SNSの台頭により、個々の戦略性が求められるようになった現代。ただ、理解はしていても、なかなか実践できない企業や個人も少なくないだろう。

そうした状況のなかで「株式会社ハタメタルワークス」は、銅加工・金属加工の業界では珍しいホームページの立ち上げから、「小ロット生産」、「早上がり制度」といった多くの革新的な取り組みを生み出してきた。一時は経営破綻の危機にあったが、これらのアイデアを実行に移し、今では年商10億円目前なんだそう。

そこで今回は、株式会社ハタメタルワークス 代表取締役の畑敬三さんに、経営破綻の危機の経緯やピンチを乗り越えた戦略、さらに今後の会社の展望について聞いた。

■一時は売り上げが激減し破綻の危機に!窮地を脱したきっかけとは
――まずはじめに、ハタメタルワークスの設立の経緯についてお聞かせください。

【畑敬三】もともとは私の祖父が立ち上げた会社なんです。当初は株式会社ではなくて、電鉄さんの部品を調達する仕事をしていました。工場から部品を仕入れ納品する、いわゆるブローカー業務ですね。

【畑敬三】そのあとに父が仕事を引き継いで、それまで近鉄(近畿日本鉄道株式会社)さんとの取引のみで運営していたのですが、さらに仕事を増やしていくために、当時の株式会社ユアサ コーポレーション(以下、ユアサ コーポレーション)さんとの取引を始めました。ブローカー業務も並行していたので、納期に追われるようになっていき、「簡単な部品だけでも、弊社で製造できたらいいな」という想いから会社を立ち上げました。

――順調な流れのなか、売り上げが減少したきっかけは何だったのでしょうか。

【畑敬三】しばらくはユアサ コーポレーションさん一辺倒だったのですが、2004年にユアサ コーポレーションさんと日本電池株式会社(GS)さんが合併して、株式会社ジーエス・ユアサ コーポレーションになったんです。以降、これまで発注していただいていた製品がほかへと流れていき、仕事が大幅に減少してしまいました。この時期が特に危機的な状況でしたね。2004年には3億円あった売り上げが半分の1.5億円にまで落ち込み、破綻直前といってもおかしくない状況にまで追い込まれました。

――立て直しを図るために、どんな取り組みをされましたか。

【畑敬三】取引先に対し、“製品の納期を短縮すれば市場での競争力が上がる”との確信が強まったため、市場の隙間を狙う戦略を採りました。銅加工を主要事業としている会社が少ないなか、銅加工を専門に「短納期」を強みとする方針へと舵を切ったんです。

【畑敬三】具体的にはオーダーメイドのようなイメージで、注文が1個2個といった小ロット生産にも対応するようにしたんです。それに伴い、小ロットの生産体制を取っていけるように機械を変えたり、従業員の意識付けを変えたりして、体制を整えることに力を入れました。この方針に切り替えてからは、順調に案件が増えていきました。正直、ニーズの多さに驚いたくらいです。

――従業員さんの反応はどうでしたか?

【畑敬三】従業員からは反発もありましたが、彼らも「このままではダメだ」という認識はあったため、直接対話の場を設けて、変化の必要性を共有し理解を求める努力をしました。ただ、当時は年配の従業員が多かったので、賛同できないと辞めていった人たちもいましたね。

■200社超の取引先と年商10億円目前!V字回復にも寄与した「早上がり制度」
――従業員の意識改革の一環として、2009年に「早上がり制度」を導入したそうですね。

【畑敬三】もともとこの業界では、定時で退社できる職場が少ないこともあり、かつては残業が当たり前の状態でした。取引先が増え、業務が順調に進んでいた時期には、毎日22時ごろまで残業することも少なくありませんでした。

【畑敬三】そんななかでリーマンショックにより業務が少し減少し、以前に比べて仕事のペースに余裕が生まれました。これまでの激務が一転して、18時には業務を終えて帰宅する余裕ができたわけですが、私はこの状態をあまりいいとは思っていませんでした。

【畑敬三】特に職人たちがこのゆったりとした働き方に慣れてしまうことを懸念していました。そこで作業が早く終わった場合は定時前でも帰宅していいと、「早上がり制度」を導入したのが2009年のことです。戦略というよりも、リーマンショックの余波で生じた状況への対応策として生まれた制度でした。

――制度の導入自体はスムーズにいったのでしょうか?

【畑敬三】最初は、私自身も従業員も、実際に早く退社できるのか疑問に思っていました。ですが、早く帰ることへのモチベーションが予想以上に高かったんです。従業員が前向きに積極的に取り組んでくれた結果、驚くほど仕事の効率がよくなりました。「そんなに早く帰りたかったんだ」と少々複雑な気分ではあるのですが(笑)。

――具体的にどのようなメリットがありましたか。

【畑敬三】「早上がり制度」の導入は、結果的に働き方改革にもつながりましたし、効率化ができたのがとても大きかったです。より納期を短縮できて、それにより仕事が増える。この循環が業績のV字回復にも大きく貢献していますね。また、自分だけでなくて全員が早く終われないと帰れないので、チームの結束力が強くなったことも大きなメリットです。

【畑敬三】残業が常態化していた時期の作業効率が100%として、リーマンショックの影響で業務量が減少し、一時は80%程度まで落ち込みました。しかし「早上がり制度」の導入による効率化の取り組みが功を奏し、一気に150%くらいにまで高まりました。

【畑敬三】また、お客さんから「工場で働いている人たち、めちゃくちゃテキパキ仕事していますね!」と驚かれるときもあります。時間に余裕があるとついのんびりしてしまいがちですが、「早上がり制度」の導入が周りにも好印象を与えていることは、大変うれしく思います。

――そして現在、取引先は200社以上で年商10億円目前と伺いましたが。

【畑敬三】はい、おかげさまで今期は目標達成が見込める進捗です。この10億円は通過点と捉え、引き続き頑張っていく所存です。

■アイデアと行動力を武器に!「銅加工.com」の作成秘話
――2016年4月には銅加工専門のホームページ「銅加工.com」を開設したとのことですが、その経緯とは?

【畑敬三】当時は小さな企業がホームページを持っているケースは少なかったんです。そうしたなか、弊社のことを知らない方に「どんなことをしている会社なのか」というのを、わかりやすく伝えたいと常々感じていました。そこで不特定多数の人に対して発信ができ、視覚的にもわかりやすいWebサイトはメリットが多いと思い、開設したのが「銅加工.com」でした。

【畑敬三】銅に関する情報を発信して、まずはブランドイメージの構築を図りました。そして今では「銅加工.com」内のブログを通じて、受注につながることもあります。また、長年のお付き合いのあるお客さまも増えてきましたね。

【畑敬三】企業からだけでなく、個人から問い合わせをいただくこともあります。最近、小学生から「実験で十円玉をきれいにしたいんですけど、どうしたらいいですか?」という質問が届きましたよ(笑)。子どもが質問してくるのは珍しいですが、こうしたやりとりも含めて、ブログや動画コンテンツなどは、新規の取引先との信頼を築くのに役立っていますね。

【畑敬三】さらにブランディングを目的として、社名を伏せた匿名形式でアンケートを実施しています。アンケートでは、ターゲットとなる企業がどこから購入しているのか、そのサービスに満足しているかなどの質問をしており、得られた情報をもとにトライアンドエラーを繰り返していますね。

――そのバイタリティはどこから湧いてくるのでしょうか?

【畑敬三】経営者が私ひとりしかいないのもあって、いいと思ったことはすぐ行動に移しています。あと私が入社した時点ですでに会社は危機的状況だったので、「どうにかして乗り越えなければ」という前向きな考え方がそうさせているのかもしれません。

――そんな畑さんのアイデアの源泉とは?

【畑敬三】私はもともと商社にいたのですが、商社で働いていたときのマーケティングの知見や考え方は、現在の仕事に活きていますね。ターゲットがどういうものを求めて、どこから買っているとか、どれぐらい満足しているのかなど、そうした情報は大事だなと常に思ってます。

――他業種の知見や経験を応用するのは、事業においてとても大切ですよね。

【畑敬三】そうですね。製造業に従事する前の経験が、昔ながらの常識にとらわれない新しいアイデアを生むうえで有利だったと感じています。たとえば、業界では一般的には敬遠されがちな小ロットの発注でも、積極的に受注していけば利益につながるという考え方で実施した結果、今や弊社の強みとなっていますしね。

■“小さな一流企業”を目指して!ハタメタルワークスの展望
――2022年8月17日より「畑鉄工株式会社」から「株式会社ハタメタルワークス」へ、社名を変更したきっかけを教えてください。

【畑敬三】前の工場が手狭になっていて、かねてより増設を検討していました。そして2022年に総額12億円を投じ、新社屋を建設、さらに合計8台の新規設備を導入したんです。社名変更もその一環で行いました。これから若い人の採用も難しくなってきますし、これを機にスマートな社名に変更して人材を引きつけたいと考えました。

――最後に、貴社の今後の展望について教えてください。

【畑敬三】今後は、私たちの強みである「銅加工・多品種小ロット・短納期」をさらに磨き上げ、ブランディングをより強化していきます。その理由として、多様な製造業が存在するなかで、尖った独自性を打ち出していくことが、ますます重要になっていると強く感じているからですね。

【畑敬三】誰もが知っている大企業ではないけれど、「仕事ぶりは一流」と言っていただけるような企業を目標にしています。言うなれば“小さな一流企業”といったところでしょうか。そしていろいろなことをやるより、銅加工において日本一になることを目指していきたいですね。

この記事のひときわ#やくにたつ
・従業員のモチベーション向上のための業務効率に取り組み、生産性を上げる。
・古くからの常識に囚われず、積極的に新しいアイデアを生み出し、実行に移す
・ブランディングを強化して独自性を出し、リピーターを増やしていく

取材=西脇章太(にげば企画)
文=永田奏歩(にげば企画)
撮影=大塚翔平