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「中川家さんより疲れたかも…」
――令和ロマンの「トップバッター優勝」は第1回の中川家以来のことでした。中川家は当時を振り返り、暫定席に座っている時間がとにかくしんどかったと話していましたが。
高比良くるま 俺らの方が疲れたんじゃないかな。だって、昔よりはるかにやることが多いんですもん。CMに入るときに「一瞬、映ります」とか。そんなん言われたら、なんかやらなきゃいけないじゃないですか。敗退したら、敗者コメントでボケなきゃいけないし。あれは笑い飯さんがやってから、M-1の定番になったんですよね。
――6番手のヤーレンズが2位となり、その時点で令和ロマンは3位に落ちました。そこからずっと崖っぷちだったんですよね。なので、常に敗者コメントを考えていたわけですか。
くるま 敗者コメントでスベるほど最悪なことはないんで。この組に負けたら、そのネタから言葉を拾って何かコメントしなきゃって1組ごと考えていたので、めっちゃ疲れましたね。
松井ケムリ あんなに一生懸命M-1を観たことはなかったかも。ほぼ、何の話もできなかったもんな。2本目、何のネタにしようかぐらいは話してたけど。
「僕らとマユリカだけ反応が違った」
――先ほどお客さんにネタバレしている感じがあったと話していましたが(前編参照)、そういうのは反応でわかるものなのですか。
くるま わかりますよ。前の方はお笑い好きなコアなファンの方たちが座っていて、後ろの方は番組関係者とかスポンサー関連の人たちが座っているんです。で、後ろの方と、審査員の人たちは笑ってるのに、前の方だけあんまり笑ってなくて。応援はしたいけど、もう知ってるからって、それを誤魔化すように拍手をしている感じ。あれって絶対、ネタバレなんですよ。
ケムリ ネタって何回か見てると、メインじゃないところにおもしろさを見出そうとするものなんです。ダンビラムーチョさんの歌ネタのときも、普通だったら口で伴奏するところでウケるはずなのに「“エナーイ”モード」とかメインではないところでウケる。そういうのを見ると、ネタを知ってるんだろうなと思っちゃうんですよ。
――2023年の準決勝は、当日と翌日限定で有料配信されていました。前の方のお客さんは、準決勝を生で観覧していたか、有料配信をチェックしていたかということでしょうか?
ケムリ それか、本当にお笑い好きで、あらゆるライブに足を運んでいたか。どれかでしょうね。
くるま 準決勝と違うネタをやったの、僕らとマユリカだけだったんですけど、この2組はあきらかにお客さんの反応が違いましたから。
「どう思う?」新山さんに聞かれた
――最終決戦には結局、さや香、ヤーレンズ、令和ロマンの3組が進むことになりました。出順は順位の高い組から優先権を与えられていたので、1位のさや香が3番手、2位のヤーレンズが2番手、3位の令和ロマンがトップと予想通りの順番になりました。
くるま (さや香の)新山さんに「どう思う?」と聞かれたので「3番でいいんじゃないですか」と答えました。いちおう「『見せ算』をやるんですよね?」と確認したら「そうだ」と言うので。あと、この重たい空気を何とかするのは自分たちの役目だと思ったので、自分たちが先陣を切るのが最適だろう、と。ヤーレンズの2本目のネタ(『ラーメン屋』)も知っていましたからね。伏線のあるコント漫才なので、僕らのシンプルなネタ(『町工場』)の後の方が伝わりやすいと思った。僕らの2本目もコント漫才だったんですけど、片っぽは設定の中に入らないというスタイルだったんです。なので順番として、ちょうどいいグラデーションになっていた。
――普通、そんな風に大会全体の盛り上がりを考えるよりも、自分本位になりがちというか、そうなって当たり前だとも思うのですが。つまり、他人を蹴落としてでも、自分が勝ちたいんだ、と。
くるま 大会全体が盛り上がらないと嫌なんです。別に周りのためとか、自分が優しいわけじゃない。エゴがでかいんです。たとえば、全員がスベって自分たちが優勝してもまったく嬉しくないんですよ。
「もっとおもしろい『見せ算』も見たことある」
――お2人もさや香が2本目に『見せ算』というネタをやることは知っていたんですね。
くるま 知っていました。あの日のお客さんでは、厳しいだろうなと思っていました。しかも新山さんも、もう無理だと思って、途中からふざけていましたから。やけになっていた。ベストパフォーマンスとはほど遠かったですね。もっとゆっくりやって、もっとおもしろい『見せ算』も見たことあるので。
――『見せ算』は今、劇場でやるとものすごくウケるらしいですね。
ケムリ もう、すごいです。
くるま 本当はおもしろいんですよ、あのネタ。ただ、あの場にはそぐわなかった。さや香さんは大事なときに変なことしちゃう。僕らが2020年のNHK新人お笑い大賞で優勝したときも、さや香さんが優勝する年だったのに、『芽ネギ』という『見せ算』の元祖みたいな変なネタをやって準優勝だったんです。
ケムリ あったね。寿司ネタの芽ネギね。
くるま 普通の人は芽ネギなんて、知らんて。
「僕らの最高傑作ではなかった」
――ウケ的には令和ロマンかヤーレンズかという感じでしたが、ファイナルジャッジを待っているときの心境はどうでしたか。
くるま とりあえずやりきったので、もう、どっちでもいいぐらいな感じでしたね。
ケムリ 僕はこれは優勝しちゃうなあ、怖いなあと思っていました。
――優勝が決まった瞬間は、過去の王者と比べると、実に淡々としていましたよね。感極まって涙を流すということもなく。
くるま 優勝するつもりはなかったんでしょうね。決勝はずっと出たいと思っていましたけど、まだ、ぜんぜん完成もしてないし。M-1の王者って、だいたい1つ完成した漫才で優勝してるじゃないですか。でも僕らは自分たちの形を見つけたいと思っていたんですけど、見つけられなくて。決勝で予選のネタを1本も使わなかったのも、いいように言ってくれますけど、最高傑作ではなかったからなんですよ。だから、M-1で初めてなんじゃないですかね。芸風が定まってもいないのに優勝しちゃったコンビは。
<続く>
(写真=末永裕樹)
文=中村計
photograph by Yuki Suenaga