑)。

ヴァン:特にそう思った曲はなんですか?

林:たとえば「Rainy Saturday & Coffee Break」(林哲司の2ndアルバム『BACK MIRROR』(1977)所収)という曲がありますけど、自分では「悪い曲ではないけど、みなさんが取り上げてくれるような曲ではない」と思っていたんですけどね(笑)。

ヴァン:好きなものは好きだ、と音楽が語っています(笑)。私は、11月5日(日)に行われる林さんの作曲活動50周年を記念した「ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート」(於:東京国際フォーラム)のチケットを購入しました。日本へ行くこと、そして林さんのコンサートを見に行くのが今から楽しみです。

林:Really? 本当に? 当日お会いできるといいですね。

ヴァン:はい、私もお会いできたら嬉しいです。では最後に質問させてください。この「ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート」で、私たち観客はどんなことを期待すれば良いですか? 何かサプライズはありますか?

林:いつも自分がやっているライブとは違う、大勢のオリジナルシンガーが歌う「曲が主人公のコンサート」になりますので、大いにご期待ください。

ヴァン:シティ・ポップはDJである私の人生に大きな影響を与えました。本当に感謝しています、ありがとうございました。

林:こちらこそ、本当にありがとうございました。近いうちにお会いできるのを楽しみにしています。

──本日はお忙しい中、長時間にわたってお話しいただき感謝申し上げます。世界のシティ・ポップ史に残る、画期的で素晴らしい対談だったと思います。林哲司さん、ヴァン・ポーガムさんのますますのご活躍をお祈りするとともに、まだまだシティ・ポップに触れたことのない世界中のリスナーのみなさまに、日本のシティ・ポップの魅力を知っていただくことができましたら幸いです。ありがとうございました。

林哲司コンサート情報

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ザ・シティ・ポップ・クロニクル 林哲司の世界 in コンサート

公演日 : 2023年11月5日(日)  開場 16:00 / 開演 17:00
会場 : 東京国際フォーラム ホールA
全席指定 15,000円(税込)  ※未就学児入場不可

チケットぴあ、ローソンチケット、CNプレイガイドで発売中!

【出演】
杏里 / 伊東ゆかり / 稲垣潤一 / 上田正樹 / エミ・マイヤー / 菊池桃子 / 国分友里恵 / 佐藤竹善 / 杉山清貴 / 杉山清貴&オメガトライブ [杉山清貴(Vocal)、髙島信二(Guitar)、吉田健二(Guitar)、大島孝夫(Bass)、廣石惠一(Drums)、西原俊次(Keyboards)、大阪哲也(Keyboards)、Juny-a(Percussion)] / 鈴木瑛美子 / 寺尾聰 / 土岐麻子 / 林哲司 / 松城ゆきの / 松本伊代 / 武藤彩未 / Little Black Dress ※50音順

[予定演奏曲目 /全曲作曲:林哲司] 真夜中のドア 〜stay with me / September/ 北ウイング / ふたりの夏物語 NEVER ENDING SUMMER / 卒業 -GRADUATION- / 悲しみがとまらない / 思い出のビーチクラブ / 天国にいちばん近い島 / 悲しい色やね / SUMMER SUSPICION / デビュー 〜Fly Me To Love / The Stolen Memories / 入江にて / 強がり / Just A Joke / 信じかたを教えて / If I Have To Go Away / 悲しみがいっぱい / 逆転のレジーナ / 戀 and more…

【音楽監督】
萩田光雄 / 船山基紀

【演奏】
『SAMURAI BAND』今剛(Guitar)/ 増崎孝司(Guitar)/ 富樫春生(Keyboards)/ 安部 潤(Keyboards)/ 髙水健司(Bass)/ 江口信夫(Drums)/ 斉藤ノヴ(Percussion)/ 高尾直樹・大滝裕子・稲泉りん(Chorus)/ ルイス・バジェ(Trumpet)/ アンディ・ウルフ(Saxophone)
※都合により出演者が変更になる場合がございます。予め御了承ください。

主催 : DISK GARAGE / PROMAX / 朝日新聞社 / ニッポン放送 / TOKYO FM
特別協力 : サムライ・ミュージック・コーポレーション / フジパシフィックミュージック
制作・運営 : DISK GARAGE / PROMAX
企画製作 : DISK GARAGE / PROMAX / 朝日新聞社

林哲司リリース情報

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『Hayashi Tetsuji Song File』

シティポップからアイドル、バンドにコーラス・グループまで。瑞々しくも鮮やかな珠玉のメロディをここに集約した林哲司デビュー50周年記念CD-BOXセット!

今年デビュー50周年を迎えた林哲司の全キャリアから、アンソロジストの濱田髙志が監修、カテゴリごとに系統立てて選曲・構成したメモリアルな5枚組CD-BOXセット。ヒット曲、話題曲をはじめ、TVドラマやアニメ、 映画の主題歌、映画音楽、CM曲やお蔵出しのデモトラックまで初音盤化音源29曲を含む全103曲を収録。 また、林哲司自身による収録曲の全曲解説や作品リスト、貴重なプライベートフォトを掲載したブックレットが封入される。

完全生産限定盤
品番:MHCL-30815〜30819
価格:¥14,850(税込)
発売元:ソニー・ミュージックレーベルズ
商品サイト

 

「林哲司 コロムビア・イヤーズ」ジャケ写

『林哲司 コロムビア・イヤーズ』

コロムビアから発表された林哲司によるアイドルソングやアニメ・特撮主題歌で編んだ珠玉の作品集。

「林哲司 コロムビア・イヤーズ」は、林が日本コロムビアで発表した楽曲を2枚のCDに分けて構成、DISC1 には主にポップスを(一部主題歌含む)、DISC2 にはアニメを中心とした主題歌を収録した。これによって、シティ・ポップとは異なる、作曲家・林哲司の新たな魅力の発見に繋がるのではないだろうか。本作は《TV AGE》シリーズで監修は濱田髙志。河合奈保子、島田奈美、国実百合、中村雅俊、八代亜紀、美空ひばり等への提供曲や、「ドラゴンボールZ」、「キテレツ大百科」の主題歌など全39曲収録。

品番:COCP-42041〜2(2枚組)
価格:¥3,630(税込)
発売元:日本コロムビア
商品サイト

 

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『ビクター・トレジャー・アーカイヴス 林哲司ビクター・イヤーズ』

林哲司がビクターから発売された作品の中から36曲を厳選収録(初CD化4曲)。石野真子、岩崎宏美、小泉今日子、酒井美紀、桜田淳子、松本伊代ら女性シンガーに提供した楽曲から、伊東ゆかり、堺正章、髙橋真梨子、松崎しげるらAORテイストを持つシンガーの曲まで、余すところなく収録した作品集。監修:濱田髙志。

品番:VICL-65895〜6
価格:¥3,630(税込)
発売元:ビクターエンタテインメント
商品サイト

 

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『林哲司 オリジナル・サウンドトラックス -Theme & Variations-』

林哲司が1980年代から2000年代にかけて映画・テレビドラマに書き下ろした珠玉のオリジナル・サウンドトラックを収録!

林哲司本人の選曲により選りすぐられた映画、テレビドラマのために作曲した映像音楽、オリジナル・サウンドトラックを集めたCD3枚組となる豪華作品集。「ハチ公物語」や「遠き落日」などの代表作から、今回のCDで初音盤化となる貴重な作品まで、林哲司の映像音楽を堪能出来るコンピレーション。

2023年11月15日(水)発売
品番:CDSOL-2017/19
定価:¥5,500(税込)
発売・販売:SOLID/ULTRA-VYBE

 

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『林哲司のポップス作曲法 改訂新版』

シティポップの名曲の数々を生み出したメロディメイカーが自作曲をもとに解説する実践的作曲法!

本書には、初心者にも優しくポップスの作り方を解説した実践的作曲法が満載。「一から楽典を学ぶ必要はない」など、アカデミックな作曲法ではない身近な曲の作り方を紹介しているので、誰でも気軽に始められるのが大きな特徴となっています。「真夜中のドア〜stay with me」(松原みき)、「September」(竹内まりや)、「ふたりの夏物語」(杉山清貴&オメガトライブ)、「思い出のビーチクラブ」(稲垣潤一)など、林哲司が自身の体験をもとに開示するリアルな作曲法は、きっと多くの人の参考になることでしょう。

判型:A5正寸
ページ数:224p
定価:2,420円(税込)
発行:リットーミュージック
商品サイト

 

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『Hayashi Tetsuji Saudade 50years with melody』

デビュー50周年・公式記念本。林哲司が紡いできた音楽の深淵へ誘う決定版!

2023年、デビュー50周年を迎えたシティポップを代表する作曲家・林哲司の公式記念本。夕刊フジ人気連載「ポップス半世紀」を再録。その音楽人生と名曲群に迫る。これまで多くの楽曲で共演してきた稲垣潤一、杉山清貴、菊池桃子、竹内まりやをはじめ、ヒャダインとのポップス談義など、貴重な対談・インタビューも収録。40ページ以上にわたる林哲司全作品リストは圧巻。巻末には、「北ウイング」(中森明菜)の林哲司直筆アレンジ譜を完全収録。ファンはもちろん、シティポップに関心のあるファン、必携の一冊。

編著者 林哲司 50th Anniversary Project
定価:¥5,720(税込)
判型:B5判
ページ数:208p(オールカラー)
発行:KADOKAWA
商品サイト

 

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『林哲司トリビュートアルバム サウダージ』

尊敬と愛を込めて。林哲司初のトリビュートアルバム発売決定!縁のある豪華アーティスト陣の新録カバー多数収録!

中森明菜、杉山清貴、中西圭三、中川翔子&ヒャダイントライブ(スペシャルユニット)、上坂すみれ、Pii、GOOD BYE APRIL、松城ゆきのがカヴァーアーティストとして新録で参加、更に過去にカバーされた林哲司楽曲でも選りすぐりのヒット楽曲をコンパイル。

林哲司を語るうえで代表的な楽曲を全12曲収録!

初回盤DVDには過去に作品化されていない林哲司のウルトラレア映像を収録!

VPCC-86470 ¥5,500(税込)
VPCC-86471 ¥3,300(税込)
発売元:パップ
商品サイト

 

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『ディスコティーク:ルーツ・オブ・林哲司』

林哲司の原点とも言えるディスコ・ミュージック作品集。ハッスル本多がプロデュースしたイースタン・ギャング、そして世界歌謡祭受賞シンガー、シューディの作品を収録。その洗練されたメロディと流麗なアレンジは後に林が手がけるシティポップ作品を彷彿。今回、シューディの代表曲「エクスタシー」2023年ヴァージョンSamurai mixをボーナス・トラックとして収録。

品番:VICL-65847〜8
価格:¥3,960(税込)
発売元:ビクターエンタテインメント
商品サイト

ヴァン・ポーガム出演情報

『都市浮遊』
Date: 2023/11/02 19:00-23:00
Venue: Spincoaster Music Bar Shinjuku
〒151-0053 東京都渋谷区代々木2丁目26-2 第2桑野ビル 1-C
Entrance Fee: ¥2000 + 1D
出演:Van Paugam (from Chicago)
Lady Keikei (Live)
ΔKTR
MARMELO
kissmenerdygirl

『The Different Genres Day』
30th Oct. Mon. / 2023年10月30日(月)
MIKA Bridgebook presents
Tokyo Disco: City Pop Edition
Special Live with DJ Van Paugam (from Chicago)

 

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