モーテルの消滅

 近年、国内では空前のホテル開発ラッシュを迎えている。新型コロナウイルスの感染拡大下では大きな打撃を被ったが、ホテル開発計画は全国で進展している。新しいホテルカテゴリーが導入され、以前からの宿泊業態も新しい感覚の施設が開発されている。

 そのようななか、同じホテル業態でありながら、国内で消滅しつつあるのが

「モーテル」

である。若い世代ではモーテルを見たことがない、名前も知らない人もいるかもしれない。

 モーテルとは車で利用するホテルのことで、

・モーターホテル
・モータリストホテル

の略である。モータリゼーションが発達している米国発祥の宿泊業態だ。ロードサイドに位置し、2階建ての場合もあるが主に平屋の客室が横に連なっており、個々の客室の目の前に駐車場が設置されている。

 フロントは敷地内に存在するが、ホテルのようなサービスはなく、施設の造りも簡素で、その分リーズナブルに利用できる。米国の映画やドラマによく登場しており、それで知っている人もいるだろう。

 日本では1957(昭和32)年頃から導入されたと言われ、1960年代に数を増やしていった。高度経済成長にともない労働者の所得が増え、車を持つ人が増えていった時代である。ドライブがレジャーの主流となっていった。しかし、なぜか国内においてモーテルは

「ラブホテルの用途」

で開発されている。もちろん、米国のモーテルでもそのような利用のされ方がない訳ではない。しかし、現在のシニア層を中心としてモーテルとラブホテルは“同義”と認識している人が多い。駐車場のあるラブホテルをモーテルと呼んでいる場合もあった。

海外のモーテル(画像:写真AC)

“秘匿”の時代に需要増

 モーテルの拡大はちょうどラブホテルが拡大した時期と重なる。

 それまで安価な旅館やホテルは“連れ込み宿”的な利用のされ方が見られた。ラブホテルやモーテルはその専用施設として開発されていった。モーテルは車で直接部屋の前まで行くことができ、他の人と鉢合わせすることが少なく、秘匿性が高い。そのため、ラブホテルとしての利用が活発になったと考えられる。

 国内では対面型のフロントを設けず、ラブホテルのように小窓で鍵を受け渡す形が多かった。また、入り口からのぞけないようにのれんのようなビニールの目隠しがつけられたりもした。

 場所も人目につきにくいところが多く、民家のまばらな地域で、幹線道路から入り込んだ場所に位置することもあった。地方の何もない道路を夜走っていると、暗闇のなかにモーテルへ誘導する看板が浮かび上がり、

「この先〇〇〇mに▲▲ホテル」

と何mおきに幾つもの看板を設置し、しつこく誘導する施設も見られた。

 今でもラブホテルに入るところを知人には見られたくないだろうが、当時は異常なまでに利用に人目をはばかった。当時と今では結婚や男女交際に関する規範意識が大きく異なっている。

 まだ見合い結婚が多く、婚前交渉はよしとされていなかった。また、既婚男性の貞操観念も決して高くなく、浮気もあった。当時の社会通念もあって、後ろめたい感覚があり、とにかく人目につかないように利用したい考えが強かったのだろう。モーテルは世間から隠れる場所としてちょうどよかったのだろう。

 モーテルは秘匿性が高いことにより、犯罪者が逃げ込んだりして犯罪の温床になりやすく、また、風紀が悪くなるとして地域住民の反対運動も持ち上がった。そのため、1972(昭和47)年の風俗営業等取締法の改正により、ラブホテルと類似した構造のモーテルの営業が規制されるようになった。

 それ以降、モーテルは数を減らしている。バブル経済以降はラブホテル自体も数を減らしてきている。若者のライフスタイルや志向が変化し、住環境も著しく改善された。シティホテルをラブホテルの用途で使うものも増えていった。

「フェアフィールド・バイ・マリオット 道の駅」のウェブサイト(画像:マリオット・インターナショナル)

ホテル開発ブームの背景

 今、ホテル開発が活況な背景にはインバウンドの急増があり、大都市や大型観光地などインバウンドの利用が見込める地域での宿泊業態で開発が拡大した。裏返せばインバウンドの利用が見込めない宿泊業態は開発が停滞している。

 インバウンドは公共交通を利用することが多く、車でなければ行けない場所への流入は限定的である。しかし、さまざまな経緯があったモーテルはともかくとして、車での利用が便利で安価に泊まれる宿泊業態は他の宿泊業態とは差別化できており、それなりの国内需要があるようにも感じる。

 現在、車での利用が便利な宿泊施設としては以下のようなものがある。

「フェアフィールド・バイ・マリオット 道の駅」は道の駅に併設されたマリオットブランドの宿泊施設。マリオット・インターナショナルでは2020年から積水ハウスと共同で「Trip Base 道の駅プロジェクト」を推進、その一環として展開している。施設によってはバスタブがなくシャワーだけのシンプルな構成で、宿泊料金は地域によって異なるが観光地でおおむね1万円〜2万円となっている。14道府県に29施設(2024年3月末現在、以下同じ)を展開。

 また、高速道路上には「ハイウェイホテル」がある。サービスエリアやパーキングエリア内にある宿泊施設で、高速道路から降りることなく利用できる。客室は簡素で、やや狭いビジネスホテルといった感があるが、宿泊料金はシングルで3000〜4000円程度、ツインで5000〜6000円程度とリーズナブルになっている。場所によっては施設内の温浴施設(別料金)も利用できる。ただし、高速道路上という場所のため施設内で酒類の販売は一切していない。現在、全国で8施設を展開。事業者は施設によって異なる。

 米国のモーテルの形態に最も近いのが「ファミリーロッジ旅籠屋」である。1995年から展開し、サービスを限定してリーズナブルに泊まれる宿として当時は話題となった。ロードサイドに位置し、外観も米国のモーテルを意識した造りになっている。寝泊まりするのに必要最低限の設備とし、基本は素泊まりだが、パンと飲み物の朝食を無料サービスしている。宿泊料金はレギュラールーム1名使用で4400円〜1万8700円、2名使用で7700円〜2万2000円。現在、全国73施設展開している。

「ファミリーロッジ旅籠屋」のウェブサイト(画像:旅籠屋)

手頃な宿泊先としての可能性

 コロナ禍前にはオリンピック開催もあって宿泊料金が高騰していたが、現在も物価上昇の影響に加え、コロナ禍が収束に向かいインバウンドが急増していることから宿泊料金が上昇しはじめている。

 そのため、ファミリーやグループでの国内旅行やビジネスでの宿泊は予算が圧迫される状況になってきている。高額志向のベクトルに偏重するだけではなく、手軽に安く泊まれるベクトルでも宿泊業態の開発を期待したい。

 これからの行楽シーズン、ドライブに出掛けるのならば比較的リーズナブルに泊まれる上記のような宿を利用してみてはどうだろうか。