36人を殺害した連続殺人鬼の捜査の顛末を予想外のツイストのある物語で描くロシア産サスペンススリラー『殺人鬼の存在証明』(公開中)。実話に基づいたダークなストーリーが展開する本作で、凄惨な事件を起こす殺人鬼のモデルとなっている“ロストフの切り裂き魔”ことアンドレイ・チカチーロをご存知だろうか?

■シリアルキラーを研究して生まれた『殺人鬼の存在証明』の犯人像

1980〜90年代、ソ連時代のロシアを舞台に10年以上にわたって犯行を繰り返す連続殺人鬼を追う警察の捜査が、現在と過去を行き来しながら描かれる『殺人鬼の存在証明』。

1991年、男に襲われた女性が森の近くで保護される。「犯人は私を殴って、口に土を詰め込んだ」という、かつて36人を殺して世間を騒がせた連続殺人犯による犯行を示唆するこの証言から、すでに捕まっていた犯人は誤認逮捕だったことが判明。当時の捜査責任者だったイッサ(ニコ・タヴァゼ)は再び捜査にあたり、かつて容疑者として捜査線上に上がっていたアンドレイ・ワリタ(ダニール・スピヴァコフスキ)こそ真犯人だと確信するが…。

ある特徴を持った女性ばかりをねらい、森へと誘い出しては口に土を詰め、ナイフでめった刺しにして殺すという、残忍かつ卑劣な犯人像が描かれる本作。監督・脚本のラド・クヴァタニアは数々の連続殺人犯を研究し、当時働いていた刑事や精神科医、犯罪学者にインタビューをしながら殺人鬼の人物像を構築したとか。なかでもキャラクター像のベースとなっているのが、アンドレイ・チカチーロだ。

■殺しから性的快楽を得た猟奇的殺人鬼チカチーロ

アンドレイ・チカチーロは、1978年から1990年にかけ、ソ連時代のロシアで50人以上もの女性と子どもを殺害し、1994年に死刑が執行された“ロシア史上最悪”とされるシリアルキラー。

多くのシリアルキラー同様に、自分よりか弱い女性や子どもの命を奪い続けたチカチーロだが、犯行の原因の一つとされているのが女性関係における勃起不全だ。もともとシャイな性格で人間関係の構築が苦手だったというチカチーロは、このコンプレックスに悩まされ、不全に対する女性の反応や恋人がこのことを友人に相談したことなどをきっかけに女性への憎悪を募らせていく。

同時に、暴行により性的興奮を覚えることに気づくと病みつきになり、犯行を重ねていくことに。おもな犯行手口は、人気のない森などにターゲットを誘い出してからロープで体の自由を奪い、声を出されないように口に土を詰め、ナイフを性器に見立ててめった刺しするというもの。さらに眼球や性器をナイフでえぐり取るなど凄惨極まりない。

『殺人鬼の存在証明』の犯人もまた勃起不全というバックグラウンドを抱えており、犯行の手口などはチカチーロそのもの。さらには離婚歴や逮捕されながらも証拠不十分として釈放されていたという点、教員として働いていた経歴など多くの共通点が盛り込まれており、犯人像にリアリティを与えている。

■スターリン政権が殺人鬼を生みだした?壮絶な幼少期とは

本作だけでなく、これまでにも多くの作品のモチーフとなってきたチカチーロ。代表的な作品の一つが『チャイルド44 森に消えた子供たち』(15)だ。

トム・ロブ・スミスのミステリーを映画化した本作。1950年代を舞台に子どもをねらった連続殺人事件が発生し、陰謀により田舎に左遷されたエリート将校が「共産主義では連続殺人事件は発生しない」と主張する国に追われながら、その真相に迫るというもの。猟奇的連続殺人、ロストフという舞台など、チカチーロを想起させる要素が散りばめれられているが、なかでも重要なキーワードとして語られるのが、1930年代にスターリン政権下のソ連・ウクライナで起きた大飢饉「ホロドモール」だ。

ウクライナ生まれのチカチーロが幼少期に経験したこの大飢饉は、ソ連が統治していたウクライナの農村から食料を没収したことを発端に数百万人の死者が出た人為的なもの。人肉を食べることもあったという壮絶さで、真偽は定かではないが、チカチーロも兄が隣人に殺されたと語るなど、彼の人格形成における重要な背景の一つとされている。

ディテールは違えど『チャイルド44 森に消えた子供たち』でも、この背景を通じて犯人の人物像が形成されていったことが克明に描かれている。そういった部分でもチカチーロが劇中の犯人のモチーフになっているのだ。

チカチーロをストレートに扱ったHBO制作のテレビ映画『ロシア52人虐殺犯 チカチーロ』(95)など、起こした事件の衝撃度の高さから数々の作品で取り上げられてきたアンドレイ・チカチーロ。興味がある人は、覚悟して『殺人鬼の存在証明』をチェックしてみてほしい。

文/サンクレイオ翼