スターダムで5人の新人が誕生するなど、昨年は女子プロレスラーのデビューラッシュとなった。その中でもとりわけ強い個性を発揮しているのがEvolution所属のZONESだ。

 読み方はゾネス。アマゾネスの「ゾネス」である。プロレス入りする前からのあだ名だそうだ。名前に負けないビジュアルというのか、ビジュアルそのままのネーミングというのか。試合ぶりもパワフルそのもの。センダイガールズで新人たちが争う「じゃじゃ馬トーナメント」で優勝し、4月のディアナ後楽園ホール大会で新人王座クリスタル選手権に挑むことも決まった。

自転車販売チェーンの店長→林業→プロレスラーに

 新人では珍しいパワーファイター。プロレス入門前からコンテストに出るくらい筋トレ、ボディメイクに打ち込みトレーナーも。ワイルドな雰囲気も含め新人離れしているのは「これまでの人生経験が出てるんじゃないかと思います」とZONESは言う。

 以前は会社員。自転車販売チェーンの店長として働きながら、ムエタイのジムに通っていたことも。ただボディコンテストに出るために減量していて疑問に感じることがあった。

「減量すると集中力が落ちて、同僚への態度がよくなかったりすることもあったんですよ。仕事に支障が出るまで鍛えるのってどうなんだ、自己中、自己満足じゃないかって」

 仕事に対する疑問も出てきた。人生このままでいいのか、と。

「のめり込む性格なので、仕事も気合いと根性で何とかしてきた感じでしたね。でもそれでは限界がきてしまって。漫然と会社員やって、自己満で筋トレして終わるのかと」

「ここまできたら怖いものなんてない」

 都会ではなく山の中で暮らそうと思った。実家が林業を営んでおり、自分も学校に通ってチェーンソー、高性能林業機械などの資格を取る。狩猟の免許も取得した。だが家族の事情で林業から離れることに。東京でジムのトレーナーをしていた時に見たのが、新たな女子プロレス団体「Evolution」の練習生募集広告だった。

「インスタのストーリーを見てたら出てきて。すぐ応募しました。その時に東京にいなかったら応募してないし、広告がプロレス雑誌にしか出てなかったら知らないままだったでしょうし。まったくの偶然だったんですけど」

 好きなボディビルダーがアメリカでプロレスの試合をしていたこともあり、人前で表現することへの興味があった。人生を変えるターニングポイントだと直感的に思ったのだ。

 ZONESの生い立ちは複雑だという。プライベートのトラブルで嫌な思いをしたこともある。

「自分にとっては、そういう経験をしてきた上でのプロレスなんです。ここまできたら怖いものなんてないし、いろんな意味での“強さ”を見せられると思ってます」

「ビービー泣きました」ZONESが号泣した試合

 昨年3月に旗揚げしたEvolutionは全日本プロレスの諏訪魔、石川修司(現在はフリー)がプロデュース。石川はGMも務める。選手の指導も2人が担当し、練習場所は全日本プロレスの道場だ。他の女子団体とはまったく違う環境と言っていい。

 所属選手は新人ばかり。Evolutionの興行ではトップ選手に挑むことが多い。ZONESはデビュー戦でデスマッチ王者でもある山下りなと対戦。さらに松本浩代、水波綾といった大型選手と闘ってきた。キャリアの中で印象に残る試合はと聞くと、昨年10月のOZアカデミー横浜大会だと言う。

 3wayタッグ戦で、パートナーは松本浩代。対戦したのは橋本千紘&優宇に加藤園子&水波綾。デカくてパワフルな選手たちに囲まれて、敗れたZONESは「ビービー泣きました」。その姿を見て「自分も泣いてしまった」と言うファンもいるそうだ。

「負けたけど、お客さんを巻き込むことができたのかなと。実際にやってみて思うプロレスの魅力は、お客さんと感情を共有できるところ。私が泣いたら泣いてくれる人がいる。一緒に悔しがってくれる人がいる。会社員では味わえなかった感覚です」

 EvolutionにせよOZにせよ、マッチメイクからもZONESへの期待が伝わってくる。デビュー1年目の選手には荷が重いカードばかりだが、いわば“実力者枠”に組み込まれているのだ。ZONESは自分が目指すべき存在と対戦し、経験値を上げた。

「最初は知識もないし無我夢中でしたけど、夢のような経験をさせてもらってますね。諏訪魔さん、石川さんに教えてもらえることも、浩代さんたちと試合ができたことも。“これを経験したんだから”という気持ちになれます。誰と試合しても物怖じしなくなりました」

目指すのは「一目見て圧倒されるような肉体美」

 現在の課題は技の精度と“間の取り方”だと言う。ZONESは諏訪魔、石川に教わったスタイルでしっかり技を受け、間を取ることで攻防を際立たせようとする。だが女子プロレスはハイテンポで、軽量の選手は矢継ぎ早に技を仕掛けてくる。その中でZONESの動きが遅く見えてしまったり「スタミナがない」と言われることも。

 ZONESの闘いは男子の“間”なのだろう。諏訪魔、石川から教わった“全日本プロレス流”のスタイルでもある。全日本のスタイルは“受け”重視と言われる。

「とにかくしっかり受けるというのを教わってきました。しっかり受けることでダメージが最小限になるし、迫力が伝わりやすい。どんな技でも受けられるのがプロレスラーの凄さなんだという価値観です。自分も対戦相手に大技をかけられると嬉しいですね、痛いけど(笑)」

 大技をかけられるのは、それを「受ける技量がある」と相手に判断された証なのだ。

 他団体参戦で試合数が増え、なかなか筋トレができないのも悩みの一つ。試合で傷めた部位を避けながらのトレーニングになってしまうところもある。

「実はレスラーになってから体重が10kg減ったんです。でも試合で動くために必要な筋肉だけじゃなく、お客さんが一目見て圧倒されるような肉体美もほしい。あらゆる面で“誰が見ても、どう考えても強い”と思われるレスラーになるのが理想ですね」

「筋肉美を活かした写真集とか、執筆もしてみたい」

 3月5日には、筋トレYouTuber出身のちゃんよたと初タッグ。チーム名は「マッスルシスターズ」だ。この夏、2人でボディコンテストに出るプランもあるという。

「それに向けて減量を始めたところです。コンテストのために体を絞ると、その後に筋肉がつきやすくなるボーナスタイムがあるんです。体が乾いたスポンジみたいになって水を吸収する感じですね。諏訪魔さんには“もっと体を大きくしろ”と言われてるんですけど、いったん絞ったほうが大きくなるんでちょっと待ってくださいって(笑)」

 3月27日のEvolution1周年大会では、同期のChiChiと対戦。これまでの対戦戦績は2勝1敗1分で、ここではっきり差を見せつけたいという。

「レスラーとしてのベクトルが違うと思うので。いつまでも“同期だからライバル”ではいけない。もっと上に行かないと」

 レスラーとしてのし上がり、知名度や影響力を持つことでやりたいこともある。

「筋肉美を活かした写真集とか、執筆もしてみたいんです。具体的には自伝を出したい。元会社員で林業やってプライベートでもいろんな経験してますから。そんなレスラーなかなかいないでしょうし、自分だから伝えられることがあると思うので。

 それと起業、社会貢献も。林業をしていたこともあって環境問題に関心があります。人の心に訴えて、感謝されることでお金をいただく。それが仕事だという感覚があるんです」

新人レスラーZONESの個性

 激しく強気な試合ぶりの一方、リングを降りるともの静かでもある。住む場所は必ず公園の近くを選ぶそうだ。

「今の季節は梅の蕾が膨らんできたなとか、葉っぱの色が濃くなってきたなとか、自然を感じながらボーッとするのが好きで。1日に2回、公園に行ったりもします。そういうところでも環境への意識が出てきました」

 デビューしてもうすぐ1年の新人が自伝出版まで考えているのには驚いた。けれど自然を愛するアマゾネスは、生き方すべてを“表現”にして伝えたいことがあるのだ。そのためにも強くなりたい、結果を出したい。異色の経歴と純粋な思い。そこにZONESの個性がある。

文=橋本宗洋

photograph by Norihiro Hashimoto、本人提供