話題沸騰中の金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』。1986年と2024年をつなぐタイムスリップコメディだが……2つの時代を「スポーツ」という視点で見ると、どんな世相なのか。<全2回の第2回/第1回も配信中>

 2024年冬ドラマで超話題作の意識低い系タイムスリップコメディ『不適切にもほどがある!』。この作品では、1986年と2024年で変わった時代背景と、変わらない人間の機微が描かれている。

 で、リアルの世界に転じると、スポーツ界は38年間でとんでもなく進化した。

WBCもJリーグもW杯躍進もマスターズ優勝も…

 例えば〈試合が延長したせいでドラマがビデオに録れてない!!〉とお父さんがブーブー言われていたプロ野球中継は配信で見られるようになったが……侍ジャパンが日本中を熱狂の渦に巻き込んだWBCなんて、構想すらなかった時代(第1回は2006年)である。

 そもそも「世界の強豪と各種競技で渡り合う」なんて、1986年当時にはなかった概念だ。日本人メジャーリーガーのパイオニアとなった野茂英雄がロサンゼルス・ドジャースで旋風を巻き起こすのは、阪神・淡路大震災が起きた1995年――『不適切にもほどがある!』の物語においてもターニングポイントになる年なのだから。

 その他の球技もしかりである。

 サッカーはW杯出場経験ゼロの冬の時代で、「Jリーグ」「なでしこジャパン」という表現すら存在しない頃。近年のW杯で感動を呼んだラグビーやバスケットボールも世界トップとの差は歴然で、男子バレーボールもその差をつけられ始めていた。そして「AON時代」だったゴルフも、86年マスターズ優勝者のジャック・ニクラウスら世界の壁は厚いのか……という時代だった。

 それが今や大谷翔平、久保建英、石川祐希、松山英樹、北口榛花、八村塁に大坂なおみ……と、名前を列記しきれないほど〈様々な背景や経緯を経て、国際舞台の最前線で戦う日本ルーツのアスリート〉は数多く、多様性にあふれている。

86年前後と直近の夏季・冬季五輪のメダル数を比較

 1986年当時、日本を代表して「国際舞台で戦う」といえば夏と冬の五輪くらいだった。その五輪でも日本が近年躍進しているのは、1986年に近い84年と88年の各五輪、そして2021年東京五輪、22年北京冬季五輪のメダル獲得数と競技の内訳を見比べればハッキリわかる。

<1984年ロサンゼルス五輪>※シンクロナイズドスイミング(シンクロ)は現在のアーティスティックスイミング
金メダル10(柔道4、体操3、レスリング2、射撃1)
銀メダル8(レスリング5、体操3)
銅メダル14(体操・重量挙げ各3、レスリング・シンクロ各2、柔道・自転車・バレー・アーチェリー各1)

<1988年ソウル五輪>
金メダル4(レスリング2、柔道・競泳各1)
銀メダル3(レスリング2、射撃1)
銅メダル7(柔道3、体操・シンクロ各2)

<2021年東京五輪>
金メダル27(柔道9、レスリング5、スケートボード3、競泳・体操各2、卓球・ソフト・フェンシング・ボクシング・空手・野球各1)
銀メダル14(柔道2、体操・競泳・陸上・サーフィン・スケートボード・レスリング・空手・スポーツクライミング・ゴルフ・バスケ・自転車・卓球各1)
銅メダル17(体操・卓球・ボクシング・アーチェリー各2、スケートボード・柔道・サーフィン・重量挙げ・バドミントン・レスリング・陸上・スポーツクライミング・空手各1)

 夏季五輪は種目数が増えがちという傾向があるとはいえ、強化が進んだ21世紀に入ってから明らかにメダル獲得数は増えていて、自国開催だった3年前には数多くの競技でメダル獲得を成し遂げた。

 いわゆる〈お家芸〉である柔道・体操・レスリングはもちろんのこと、スケートボードや卓球などの〈シン・お家芸〉ができているのが分かる。なお『不適切にもほどがある!』では第8話で、スケボーが“物語のポイント”となっていたわけだが……。

純粋なメダル獲得数だと冬季が飛躍的だった

 純粋なメダル獲得数で言えば、夏季以上に伸びているのが冬季競技である。

<1984年サラエボ冬季五輪>
銀メダル1(スピードスケート)

<1988年カルガリー冬季五輪>
銅メダル1(スピードスケート)

<2022年北京冬季五輪>
金メダル3(スノーボード・スキージャンプ・スピードスケート各1)
銀メダル6(スピードスケート3、フィギュアスケート・スキージャンプ・カーリング各1)
銅メダル9(フィギュアスケート3、スノーボード・ノルディック複合各2、スピードスケート・モーグル各1)

 80年代の冬季五輪はメダル獲得すら難しかったことが、改めてわかる。そこから30数年の時を経てスピードスケートやフィギュア、スキージャンプといった人気競技はもちろん、スノーボードやカーリングなどの新たな競技が台頭してきているのは夏季と同じだ。

わたがし、りくりゅう、eスポーツ…時代は進む

 アスリート全体の傾向を見ても興味深い。

 伊藤美誠、大橋悠依、橋本大輝、小林陵侑ら個人種目・団体戦を含めた複数メダルを獲得するエース的存在が育っているからこそのメダルラッシュだろう。さらにはバドミントンの「わたがしペア」(渡辺勇大・東野有紗)、フィギュアの「りくりゅうペア」(三浦璃来・木原龍一)など男女混合の競技で存在感を示す選手が出てきている。

 この夏、ブレイキンをはじめとした新競技で沸くこと必至のパリ五輪も、叶うのならば市郎さんたちにはぜひ見てもらいたいんだけどなあ……と、また妄想が膨らむ。なお昭和の時代に純子たちが熱中するファミコンだって、未来から来たキヨシ(坂元愛登)や母のサカエ(吉田羊)がもともと過ごしていた2024年には「eスポーツ」となり、億単位の金額を稼ぐ選手もいるのだから――時代が変化したスピードを感じる。

村田諒太、五郎丸、ボルト…86年生まれが超豪華

 なお『不適切にもほどがある!』を見ていると、1986年はだいぶ昔のことに感じられるが……この年に生まれた有名選手は数多い。以下見ていくと、38歳となる2024年現在も現役で頑張っているアスリートの名も見受けられる。

<1986年生まれの主なアスリート>
村田諒太(ボクシング/1月12日)、浅尾美和(ビーチバレー/2月2日)、五郎丸歩(ラグビー/3月1日)、高橋大輔(フィギュアスケート/3月16日)、岡崎慎司(サッカー/4月16日)、小平奈緒(スピードスケート/5月26日)、本橋麻里(カーリング/6月10日)、藤森由香(スノーボード/6月11日)、本田圭佑(サッカー/6月13日)、上田桃子(ゴルフ/6月15日)、涌井秀章(野球/6月21日)、稀勢の里寛(相撲/7月3日)、諸見里しのぶ(ゴルフ/7月16日)、ダルビッシュ有(8月16日)、木村沙織(バレー/8月19日)、長友佑都(サッカー/9月12日)、小林可夢偉(レーサー/9月13日)、亀田興毅(ボクシング/11月17日)、石井慧(柔道・格闘技/12月19日)
※海外選手
ラファエル・ナダル(テニス/6月3日)、ウサイン・ボルト(陸上/8月21日)、ショーン・ホワイト(スノーボード/9月3日)、サムエル・ワンジル(陸上/11月10日)

ネット時代との親和性が高いダルと本田

 1986年生まれでネット時代との親和性が高いアスリートの代表格と言えば、ダルビッシュと本田だろう。

 ダルビッシュは自身のYouTubeやSNSで変化球の投げ方や野球事情について持論を述べるスタイルが大人気だし、昨年のWBCで佐々木朗希、宇田川優希らに対して親身に接する姿は"現役の超一流投手にして未来の名コーチ"として誰もが将来が楽しみと思ったはず。

 2010年代のサッカー日本代表の顔だった本田は、『X(旧ツイッター)』でサッカーにとどまらない分野で忌憚のない意見を発信し続けている。さらに2022年のカタールW杯で解説者を務めたが、基本的に担当したのは既存の地上波ではなくネット配信の「ABEMA」。そこでの率直な本音を視聴者に提示する解説スタイル、さらに長すぎるアディショナルタイムに〈7ふぅん!?〉と思わず発したワードが、瞬く間にSNSでトレンド入りしたのも含めて……新たなアスリートの発信スタイルを確立している。

バースに千代の富士…この38年は地続きなのかも

 こんな感じでスポーツというフィルターを通しても……結局、1986年と2024年は断絶された2つの時代ではなく、地続きになった38年間なのだろう。

 第1回で取り上げた「バース、落合博満、千代の富士、マラドーナ」という1986年前後に無双した昭和の伝説アスリートも、その逸話・ウラ話を読み聞きすると胸が熱くなる。ただその一方で多種多様な競技でさらなる輝きを見られる2024年がエモいのも、また間違いないところ。

 世界を驚かせるアスリートの今を目に焼き付け、そのスゴさをSNS、リアルの世界両方で話し合って共感する。それこそが2024年の今を生きる「適切な」スポーツの楽しみ方であってほしい。

<第1回からつづく>

文=茂野聡士

photograph by TBS