俳優の生田斗真さんが、出産に恐怖心を抱く妊娠9か月の女性ファンと交わした、SNS上のやりとりが炎上しています。インスタグラムのストーリーズで、「出産こわいよー」と不安を訴えた女性に、「旦那様に無痛おねだりするか」と返した生田さん。これに対し「出産の大変さをわかってない」「旦那様におねだりって何?」と批判の声が殺到しました。

読売新聞の掲示板サイト「発言小町」には、自然分娩か無痛分娩かで迷う女性や、無痛分娩に対する周囲の無理解に戸惑う女性などから、お産にまつわるさまざまな悩みが寄せられています。生田さんの投稿は、なぜ多くの女性の心をざわつかせたのでしょうか。発言小町の投稿と専門家への取材から、背景を探ってみました。

発言小町に「無痛分娩はダメ?」というトピックを立てた「さゆき」さんは、「痛い思いをして産んだからこそ〜」という義母の言葉が「引っ掛かっている」と打ち明けます。子どもを望んでいますが、無痛分娩を希望したら、周囲に「甘えた考えだと思われるでしょうか?」と問いかけました。

第1子を無痛分娩、第2子を帝王切開で出産したという「たり」さんは、「昔の人に限らず同世代でも『アンチ無痛』が意外といる」とし、「無痛分娩で産んだことは、家族と親友にしか話していません」と自身の体験をつづります。その上で、「義母の顔色うかがって普通分娩を選ぶと後悔しますよ。どんな分娩方法でも自由。自分で考えてちゃんと選ぶのが大事です」とアドバイスしました。

「あさか」さんも、「いちいち(無痛分娩で産むと)公言しなくていいかな。義母でなくても、口挟んできてとやかく言ってくる『苦労自慢』さんがいますから……」。さらに、無痛分娩は実施できる病院が限られていて、平日しか出産できないこともあるため、希望してもかなわないケースもあると付け加えました。

「仮に甘えだったとしても、だから何だと言うのです?」と語気を強めたのは「レーズン」さん。「痛みを感じるのはトピ主さんです。主体はトピ主さんで、選択権はトピ主さんにある。自由に選べるのですから、誰かを説得するとか正当性なんて、考える必要はありません」と背中を押します。

「無痛か自然か迷ってます」というトピを立てたのは、妊娠33週目を迎えた「けけけ」さん。無痛分娩のできる大学病院を選びましたが、費用の面が気になるといいます。実母らから話を聞いて、「自分も(自然分娩の)痛みに耐えられるんじゃ?」と思い始めました。「どんなお産方法であれ、出産自体素晴らしいことであり、乗り越えた方々を尊敬しています」とつづりつつ、出産の経験談を募りました。

1人目は自然分娩、2人目は無痛分娩だったという「マハロ」さんは、「母から『無痛? もったいない。始まっちゃえばすぐなんだから』とあれこれ言われ、(体験談を求めて)ネットでたくさん記事を読みあさった時期があった。あとで振り返れば、自分が決めるだけのことでした」と振り返ります。

「あんまり痛くなかったとか、産んだら子どもがいとしくて痛みなんか忘れるとか言う人いますよね。だから私も産む前は、怖いけど案外いけるかも!とか思っていました」とつづったのは、「くま」さんです。「映画で捕まったスパイが拷問を受けている時、『殺してくれ』って言いますよね。まさにそれです」と実際の出産時の苦痛を振り返り、「お母様や周りの方が自然分娩で産めても、あなたが耐えられるかどうかは分かりません」。

出産にかかる費用については、国立成育医療研究センター(東京都世田谷区)が公表しています。それによると、平均的な入院(7日)の場合の概算額は、通常分娩で約75万円、無痛分娩の場合はさらに18万円加算されると案内しています。

発言小町に寄せられた投稿から見えてくるのは、自分の体の問題であるにもかかわらず、親や夫を始めとする他者の反応や意向に左右され、思うように選択できず苦しむ女性たちの姿です。

SNSで炎上した発言について、生田さんはその後、次のように謝罪しています。「僕の発言で傷つけてしまった方がいるようです。ごめんなさい。(無痛分娩は)費用はかかってしまうけど恐怖心を緩和するためにも、一つの大切な選択だと勉強をしていたので、それをご家族で話し合われる事もいいのではないかとお伝えしたかったのだけど言葉足らずでした。というか変な伝え方をしました」。

「旦那様に無痛おねだりするか」――。今回の発言は、何が問題だったのでしょうか。

産婦人科医で、神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授の吉田穂波さんは、発言の背景に、「産む性であるにもかかわらず、女性自身が選び、決めることができない風潮があるのではないか」と指摘します。「これまでは、女性が痛みをこらえて出産することが美徳とされてきました。しかし、陣痛は通常では考えられない痛みを伴うものですから、周囲に我慢や忍耐を強いられることなく、女性自身が自分の産み方を決めるべきです」

こうした、女性の「自己決定権」は、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(SRHR、性と生殖に関する健康と権利)と呼ばれています。吉田さんは、日本においてSRHRが軽んじられている現実に触れつつ、今回の騒動で「社会全体がSRHRを見直す契機になれば。どんな方法であっても、命を授かり産み出すことそのものがかけがえのないことである、という原点に立ち返り、女性自身が自分の産み方を決めるのが当たり前になればと願います」とコメントします。

「無痛分娩というサービスを買えば簡単に解決、という感覚に違和感を覚えた」と語るのは、長年にわたりお産の現場を取材してきた出産ジャーナリストの河合蘭さんです。「日本では麻酔科医が不足しています。麻酔薬で痛みを緩和する無痛分娩は、アメリカやフランスでは出産の7〜8割を占めているのに対し、日本は1割程度。それは麻酔科医の人数が違うためなんです」

河合さんは、取材した経験から「無痛分娩は痛みが完全になくなるわけではありません。麻酔の効き方は個人差も大きく、低血圧になる、陣痛が弱くなるなどのリスクもあり、それをコントロールする麻酔科医がもっと必要なのです」と言います。「日本は麻酔科医がいない小規模な出産施設が多いけれど、無痛分娩は大人気。今はむしろ無痛分娩をやっていないと妊婦さんが来ない傾向も。産む人はもう少しこうした現実を知って、施設を慎重に選んでほしい」と話していました。

(読売新聞メディア局 永原香代子、鈴木幸大)