3月15日より日本で公開中の『ビニールハウス』。主人公のムンジョンはビニールハウスで暮らしながら、少年院にいる息子と一緒に暮らすことを夢見て、盲目の夫テガンと重度の認知症を患う妻ファオクの老夫婦の訪問介護士として働いていた。ある日、風呂場で暴れていたファオクは、ムンジョンと揉み合う最中に転倒して息絶えてしまう。息子との未来を守るためムンジョンが選択した道は…。

本作を観てまず驚くのは、表情や髪の毛までにも覇気がないムンジョンが、あの堂々とした強い女性像のイメージを持つキム・ソヒョンだということ。しかし静かに破滅へと向かう一人の女性にゆっくりと引きずられていくのだ。悲劇を生む新たなキャラクターは彼女によって何の違和感もなくあっという間に消化される。キム・ソヒョンは大鐘賞など主要映画賞の主演女優賞など6冠に輝いた作品で、思わず「えっ」と声が漏れてしまう衝撃のラストにぜひとも立ち合っていただきたい。

■長い下積みを経て大ヒット社会派サスペンス「SKYキャッスル」でブレイク!
キム・ソヒョンの代表作は「SKYキャッスル〜上流階級の妻たち〜」(18)。韓国で最難関とされる大学への合格率100%を誇る冷酷な入試コーディネーターのキム・ジュヨン役で一躍ブレイク。富裕層の中でも選ばれし者しか住めないSKYキャッスルを舞台にした熾烈な受験戦争を描き、キーマンであり悪役を演じた。オールバックに笑顔を一切見せない強烈なキャラクターは韓国でパロディが流行するなど大きな話題を呼ぶ。シンドロームを巻き起こした本作は、第55回百想芸術大賞でキム・ソヒョンも主演女優賞にノミネートされ4冠を獲得。日本でも話題となり、彼女が知られるきっかけとなるドラマになった。

韓国で広く名を知らしめたのが「妻の誘惑」(08)だ。2008年の韓国ドラマを代表する泥沼復讐劇は“マクチャンドラマ”とも呼ばれ、ありえないと分かっていてもドロドロの展開にハマる人が続出。キム・ソヒョンは主人公の夫と不倫するシン・エリ役で瞬く間に話題となり、怒鳴って泣き叫んで嘲笑って壊れていくザマを惜しげなく演じて凄まじい悪役っぷりを披露。2009年SBS演技大賞連続ドラマ部門の演技賞を受賞し、韓国ドラマ史に残る悪女として名を刻む。本人も役にのめりみすぎて苦労したと語るが、女優としての実力を見せつけた。

1994年にKBSの公開採用に合格してデビューしたキム・ソヒョンは今年で俳優キャリア30周年を迎える。当初は出演作品が続くものの脇役が多くあまり注目されなかった。2004年に最高視聴率50%を越えて社会現象を起こした「パリの恋人」に主人公の御曹司の元妻役で登場しても日の目を見ないまま。トーク番組ではその時の思いを「挑戦するチャンスがなくてつらかった」「出演時間が少なくても私は主人公だった」「10歩ではなく一歩ずつ進んでここまで来た」と目に涙をにじませながらも、前向きに語っていた。そしてキャリア約20年にして初の時代劇に挑戦したのが、「奇皇后〜ふたつの愛 涙の誓い〜」(13〜14)。皇太后役では美しさで圧倒しながら後宮での権力争いの物語を見せた。日本でもリメイクされた「グッドワイフ〜彼女の決断〜」(16)では法律事務所の代表、「偉大な誘惑者」(18)では医療財団の理事長と、安定感がある実力派の役者の中に名前を連ねるようになる。


■クールな魅力の反面、人間味あふれるキャラクターでの演技力が光る
キム・オクビンが主演した『悪女/AKUJO』(17)では主人公を殺人兵器に育てる教育係役を務め、第70回カンヌ国際映画祭のレッドカーペットを歩く。キム・ソヒョンはミスコリア江原の経歴があり、スタイルがいいだけでなく端正な顔立ちに美しさとクールさを持ち合わせている。この時も爽やかなブルーのスーツを着用しファッションも注目されていた。初の単独主演となった「誰も知らない」(20)では、ソウル地方警察庁・広域捜査隊強力チームのチーム長という正義感あふれる有能な刑事役を演じる。少年の転落事故と19年前の連続殺人事件が絡みあう重々しいミステリーサスペンスではあるが、彼女が見せる優しさがヒューマンドラマへと変えていく。また中学生の親友との関係性も見どころだ。キム・ソヒョンのカッコよさを堪能できるドラマで、SBS演技大賞のミニシリーズアクション部門最優秀演技賞を受賞した。

財閥ドラマ「Mine」(21)ではイ・ボヨンとダブル主演で注目される。偏見にまみれた世の中に知性、強さ、覚悟を持って立ち向かう女性たちのストーリーだ。財閥グループの長男の妻ソヒョン役で、この作品でも鍵を握る人物を演じる。自身も財閥出身で生まれた時から上流階級の人間であり品位と知性を兼ね揃え、一家で起きる問題をコントロールしている裏の権力者だ。感情を表に出すタイプではなく影があり緊張感をうまく表現している。解放されていく彼女の演技も印象的で最後まで見届けてこそソヒョンが胸に秘めた思いが知られる作品だ。

角田光代原作、2014年に宮沢りえが主演で映画化された「紙の月」。韓国ではドラマ版にリメイクされキム・ソヒョンが主演を務めた。夫に軽視され息苦しい毎日を過ごしていた主人公が銀行の契約社員として働くことになり、幸せを探すはずが横領に手をつけてしまい取り返しのつかないところまできてしまう。オファーがくる前から原作に愛着を抱いていたキム・ソヒョンに巡り巡って配役が決まったという裏話があり、本人にとっても思い入れのある本作はアジア太平洋スターアワードの中編ドラマ女優優秀演技賞を受賞。『ビニールハウス』のように、どこか事情を抱えた人の脆さが引き起こしてしまった未来とその過程を巧みに演じている。

悪役や影のあるキャラクターに定評がある一方で、妻を演じるキム・ソヒョンも見逃せない。『アトリエの春、昼下がりの裸婦』(16)はベトナム戦争真っ只中の1960年が舞台で、全身麻痺が進行する彫刻家の夫を支える妻役として登場。夫に生きる希望を与える献身的な妻の姿、夫婦間の揺るぎない愛を見せてくれている。マドリード国際映画祭の外国語映画部門最優秀主演賞を受賞したアート映画で、キム・ソヒョンのまた違った美しさが際立つ。

WATCHAオリジナルドラマ「今日は少し辛いかもしれない」(22)では「浪漫ドクターキム・サブ」シリーズのハン・ソッキュと夫婦役で出演。ガンで余命宣告を受け、徐々に食事ができなくなってしまう妻ダジョンのために一度も料理をしたことがなかった夫が不器用ながらも健康に気遣ったレシピを考えながら妻に尽くす。愛情たっぷりのご飯が人生を豊かにして静かにゆっくり毎日が進む一方で、体が虫ばまれていく現実も描かれているからつらい。けれど気持ちが覚めていた夫を受け止めるダジョンの心の変化にも嬉しくて心が温まる。優しさにあふれた家庭の食事を通して夫婦や家族の絆を確かめ合う、切なくてほっこりする良質なドラマにも彼女の魅力が光っているのだ。

細かいキャラクター分析を惜しまない女優キム・ソヒョン。「SKYキャッスル」の入試コーディネーター役では素材違いの黒の衣装を何パターンもスタッフと打ち合わせした話は有名だ。そしてストイックでありながらチャーミングな一面もあるのがキム・ソヒョンである。二次会のカラオケに参加するために飲み会に出席するほど大のカラオケ好き。バラエティ番組などでは音楽に合わせてノリノリで歌ってる姿も。


韓国で2月に公開されたユン・ヨジョンとユ・ヘジン主演の『ドッグ・デイズ(原題)』では動物病院を運営する獣医師として出演。愛犬を通じて出会った人たちの人生逆転物語で、主人公とのロマンスもあるとか。これからもキム・ソヒョンの隠れた魅力が発見できるような作品と出会えることに期待している。

文/ヨシン