ヤマハのエース、ファビオ・クアルタラロが、第5戦フランスGPで地元ファンを沸かせた。結果は転倒リタイアだったが、ホルヘ・マルティン、マルク・マルケス、フランチェスコ・バニャイアという表彰台に立ったドゥカティ勢3人と、このところ好調なアプリリアのマーベリック・ビニャーレスを追撃し、転倒リタイアするレース中盤まで6番手を走行した。

 ル・マンで行われるフランスGPは、近年もっとも熱い大会だ。今年はフランスの連休も重なって開幕前日の木曜からサーキット周辺のキャンプ場は満員御礼となり、金曜日から日曜日までの3日間で史上最多の入場者数29万7471人を記録。連日、キャパシティいっぱいの10万人の大観衆が詰めかけた(自動車の24時間耐久レースは、MotoGPが行われるブガッテイ・サーキットと公道部分を組み合わせたサルト・サーキットが使われる)。

 もちろん、ヤマハのエースで2021年にフランス人として初めてMotoGPクラスのチャンピオンになったクアルタラロの人気は絶大である。開幕と同時にサーキットで売り出されたクアルタラロのTシャツ、帽子などのグッズはすべて完売。常に熱い走りを見せるクアルタラロが地元ファンの熱狂的な声援を受け、いつにもましてアドレナリン全開の走りになるのは当然のこと。その走りが観客を一段とヒートアップさせ、クアルタラロと一緒にファンの声援がコースを一周していた。

 ゴールまで残り11周、レース後半に入ったばかりの17周目にクアルタラロが転倒した瞬間、サーキットは静まり返ったが、グラベルで起き上がった姿がビッグスクリーンに映し出されると、10万人の拍手がサーキットに響きわたった。

今シーズン初めての手応え

「今日は1周目から限界で走った。もっと早く転倒していてもおかしくない走りだったが、このところ苦戦が続いているし、ホームGPだったから全力だった。でも、転倒した後にこんなにハッピーな気分になれるとは思わなかった。今シーズン初めてYZR‐M1のポテンシャルの高さを感じたからね。結果的に転倒したけれど、モチベーションはすごくあがった。転んだというのにみんな僕の名前を呼んでくれた。すごく感動した」

 例年のことだが、ル・マンに押し寄せるファンの多くはキャンプ場に泊まり込んで夜通し大騒ぎする。午前中の走行時間は、起きたばかりなのかまだ寝ているのか、1日の中でもっとも穏やかな時間帯となる。それが午後になると大いに盛り上がり、夕方から夜にかけて行われるパドック内のイベントには大勢のファンが押しかけて、大変な騒ぎになる。

 ル・マンのパドックには観客と関係者が混在するエリアがあり、関係者が駐車場からサーキットを出る際には、大勢のファンと酔っ払いがうようよいるエリアを通過しなくてはならない。この数年は、ヤマハの低迷にイライラを募らせるクアルタラロ・ファンの怒りが日本人スタッフに向けられ、そこを通過する際、かなり威圧的な攻撃を受けることがあったのだという。我々報道陣も夜のイベントが始まる前にサーキットを出て、ホテルに戻って仕事をする者が多い。フランスGPはシーズンを通してもっとも熱いグランプリだが、とにかく酔っ払いの多さに閉口するグランプリでもあるのだ。

 話は逸れてしまったが、フランスGPでは低迷を続けてきたヤマハ陣営に復活の兆しが見えてきたことも事実。今年から成績が悪いメーカーに対する新しい優遇措置が実施されているが、ヤマハには早くもその効果が出始めているようだ。

 この新ルールは事実上、低迷するホンダとヤマハへの救済措置である。長年、MotoGPクラスを席巻してきた日本のメーカーにはある意味屈辱的で、憤慨するOBも多い。

 優遇の内容は手厚く、通常はシーズン中に禁止されているエンジン開発やエアロパーツのアップデート、日数が規定されているレギュラーライダーの開発テストなどが自由に行える。次戦カタルーニャGPまでの間にホンダとヤマハはイタリアのムジェロでのプライベートテストを予定しており、優遇措置の効果が本格的に出るのはこれからになると予想される。

新レギュレーションの主な変更点

 日本メーカーが復活に向けて本腰を入れる一方、フランスGP前には2027年から実施されるMotoGPクラスの新しいレギュレーションが発表された。

 もっとも大きな変更は排気量が1000ccから850ccへ、ボア(シリンダー内径)が81mmから75mmになったこと。さらに燃料タンク容量が22リットルから20リットルへ、1シーズンに使用できるエンジンの数は7基から6基へとそれぞれ減る。また、CO2排出を低減する100%再生燃料の使用義務付けなど、最高速を抑えつつ安全性や社会に適合したモータースポーツを目指す。

 今回の変更でボアは大幅に縮小されたが、ストローク(シリンダー行程)はこれまでとほぼ変わらないので、エンジン回転数は現状の1万9000回転前後を維持することになる。しかし、最高出力は現状の290〜300psから250ps前後まで下がることが予想され、昨シーズン360km/h前後を記録した最高速度も確実に低下する。ラップタイムでいえば1秒から2秒は落ちることが予想されている。

 また、現在のMotoGPクラスは空力戦争が激しくなっているが、この部分でもエアロパーツの効果を低減させるルールが実施され、スタート時やコーナーの立ち上がりで車高を変えるデバイスが禁止となる。ほかにもGPSデータの共有など、パフォーマンスの低いチームやライダーにタイム向上のためのチャンスを与えるなど、これまで以上の接戦を目指す内容となっている。

 このレギュレーション変更はシーズン開幕前からパドックで話題になっており、ほとんどのメーカーはすでに27年に向けて新しいエンジンの開発に着手している。そこでもっとも注目されるのが、現在MotoGPクラスに参戦する5メーカーの中で唯一直列4気筒エンジンを採用しているヤマハが、どういうエンジンを採用するのかである。

直4なのかV4なのか

 ヤマハワークスのマッシモ・メレガリ・チームダイレクターは、以前から「ヤマハがV型4気筒エンジンを採用する可能性は?」という質問に「いかなる選択肢も除外していない」と答えている。ライバルメーカーの技術者に聞くと、「エンジンの設計上、直4よりV4が有利」と異口同音に答えてくれる。だからこそ、5メーカー中4メーカーがV4を採用しているのだが、新しいルールは直4に新たな可能性を与えると分析する技術者もいる。

 ボアが6mm、4気筒で24mm減少することで、直4のネガティブな要因のひとつであるエンジン幅の減少が可能となるからだ。となれば、MotoGP時代になってから直4で多くのタイトルを獲得してきたヤマハが、はたしてV4に移行するのだろうか? という疑問も浮かぶ。実際、メレガリ・チームダイレクターは、「もし、他メーカーのほうが経験値の高いV4を選択した場合、(技術の蓄積など)経験を積むのに時間がかかることは間違いない。変更するには、しっかりとした確信がなければ」とも語っているが、果たしてヤマハはどう決断するのだろうか。

 クアルタラロは今シーズン序盤に26年までヤマハに残留することを決めた。そして、27年以降もヤマハに残るかどうかは、これからのマシンとニューエンジンの開発状況で決まるといってもいい。マルケスと並ぶ「天才ライダー」と言われているクアルタラロ。「もう一度、僕らの夢をかなえることができると思う」というクラルタラロのこれからに注目したい。

文=遠藤智

photograph by Satoshi Endo