原子1個分の厚みの金シート
原子1個分の厚みの金シート / Credit:Shun Kashiwaya(Linköping University)et al., Nature Synthesis(2024)

金に銀や銅を混ぜて薄く引き伸ばした「金箔」は、仏像・工芸品の装飾として、また料理に振りかけるなどして用いられています。

この金箔は想像以上に薄く、その厚さは0.0001mmです。ただ、それでもこれは金原子500個分の厚さがあります。

しかしこの度、スウェーデンのリンショーピング大学(Linköping University)に所属する柏屋駿氏ら研究チームが、原子1個分の厚さしかない極限まで薄い金シートを作り、単離することに世界で初めて成功しました。

いわば「究極の金箔」とも言えるこの極薄の物質には、大きな可能性が秘められています。

研究の詳細は、2024年4月16日付の学術誌『Nature Synthesis』に掲載されました。

目次

  • 原子1個分の厚さしかないシート状の物質
  • 偶然発見された原子1個分の厚さの金シート「ゴールディン」
  • 100年前の日本の鍛造技術を応用して「究極の金箔」の単離に成功

原子1個分の厚さしかないシート状の物質

原子1個分の厚さしかないシート状の物質として有名なのは、炭素原子のシートである「グラフェン(graphene)」でしょう。

私たちの身の回りに存在する一般的な物質は、無数の原子が積み重なってできています。

グラフェンの分子構造モデル
グラフェンの分子構造モデル / Credit:Wikipedia Commons_グラフェン

一方で、このグラフェンは、その原子の積み重ねが無く、原子1個分の厚みしかありません。

当然、グラフェンの厚さは1nmと極めて薄く、また透明です。

そしてグラフェンの特徴は、単に薄いだけではありません。

なんとダイヤモンドに匹敵する強度を持ち、電気の伝導率は銅の10倍とトップクラスなのです。

グラフェンのような原子1個分の厚さしかないシート状の物質は、「2次元物質」とも呼ばれており、上述の通り、よく見られる物質と同じ化学組成であっても、その性質は大きく異なります。

そのため、有用な性質を持つ物質を求め、様々な2次元物質の作成が試みられてきました。

実際これまでに、ケイ素の2次元物質「シリセン(Silicene)」、スズの2次元物質「スタネン(Stanene)」などが生成され、科学者たちの注目を集めてきました。

金箔の写真。この金箔よりもさらに薄い金シートとは!?
金箔の写真。この金箔よりもさらに薄い金シートとは!? / Credit:Canva

そして今回、柏屋氏ら研究チームが作成に成功したのが、金の原子1個分の厚さしかない2次元物質「Goldene」です。

このGoldeneは、今のところ、日本語で「ゴールデン」「ゴールディン」などと呼ばれています。

(本記事では、「ゴールディン」という呼び方で統一します)

では、このゴールディンはどのようにして作られたのでしょうか。

偶然発見された原子1個分の厚さの金シート「ゴールディン」

科学者たちは長年、原子1個分の厚さの金のシートの作成を試みてきました。

しかし金の2次元物質を作り出すのは簡単ではありません。

仮に作り出せたとしても、金の2次元物質は非常に不安定であり、丸まって塊になろうとする傾向があるため、これまで成功していませんでした。

柏屋氏ら研究チームは、当初、ゴールディンの作成とは別の実験を行っていた。
柏屋氏ら研究チームは、当初、ゴールディンの作成とは別の実験を行っていた。 / Credit:Shun Kashiwaya(Linköping University)_A single atom layer of gold – LiU researchers create goldene(2024)

ところが今回、柏屋氏ら研究チームは、別の実験を行っていた際に、偶然、金の原子1個分のシートである「ゴールディン」の作成方法を発見しました。

当初彼らは、「Ti 3 SiC 2」というチタンとケイ素の炭化物の電気伝導性の調査を行う予定でした。

そのために、電気を通すための材料として金を用い、「Ti 3 SiC 2」に高温でコーティングしました。

偶然、ケイ素の層が金の層に置き換わるのを発見
偶然、ケイ素の層が金の層に置き換わるのを発見 / Credit:Shun Kashiwaya(Linköping University)et al., Nature Synthesis(2024)

実験は思うように進みませんでしたが、研究チームは、この実験中に材料が上図のように、ケイ素の原子1個分の層が金の原子1個分の層に置き換わっているのを発見しました。

この現象は、「インターカレーション」と呼ばれており、分子または分子の集団の隙間に他の元素が侵入する反応として知られています。

なんと、このインターカレーションによって、「Ti 3 SiC 2」は「Ti 3 AuC 2」に変化したのです。

この偶然の発見を経て、研究チームは、「Ti 3 AuC 2」から金の原子1個分の層を取り出したいと考えました。

100年前の日本の鍛造技術を応用して「究極の金箔」の単離に成功

柏屋氏ら研究チームは、日本の100年前の鍛造技術を採用
柏屋氏ら研究チームは、日本の100年前の鍛造技術を採用 / Credit:Shun Kashiwaya(Linköping University)_A single atom layer of gold – LiU researchers create goldene(2024)

研究チームは、「Ti 3 AuC 2」から金の層を傷つけずに、チタン炭化物だけを取り除く方法を探しました。

その結果採用されたのが、「村上試薬」と呼ばれる溶液です。これは1918年に東北大学の村上武次郎(むらかみ たけじろう)氏が発明した「フェリシアン化カリウム(赤血塩)溶液」です。

この村上試薬は、金属に含まれる炭化物をその組成に応じて明るいオレンジ色に染める腐食液で、これにより合金の組成や不純物を顕微鏡で検証しやすくします。

またこの試薬は腐食液なので、金属に色を付けるだけでなく、金属表面の物質を溶解・除去することも可能です。

そこで研究チームは、村上試薬をさまざまな濃度とエッチング時間で試し金のシートだけを取り出す実験をしました。

「1日、1週間、1か月、数か月とさまざまな時間でエッチング(腐食で表面を溶かすこと)を試したところ、低い濃度で長時間エッチングするのが有効だとわかりました。ただそれでもまだ十分ではありませんでした」

柏屋氏はそのように実験の苦労を語っています。

特にこの工程では光が当たると金を溶かしてしまうシアン化物が発生したため、暗闇の中で行う必要がありました。こうした様々な苦労の果てに、チームは「Ti 3 AuC 2」の金を溶かさず、チタン化合物だけを除去することに成功したのです。

しかし邪魔な物質を除去して、金の層だけを取り出せても、先程述べた通り、金の2次元シートは丸まってしまうという問題が残ります。

そこでチームは、村上試薬に界面活性剤を添加しました。これにより取り出した金の2次元シートが丸まるのを防ぎ、安定させることに成功したのです。

原子1個分の厚みしかない金シート「ゴールディン」
原子1個分の厚みしかない金シート「ゴールディン」 / Credit:Shun Kashiwaya(Linköping University)et al., Nature Synthesis(2024)

こうして彼らは最初の偶然とその後の試行錯誤の末、金の原子1個分の厚さしかない2次元シート「ゴールディン」の単離に世界で初めて成功したのです。

ゴールディンは金箔の500分の1ほどの厚さであり、目で見ることはできないサイズのものですが超極薄の「究極の金箔」と言えるでしょう。

では、そんなゴールディンにはどのようなことが期待されるのでしょうか。

ゴールディンの特性に関してはまだ未解明な部分が多いものの、柏屋氏によると、水素を生成する触媒としての可能性や、従来の金よりも高い電気伝導性などが期待されるという。

さらにゴールディンが非常に薄いことを利用して、貴重な金の使用量を大幅に削減できる可能性があります。

今後、究極の金箔であるゴールディンが様々な場面で活躍していくのを見ることになるかもしれません。

参考文献

A single atom layer of gold – LiU researchers create goldene
https://liu.se/en/news-item/ett-atomlager-guld-liu-forskare-skapar-gulden

A single atom layer of gold—researchers create goldene
https://phys.org/news/2024-04-atom-layer-gold-goldene.html

元論文

Synthesis of goldene comprising single-atom layer gold
https://doi.org/10.1038/s44160-024-00518-4

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。