僕の一日は、アビッツに起こされることで始まる。アビッツは2歳になるアビシニアンの小猫だ。毎朝寝ている僕のもとにやってきて、胸の上にドーンと跳び乗ってくる。「まだ早いじゃないか」と言うと僕の頬や、鼻の頭までも甘噛みする。僕は仕方なく起きることになる。

 ヤマネコの風格をもったエレガントなアビシニアンが、近年の僕のお気に入りだ。3年前、20年近く一緒に暮らしてきた同じくアビシニアンのラビーが急に亡くなってしまったとき、僕はひどくしょげた。若い頃から犬や猿や鳥やたくさんの動物と一緒に暮らしてきて、猫も多いときは40匹ほどもいたのに、とうとう長年の相棒、猫のラビーを失ってしまったのだ。

 年を重ねると、年上の人はいなくなるし、同年代の友人なども少なくなっていく。そんな僕のそばに、猫はいつも寄り添ってくれていた。特にラビーは人なつっこかったし、おっとりやさしい猫で、僕が影絵などを制作しているときも必ず近くにいた。制作台の上にはたくさんの道具を置いているので、周りのみんなは「わあ、危ない」なんて言っていたが、ラビーは道具と道具の間をひょいひょいと歩き、決して落とすことなどなかった。僕にとっては相棒のような存在だった。

アビッツはラビーと違い、実にやんちゃないたずら坊主

 一昨年になって、アビシニアンの子猫がいると聞いて飛んで行った。話をしているとドアが開き、一匹の子猫が僕を目がけて一直線に走ってきた。そのまま僕の胸に跳びついて、喉をぐるぐる。ブリーダーさんは慌てた。その子猫はキャットショーでチャンピオンを取るべく育成中なので譲ることはできないという。他の子猫が候補だったのだ。

 でも僕は、一直線に僕のもとに駆けてきた子猫以外目に入らなかった。ブリーダーさんは渋々承諾。それがアビッツだ。

 アビッツはラビーと違って実にやんちゃないたずら坊主。なにしろ跳んだりはねたりスピードが速い。去年の暮れにはアビッツの動きに追いつかず、僕は転んで顔面を打ってしまった。みんなはとても心配したけれど、当のアビッツはもちろん知らん顔。そして僕も笑ってしまった。俊敏なアビッツをしつけているようで、僕は猫にしつけられているのかもしれない。100歳、まだまだがんばらなければ。

 先代のラビーはフランス語で「人生」、いまのアビッツは、フランス語の「生きる」(AVI)の意味もある(※)。僕を若返らせ、心も体も元気づけてくれる。

(構成=鈴木美紀)

※アビーは「生きる」の他にも次の意味がある。「動物」はフランス語でAnimaux、「生きている」はVivants。「生きている動物」の頭文字をとったAVI(アビー)は、航空大国だったフランスの栄光を語る言葉。

▽藤城清治(ふじしろ・せいじ) 1924年生まれ。東京都出身。日本を代表する影絵作家。48年から雑誌「暮しの手帖」に影絵を連載。61年、等身大ぬいぐるみ人形劇を創設。テレビ番組「木馬座アワー」が人気を呼び、国民的キャラクター「ケロヨン」は今なお親しまれている。作品は世界各国で高く評価され、現在も精力的に活動中。栃木県那須町に「藤城清治美術館」、東京・洗足駅前に「ラ・ビーカフェ」がある。

(日刊ゲンダイ特別号「日刊ニャンダイ」より)