スターダムの19歳、羽南が弾けている。3月には『シンデレラ・トーナメント』で初優勝。4月27日の横浜BUNTAI(旧・横浜文化体育館)でのプロレスこけら落とし興行で、安納サオリの白いベルト(ワンダー・オブ・スターダム王座)に挑む。
「シンデレラのドレス、似合ってるじゃん」
「MIRAIに勝った時、優勝いける、と思いました。バックドロップにこだわったのがよかったですね。MIRAIからは、どうしてもバックドロップでスリーカウントを取りたかった。こだわって、こだわって、勝つことができて……。その次で(スターライト・)キッドに勝って、確信しました」
だが、3月20日の優勝戦の日が近づくと、1週間前から緊張に襲われた。試合は水曜日だったが、月曜日には食事ものどを通らなくなり、「死にそうなくらいだった」という。夢見たシンデレラ・トーナメント優勝という重圧が、羽南にのしかかっていた。それでも、意を決して名古屋国際会議場のリングに上がった。
「名古屋では準決勝、決勝と2試合やる気持ちでいました。琉悪夏とのシングルは自分がフューチャー(・オブ・スターダム)のベルトを持っている時に戦って以来、大事な時にしか当たっていない。同期の琉悪夏は特別ですね。準決勝は気持ちが入りましたし、めちゃ楽しかった。いつかメインで絶対シングルしたい。今はその過程を踏んでいる段階。2人でメインを張れるよう、互いに成長したいです」
決勝の壮麗亜実とは過去に『5★STAR GP』とフューチャーのタイトルマッチで2度戦っていた。またシングルでやれるのがうれしかった。羽南はバックドロップで壮麗を破った。
成長著しい羽南は、1回戦を突破したのも初めてなのに「シンデレラに一番近いところにいる」と言われていた。その期待に応えて、羽南は「本物のシンデレラ」になった。
名古屋まで足を運んだ母が見守るなか、華やかな優勝ドレスを着て、満面の笑みを浮かべてリングに上がった。
「吏南が『シンデレラのドレス、似合ってるじゃん』って言ってくれたんですよ。それが一番うれしかった。普段はまったく褒めない人なんですけど(笑)」
羽南は心底うれしそうに、同じプロレスラーでもある妹の言葉を振り返った。
揺れるスターダムで下した決断
昨年から今年にかけてスターダムは揺れた。19歳の羽南もその激震に否応なく巻き込まれていた。
「めちゃ不安でした。でも、自分の気持ちが不安定になると、妹の吏南と妃南の方が不安になっちゃう。2人は学校もあるし、悩むならプロレスのことで悩んでほしい。会社のことで悩んでほしくない。どうやって妹たちに伝えればいいかな、というのをずっと考えていました。結局、一番迷っていたのは自分だったと思います」
さまざまな情報を取捨選択して考えた。自分はいったいどうすればいいのか、と。
「誰に話を聞いてもわからない。結局、誰かについて行くというんじゃなくて、自分の問題なんだな、とわかった。自分がここまで成長できたのは(ロッシー)小川さんのおかげもある。でも、シンデレラや白いベルトへの憧れは捨てられませんでした。憧れのままで終わっていいのか、って」
羽南は素直に「思い描いていた未来を見たい」と思った。そして、シンデレラになった。
この春にMIRAIを含めた5人が退団した。スターズからも弓月が去った。3月30日には仙台で、弓月送り出しの6人掛けが行われた。その選択に、羽南は何を思ったのか。
「自分も迷ったので、決断できたことがすごいな、と。もちろん近くにいた人がいなくなる寂しさはありました。3月末の仙台と山形の試合はずっと泣いてました。どの試合を見てもエモくて……。(弓月の6人掛けは)1分、1分の試合で自分が最後でしたけど、弓月も泣いてましたね」
「渋谷によく行きます」羽南は“ギャルになった”のか?
羽南が高校を卒業して1年になる。「女子高生レスラー」の肩書きを捨て去って、どんな変化を感じているのだろうか。
「いろんなところに出かけています。高校を卒業してから明るくなりましたね。それまでは、学校と柔道、学校とプロレスと必ず2つのことを並行してやっていた。それが、プロレス一本になった。今、最高に楽しいです」
でも、と羽南は言葉を続ける。
「失ったものもあります。地元の友達との時間! 1年しか経っていないんですけど、6人グループ、自分以外はみんな学生で仲がいいんです。春休みも試合と被っちゃって、会いに行けなくて……」
東京で一人暮らしを始めた羽南は、急速に郷里の栃木から離れてしまった。
「最初はしょっちゅう帰っていて、東京に住むところがあるのに、今日も泊まるわ、今日も泊まるわ、って(笑)。でも、もう1カ月以上帰ってない。記録更新中です!」
変化はビジュアルにも表れた。黒髪から髪色を明るくしたことで「ギャルになった」と評判だ。
「髪の色を明るくしたら、気持ちも明るくなったんです。髪の色ってすごく大きいですよ。ギャルだねえ、って言われることも増えました。自分では落ち着いてる方だと思うんですけど(笑)。最初、髪を染めるって言ったら、黒のままでいいんじゃないの、髪傷むし、って不評だったんですよ。でも、染めてよかった。最初は真っ黒で美容室に行って、『イメチェンお願いします!』でおまかせです。金や白やピンクもやりました。スタッフの人に相談したら、ハイトーン入れたほうがいいね、って」
20歳を前にして、羽南はすべてを楽しんでいるように見える。
「本当に今が最高なんです。休みの日は遊びのスケジュールいっぱい入れて……。プライベートの方がギャル感あるかも。よく行くのは渋谷、109ですね」
マライア・メイとリング・コスチュームを交換して、お色気ムードを出したこともあった。
「好評でした。あの日、マライアがメイクしてくれて、髪もセットしてくれたんです。『こういうふうに見せるんだよ』って。もうマライアになるしかない(笑)」
ジュリアの言葉「スターダム、君がいれば大丈夫だよ」
高校時代と比べて、体格もがっちりと大きくなった印象を受ける。
「今はコモモ(向後桃)さんに紹介してもらったジムに通っています。パーソナルトレーニングで2時間びっしり、終わったらもうヘトヘトです。スクワットは『この野郎、****!』って暴言を叫びながらやってます(笑)。トレーニングの成果? ブリッジが変わった気がしますね。バックドロップホールドの」
確かにMIRAIやジュリアに放ったバックドロップホールドを見ると、よくブリッジが効いている。
4月12日の後楽園ホール。羽南は岩谷麻優と組んで、ジュリア(朱里組)のスターダムでの最後の試合の相手を務めた。ジュリアは30歳で、羽南は19歳だけれど、プロレスラーとしてのキャリアは同じだ。
「羽南ちゃん、若いのはいいねえ。君と初めて会ったときは、まだ私も20代だったけど、君はまだ高校生だったよね。それがさ、本当にマジすごくなったねえ。ビックリした。このスターダム、君がいれば大丈夫だよ。羽南ちゃん、今度白いベルト戦うんでしょう。チャンピオンになるのを楽しみにしてるから」
こんな言葉を残してジュリアはスターダムを離れた。
シンデレラになったことで、羽南は不安を抱いたこともあった。シンデレラという「称号」に押しつぶされそうになったのだ。
「そんな時、『不安なんですよね』ってジュリアさんに言ったら『私もシンデレラになって不安だったけど、羽南ちゃんなら絶対できるから、自分がどうすればよくなるかだけを考えた方がいい』って言われました。格好いいなあ、と思いました。ジュリアさんが言ってくれるなら大丈夫だ、って」
羽南はジュリアの言葉に勇気づけられた。
「自分は自分のことしか考えられないけど、ジュリアさんは女子プロレス界全体を考えていて、その言葉が周りに影響を与えてる。一言一言にパワーがありますよね」
もっとハングリー精神を出していかないと、女子プロレスは終わる――そんなジュリアの言葉が印象に残っている。羽南は最後にジュリアと戦えてよかったと思った。
「唯一無二で、格好いい人」安納サオリに挑戦
シンデレラになった羽南は、白いベルトの王者・安納サオリへの挑戦を決意した。
「緊張です。シンデレラの時でさえ緊張してああだったのに、あの安納サオリですから。唯一無二の存在で、格好いい人。オーラとか全然違います。真っ白で、何にも染まらない感じ。でも、怖いなんて思っていられない。自分はこのままの勢いで進むしかないので」
きっぱりとそう言った。安納には「シンデレラの魔法が解けたのかと思った。いいよ、やろうよ。前と違う羽南を感じさせてよ、このベルトを通してさ」と返された。筆者は、羽南には“約束された特別な未来”があると感じている。だが、本人はあくまで自然体だ。
「周りはみんな年上で大人なので、頼れるんでありがたいなあ、って(笑)。『一人暮らしで家事できるの? 心配なんだけど』って、飯田(沙耶)ちゃんが引っ越し祝いにサンタクロースみたいな大きな袋を持ってきてくれて。ホットプレートとお鍋がセットになっているのが入ってました。『これあれば何でもできるんだよ』って」
羽南は無邪気に笑った。
「せっかくもらったのに悪いですが、まだ使ってないです(笑)。でも、フライパンは使えるので! 最初に作った料理は、焼きそうめん。そうめんを間違っていっぱい買っちゃって。それを鍋でゆでて、具なしでソースかけて食べました(笑)。豚肉を使って肉野菜炒めも作ります。でも、最近は友達と食べに出かけてしまうことが多いのであまり自炊できてないんですよね。洗い物が面倒で……」
選手としての成長は著しいが、一人暮らしはまだ“課題だらけ”なのかもしれない。取材中、こんな突飛なことも言いだした。
「部屋に洋服が散乱しちゃう……。洗濯するのも干すのも大丈夫、でも畳むのがダメなんです。服を畳んでくれる専用の人いませんかね(笑)」
羽南はこの8月に20歳になる。まだ少し先の話だが、楽しみにしているイベントもある。
「成人式の振袖を選びに行ったんですよ。意外な色をチョイスしました。かわいいですよ。みんなと被らない色にしたので、楽しみにしていてください。地元の成人式は試合休んでも行きます! 絶対行きます。これに行かないと、地元の友達に一生会えないかもしれないから」
文=原悦生
photograph by Essei Hara