平安時代に実在した陰陽師、安倍晴明の活躍を描いたベストセラー小説「陰陽師」シリーズ。その原作者・夢枕獏の全面協力のもと製作された『陰陽師0』(公開中)は、「アンフェア」シリーズ、『K-20 怪人二十面相・伝』(08)の佐藤嗣麻子が監督&脚本を務め、平安時代に実在した呪術師、安倍晴明の学生時代をオリジナルストーリーで描く。凶悪な呪いと陰謀に対峙する若き日の晴明に扮しているのは山崎賢人。“陰陽師になる前”という、誰も見たことがない新しい晴明像はどのように作られたのか。山崎と佐藤監督に撮影を振り返ってもらった。

■「最初に考えたのは晴明を演じるための引き出しを作ることでした」(山崎)

――若き日の安倍晴明を描くにあたり、佐藤監督はなにをイメージしたのでしょうか?

佐藤「(夢枕)獏さん自身が、安倍晴明は平安時代のシャーロック・ホームズと言っています。私はホームズもものすごく好きで読んでいたので、すでにおじさんのホームズを若くしたらどんな感じかなと思いながら作りました。ホームズの変人感というか、嫌な感じを出してほしいと(山崎に)リクエストしたけれど、あまり嫌な感じにならないように、すごく気をつかって演じてくれました。だよね?」

山崎「バディの(源)博雅とのやりとりがかわいらしく見えたらいいなという想いがあって。それに、今回の晴明は自分の親(の死)のことを乗り越えていないというのがあったので、嫌な感じを強くしてしまうと乗り越えるシーンで“コイツ、性格悪いからな”と思われたくないというのもあり、見せ方や塩梅は結構考えました」

佐藤「山崎さんは、実はいろいろと考えているのを現場ではあまり話してくれなくて(笑)。内緒でいろいろやるよね?」

山崎「あの時はまだ言語化できてなかったので伝えられなくて(笑)」

佐藤「いろいろなことを内緒にしている人(笑)。あとからインタビューなどで『そうだったんだ!』って知ることが多いんです。それもまたおもしろいけれど」

――夢枕先生が本作は青春物語ともおっしゃっていました。

佐藤「獏さんのシリーズでは晴明と博雅は長い友達という関係性。今回はバディものとして描きながらシリーズにつなげていく物語なので、立場の逆転のことばかりを考えながら作っていました」

――山崎さんは、安倍晴明にはどのようなイメージを持っていましたか?

山崎「事実だけを見ている人。媚びないし、ウソも言わない。どこか掴めない感じが“狐の子”と呼ばれる理由の一つなのかなと。ちょっと人間離れしたイメージがありました」

佐藤「いままでやったことのないような役じゃない?」

山崎「そうですね。自分のなかにある引き出しで簡単にやれる役ではないと思いました。最初に考えたのは晴明を演じるための引き出しを作ることでした」

――これまでになかったものを出した感じはありますか?

山崎「あります。あるんですけれど、そこに辿りつくまで、見つけるまでが大変だったなって思います。例えば晴明はクールみたいにわかりやすくできないタイプ。いまの晴明になっている理由、塩梅を考えるのはすごくおもしろかったけれど、正直大変な作業でもありました」

佐藤「難しかったけれど、引き出しは増えた?」

山崎「はい、増えました」

■「今回の晴明は地に足がついていない感じがよかったと思っています」(佐藤)

――新しい安倍晴明を作り上げる過程で印象に残っている現場のやりとりはありますか?

佐藤「撮影は1年くらい前だけど、覚えている?」

山崎「染谷くんとのワークショップで、監督から晴明と博雅の役を入れ替えて演じるように提案されたことがすごく印象に残っています」

佐藤「同じセリフでシチュエーションを変えてやってみるってやつね。2人がどんな演技をするのか、お互いにどういう反応をするのか見てみたかったので」

山崎「すごくおもしろいワークショップでした」

――染谷さんとのお芝居はいかがでしたか?

山崎「最高でした!染谷くんは僕のデビュー作のドラマ『熱海の捜査官』でもご一緒していて。15年くらい前だったのですが、年は2つしか変わらないのに、当時からものすごく落ち着いていて、演技も本当にうまいなって思っていました」

佐藤「ワークショップで役の入れ替えをやっている時に、『染谷くんから盗んでやろう!』って思ってたってインタビューで言っていたよね?」

山崎「なにかを盗んでやろうって、ずっと思っていました(笑)。染谷くんは本当にすごくて、瞬時にいろいろなパターンの演技に変わるのを目の前で見られたのはすごく刺激になりました。なるほど!ってなることが多かったです」

――真似できそうって思ったものはありましたか?

山崎「真似したい、盗みたいと思ったことはたくさんありました。特にわざとらしくやりすぎないところがすごいなと。染谷くんと対談した時に、『地に足をつける、その足をつける場所を見つけるのがうまい』みたいなことを言っていて。それか!って納得しました。まずは地に足をつけた芝居を身に付けたい、真似したいと思いました」

佐藤「でも、今回の晴明の場合は地に足がついていない、というと違う意味に取られてしまうかもしれないけど、どこかに魂が飛んでいきそうな感じが良くて。博雅の役目はそんな晴明のアンカーになって地にとどめること。だから、今回の晴明は地に足がついていない感じがよかったと思っています」

山崎「ありがとうございます!」

――呪術監修の加門七海さんが、山崎さんの指の美しさが“印”をより一層美しく見せているとおっしゃっていました。“印”のシーンの撮影はいかがでしたか?

山崎「正直、結構難しかったです。指の体操やストレッチもかなりやったし、練習もたくさんしました。オリジナルの印の形、すごくカッコよくていいですよね」

佐藤「手だけが映った特報では、ファンの人がすぐに山崎さんの手だと気づいて。手だけでわかるんだなって驚きました」

■「山崎さんは走るのが速すぎて、スタッフが誰も追いつけないんですよ(笑)」(佐藤)

――山崎さんのアクションも見どころですが、これまでやってきたアクションとはだいぶ雰囲気が違う印象でした。

山崎「無重力ではないけれど、戦って倒しているというのではなく、いなしているというか。そこがすごく晴明っぽいと思いました。人間離れしていて、ちょっと浮いてジャンプして捕まえていくとか、すごく楽しかったです」

佐藤「ほかの作品の『ぶっ倒してやる!』みたいな時のアクションとはどう違うの?なにか気持ちとかが違うみたいな?」

山崎「全然違いますね。相手を倒さなければいけない戦いのシーンでは『倒してやる!』と目の前の相手を目がけて突き進む感じだけど、晴明の場合は『全然、倒せるけれど?』みたいな感じでちょっと余裕がある感じです。目の前の相手は見ていなくて、例えばその先の助けたい対象である博雅に気持ちが向かっています。その場のことを考えるのではなく、常に先を見越して前に進んでいる印象があります。そういう気持ちでのアクションになっています」

――フィギュアスケートをイメージしたアクションシーンとのことでしたが、佐藤監督のオーダーだったのでしょうか?

佐藤「普段はもっと重力感を出したり、ワイヤーを使ってズンと落とすみたいな演出をしたりするのですが、今回の場合は晴明が呪術師であること、そして“狐の子”のイメージもあるので、『重力はない感じで』とリクエストしました。ちょうどオリンピックの時期で、羽生結弦さんのスケートを見たアクション監督がひらめいたらしいです」

山崎「アクションのビデオコンテを見た時、すごくおもしろいなと思いました。でも、演じる時にはスケートはそこまで意識しなくてもいいかなって。浮いているような動きは氷上だからできることで、実際の晴明は地上で戦うので…」

佐藤「砂利の上でね(笑)」

――靴が違うだけでも変わりそうですね。

山崎「そうなんです。だから、氷の上でやるフィギュアスケートを砂利の上で、平安時代の衣装でのアクションに変換していることがおもしろく感じたし、晴明ならこの動きはありかもと納得できました」

――晴明のアクションとしてしっくりくる感じでしょうか。

山崎「ですね。晴明のキャラクターにも衣装にもすごく合っていたと思います。揉み合って殴ってみたいなアクションだったら、あちこちひっかかったり、破けたりしそうだし」

佐藤「回転したりすると、衣装がふわっとなってすごく綺麗だったよね?」

山崎「すごく合っていたと思います。ただ、さばくのは結構大変でした…」

佐藤「袴がよく引っかかっていたね(笑)」

山崎「裾を踏んでしまって。烏帽子の高さも結構あるので、ぶつからないように気をつけて動くのが意外と大変でした」

佐藤「でも、ものすごく動きが上手だった!」

山崎「平安時代の人の動きに見えるよう、腰から落としてぶつからないように意識して。あとはやっぱり走るのが大変でした」

佐藤「かなり走らせたけれど、普通はあの装束で走ることはないからね」

山崎「火の龍から逃げる時の全速力の走りはどうしようか、結構考えました」

佐藤「あと山崎さんは走るのが速すぎて、スタッフが誰も追いつけないんですよ(笑)。全速力に見えるように速度を落としてとお願いはしたものの、すごく難しかったと思います。今回、いろいろ難しいリクエストをした気がします」

■「今回の晴明ってちょっと僕と似ているかもしれないですよね」(山崎)

――いろいろと難しいリクエストをするなかで、佐藤監督が感じた山崎さんのすごさを教えてください。

佐藤「実はいろんなことをやっているのだけど、すべてさりげないところ。さりげなさすぎて現場では気づかないこともありました。編集しながら『すごいことやっている!』って驚いたこともたくさんあります。例えば、最後のバトルシーン。無表情っぽく見えるけれど、無表情とは違う。微妙な表現がすごくうまいと思ったし、あのシーンは本当にかっこよかった」

山崎「よかった。うれしいです!」

佐藤「晴明は人間離れしているので瞬きをしないようにお願いしました。スモークをいっぱい焚いているシーンだったから、目が痛かっただろうし、すごく大変だったはず。地味で地道な努力をしてくれる人だと思ったし、表面には出さないけれど、実はかなりの負けず嫌いなのかなと思ったりもしました」

山崎「晴明は感情をわかりやすく出す人ではない。静かなる怒りのようなものは絶対出したいなと思っていました」

佐藤「晴明の怒り、すごくよく出ていたし、本当にかっこいいシーンになりました。みんなが見たことのない安倍晴明、山崎さんならではのかっこよさが出ていると思います。山崎さんじゃなかったら、あのちょっと人間離れした感じは出なかったかもしれない。もうちょっと生っぽくなったんじゃないかなって。この世とあの世の間くらいにいる人、その感じは山崎さんだから表現できている感じがします」

山崎「ありがとうございます。なんか、今回の晴明ってちょっと僕と似ているかもしれないですよね」

佐藤「呪術監修の(加門)七海さんも、山崎さんは魂を半分どこかに置いてきている感じってずっと言っていて。そういう感じがあるなと私もずっと思っていました」

山崎「それは晴明としてはOKという理解で大丈夫ですか?」

佐藤「もちろん!」

山崎「よかった(笑)」

佐藤「ほかの役者さんは魂を半分置いてこない。みんなちゃんと魂が入った状態で来る!」

山崎「でも晴明としては大丈夫なんですよね?」

佐藤「大丈夫、大丈夫。完璧です!(笑)」

取材・文/タナカシノブ

※山崎賢人の崎は立つ崎(たつさき)が正式表記