2023年10月11〜22日にわたり、東京芸術劇場シアターウエストで行われた「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo〜時を越える舞台映像の世界〜」。コロナ禍に舞台芸術業界への緊急支援として立ち上がったEPADの、アーカイブ収集・利活用事業の一環として行われた今回の上映会で、舞台芸術作品の映像アーカイブはどのような鑑賞体験をもたらしたのか。会期中に見えてきた、収録や上映の方法、視聴環境などによる多様な鑑賞のあり方をレポートする。

■現代の最新技術を投影。8Kによる高品質上映

今回上映された8作品のうち、6作品がEPADの新規映像収録サポート事業によって8K・定点で撮影されたもの。8K画質は、ふだん私たちが家庭用テレビなどで目にする2Kハイビジョン映像の16倍の画素数で、人間の視界に近いとも、人間の認識できる視界を越えた画質とも言われている。今回の上映会においても、最前列で観ても画質が荒いと感じるところはなく、舞台奥に立つ人物の表情や小道具、衣装の質感といった細部までボケずに視認できるのはもちろん、霧や薄い布越しの映像といったレイヤー状の演出についても繊細に再現されていた。

また定点映像により、舞台の全景が一望でき、劇場前方中央付近の席の視界が再現されることで、没入感がいっそう増す。実際に会場では、複数の作品で、映像上の観客と同タイミングでの拍手が起こった。上演時の舞台上だけではなく、作品に感動し、カーテンコールで俳優たちをもう一度呼び戻したいと願う客席の温度感まで伝わる上映会となっていた。編集の入らない定点映像について、14日に行われたトークイベント「収益強化における舞台映像の可能性を語る」に登壇したPARCOの佐藤玄氏は、「演出家の目線にも近いものが記録として残る」と、作り手にとっても実際の公演に近い記録が残るのは望ましいことだと語った。トーク相手である東宝株式会社の松田和彦氏は、学校や大都市ではない地方などこれまで公演できなかった場所で、実際の演劇に近いものを観てもらう機会が生まれる、と期待を寄せた。

いっぽう、ハイビジョン多カメラで撮影された、た組「綿子はもつれる」や維新派「トワイライト」についても、上映時は8Kにアップコンバートされ、当然、画質に見劣りは感じない。複数カットを編集した多カメラ撮影は、定点と比べると映画やドラマに近い映像になるが、画面のなかで起きている“やり直しのきかない緊張感”は観客にも共有される。物語を追うと同時に、その場にいる俳優の存在感も味わいながら時間をともにしているこの感覚は、やはり映画とは異なる演劇的な体験だと感じた。

「綿子はもつれる」では、安達祐実演じる綿子を中心に、関係が破綻しかけている夫(平原テツ)や、彼女と不倫関係にある木村(鈴木勝大)たちの、嘘や秘密、口にはしない強い感情を想起させる物語が展開された。特定の人物、その表情などがクローズアップされることで、解きほぐせない人間関係のなかで懊悩する登場人物たちの繊細な演技がしっかりと伝わった。野外劇ならではの、日没時の光と影のコントラストや、降りしきる小雨など、映像美あふれるカットが強く印象を残す。複数のカットをつないで映像として見応えのある映像作品にすることは、その場で観た観客の実際の視点とは確かに異なるものだが、記憶と記録のあわいで作品を残す営みの最良の結実の一つでもあると感じられた。

「トワイライト」は、野外劇ならではの、日没時の光と影のコントラストや、降りしきる小雨など、映像美あふれるカットが強く印象を残す。
複数のカットをつないで映像として見応えのある映像作品にすることは、その場で観た観客の実際の視点とは確かに異なるものだが、記憶と記録のあわいで作品を残す営みの最良の結実の一つでもあると感じられた。

なお今回の上映会では、いずれもイマーシブサウンド、立体音響で上映された。EPADでは「ステレオ音源の左右だけではなく、前後と高さを加え立体的に音を表現することで、公演時の「劇場空間を再現」すると説明されている。特に、先の「トワイライト」上映では、同作の音響をつとめ、本イベントのイマーシブサウンドデザインでもある田鹿充氏により、うねるような音響空間が構成された。公演が行われた奈良県曽爾村の運動場にいるかような臨場感の発生には、映像だけでなく音響の効果も大きいと、改めて意識する体験となった。

■あらゆる人が舞台を楽しめる、ユニバーサル上映

本イベントでは、THEATRE for ALL(株式会社precog)が企画・運営したユニバーサル上映会および参加型トーク「みんなでかんじる・かんがえる」も随時開催された。鑑賞時に利用できる、字幕ガイドや音声ガイドなどの各種サポートのほか、暗闇や長時間の着席といった状況でなくても鑑賞できるよう、ロビーでの視聴環境も整えられていた。10月19日のマームとジプシー「cocoon」上映では、字幕ガイドに加え、2名の手話弁士が映像に合わせ手話通訳を行った。上映後トークに参加したTA-net理事長の廣川麻子氏は、字幕に加え手話が入ることで、俳優の息遣いや感情、雰囲気など作品の細部をより正確に伝えることができると、その意義を語った。

上映後の参加型トークの壇上では、サポートを利用した参加者が、それぞれ観劇の感想や、異なるサポートを受けたり、サポートなしで観劇した観客はどう感じたかなど、活発な対話を繰り広げた。劇中で用いられる特徴的な効果音に対する字幕ガイドでの表現(「綿子はもつれる」上映後トーク)や、現在と過去が入り交じる演出を手話でどのように表現するか(「cocoon」上映後トーク)といった、作品とそれを伝えるための鑑賞支援について、字幕ガイド作成者や演出家を交えながら、作品の演出意図やテーマへの理解を深めるトークも展開された。

このトークはリアルタイムでUDトークアプリに文字起こしされて読むことができ、質問や感想も同アプリから投稿できる仕組みとなっていた。鑑賞後、ひとりで作品の良さをしみじみ噛みしめる時間も間違いなく豊かだが、同じ時間を過ごし、さまざまな方法で観劇した鑑賞者たちと感想をシェアし、対話する時間は、作品への新たな解釈や気づかなかった魅力の発見をうながす、創発的な試みとなっていた。

■近年の話題作から過去の貴重な作品まで。個人で楽しめる鑑賞ブース

イベント会期を通じて会場ロビーに特設された鑑賞ブースは「観たい時に、観たい舞台作品の映像が観られる”演劇図書館”」として、EPAD収蔵の舞台映像から、宮城聰氏、岡室美奈子氏、徳永京子氏、横堀ふみ氏の推薦作品とEPADセレクション合計22作品を、3時間の予約枠のなかで自由に選びブースで鑑賞することができる。ブースは衝立で仕切られ、視界いっぱいに広がる大きなモニターを独り占めし、ヘッドホンをつけて鑑賞に集中できる作りになっている。

今回選ばれた22作品は、ままごと「わが星」(15)やイキウメ「散歩する侵略者」(17)など近年の話題作はもちろん、こどもの城 青山劇場・青山円形劇場「転校生」(94)や劇団 夢の遊眠社「野獣降臨」(87)など、映像資料として貴重な作品も観ることができる。ソフト化していない作品もラインナップされているとあって、ブースの予約開始から一日で全予約枠が満席になったそう。2席設けられたブースの初回の予約枠では、平田オリザ演出版「転校生」と飴屋法水演出版「転校生」が並んで観られていたという、演劇ファンとしてはたまらない偶然も起きたという。

作品のなかには、当時のテレビ放送映像のみ残っているものもある。セレクトを行った宮城聰氏は、福井健策氏とのトーク(21日、東京芸術祭2023×EPAD「時を越える舞台映像の世界」)のなかで、演劇界で神話的に語られる、ピーター・ブルック演出「マハーバーラタ」の1985年初演も、映像としては数十秒のニュース映像しか見つけられなかったことや、舞台の演出を学ぶには名演出家の作品映像を観るのが参考になるが、演劇の性質上難しく苦労したことを、自身の経験を踏まえて語った。福井氏は、文学や音楽に比べ、作品自体の保存ができない演劇のスピード感を「50年前が伝説になってしまう」と表現。現代の技術で高品質映像として残すことが、未来の演劇にとって意味があることだと語った。この鑑賞ブースはその後、三重県総合文化センターで12月17日まで設置された。

コロナ禍での、人が集まることのできない状況、それに伴うエンターテインメントの危機はまだ記憶に新しいが、現状、演劇を観るために劇場に人が戻りつつあることも確かだ。今回の上映会は、これまでのEPAD事業が提示した「劇場に行けなくても映像を」という選択肢だけでなく、誰と・いつ・どんな映像を・どんな方法で観るのか、あらたな可能性を感じさせ、鑑賞体験を広げるヒントがいくつも提示された。時間も空間も越えて、名作を鑑賞する機会が生まれている。現在そして未来の観客、作り手、劇場が、演劇を楽しむチャンスはいくつもあると確信した上映会だった。


取材・文/北原美那