2019年に起こった新宿ホスト殺人未遂事件にインスパイアされ生まれた、3人の男女が愛を探求する映画『熱のあとに』。新進気鋭の監督・山本英と脚本家・イ・ナウォンによるオリジナル作品で、愛した人を殺めかけた過去を持つ主人公の【小泉沙苗】を演じるのは『桐島、部活やめるってよ』(2012)や、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(2013)などに出演する橋本愛。そんな【沙苗】を受け入れる【健太】に『桐島、部活やめるってよ』で橋本と共演し、『すばらしき世界』(2021)など多くの映画やドラマに出演する仲野太賀。突如、彼らの前に現れ2人を翻弄する【よしこ】を『菊とギロチン』(2018)、『福田村事件』(2023)の木竜麻生が演じている。

今回は、この難役を演じきった橋本愛さんに、オファーを受けた理由と共に自身の変化も伺っていきます。

―― アンバサダーを務めた東京国際映画祭での橋本愛さんの発言には自身の明確な思いが見えましたが、今回の映画もそういう役柄でした。山本英監督は、そんな橋本さんに「是非、演じて欲しい」ということでオファーしたとお聞きしていますが。

オファーしていただいた時に、山本監督からお手紙を頂いたんです。そのお手紙には何故【沙苗】という役を私に演じて欲しいのか、ということが書かれていました。そこには、私が普段から発信している言葉などを見ていらっしゃって、「自分が信じているものを守る強さみたいなものが【沙苗】と通じているような気がしている」と書かれていました。

その手紙を読んで“私ってそうなんだ。私ってそういう人間なんだ”と山本監督に教えてもらったような気がしました(笑)。私以上に私を知ってくれている人が居るんだということに凄く感激しました。これまでの自分、生き様みたいなものを肯定されたような気がして、救われたような気持ちになりました。そのことが演じる役に何か還元出来るような機会があるのなら、これほど幸せなことはないと思っています。

―― 女性が自身の考えを発言するのは、いまだに日本では少し厄介という印象を私は持っています。この映画では言い切ってくれているので、とても気持ち良かったです。今まで自分自身の言葉で発信することに恐れはなかったですか。

もちろんあります。毎回、恐れしかありません。でも、海外の俳優の方などの行動を見ているとやはり“羨ましい”と思うことがたくさんあります。自分たちも見世物というだけでなく、社会に生きるひとりの人間として、社会の一員として生きているので、人それぞれ違う考え方や意思があります。

私は自分が思うより遥かに影響力があるのだという意識を持って、広い視野で言葉にしなければいけない、という責任感が凄くあります。それに発言(言葉)によって、誰かを傷つけたくないという気持ちも強くあります。だから“何かを言いたい”と思った時には、それこそ脚本を直すみたいな感じで、何重にも“この言葉を使ったらこの人たちが傷つくかもしれない。こういうことをしたらちゃんと伝わらないかも”と色々と精査しながら、それでも“やっぱり伝えていきたい”と思うことだけを今は発信しています。

―― 何がきっかけだったのですか。

コロナ禍で私は、初めてインスタグラムで質問返しみたいなことを始めたんです。その時に色々な人から「言葉や考え方が素敵だね」とおっしゃっていただくことが多かったんです。それで“そうなんだ”と(笑)。私にとっては当たり前のことが、そんなふうに誰かにとっては凄く素敵に感じることなら、少し出してもいいのではないかと思い始めました。それに、その言葉が誰かの為になるのなら、尚更、素敵なことだと思いました。そこから徐々に小出しにしていったら、自分の言葉に対して好意的に受け止めてくださることが多くなっていきました。

「週刊文春」で執筆の連載をさせていただいているのですが、お陰で言葉にすることが好きになりました。誰かの人生を変えたり、社会を変える力には到底及ばないけれど、何処かで使いようによっては、何かがちょっとマシになるかもしれないという希望が見えて、それなら磨いていこう、頑張ってみようと思っています。

―― この映画を観た時に「【沙苗】はとても勇気がある」と思ったんです。だけど周りには、仲野太賀さんが演じている【健太】のようなタイプの人が多いような気がします。この【沙苗】と【健太】のコントラストが化学反応を起こしていくのだと思いました。橋本さんと仲野太賀さんは以前からご友人ですが、今回の共演で何かお話をされましたか。

確かに【健太】のようなタイプは多いですよね。太賀さんとは、現場でずっとふざけていました(笑)。役についての話を真剣にしたということはないです。お芝居をしていたら太賀さんが何を考えているのか、何を伝えたいのかが全部わかるんです。太賀さんの思いは、お芝居を通して伝わるので、それで十分でした。

こういう作品なので、私本体が壊れてしまってはいけないと思っていました。だからカメラが回っていない時は、ちゃんと笑って、楽しく過ごして、辛いのは本番だけ、と心がけていました。そんな風に健康を維持することを意識していました。太賀さんも(木竜)麻生ちゃんも、もしかしたら同じような意識を持っていたのかもしれません。ずっと開放的で笑いの絶えない現場でした。それが私にはとてもありがたくて、救われました(笑)。

もちろんお芝居に取り組む時には、皆もの凄い集中力でしたし、そういう現場だったのでとても居心地がよかったです。

―― それぞれのキャラクターの内面や背景が見えてくる脚本が素晴らしかったです。脚本を書かれたイ・ナウォンさんご自身の生きて来た道のりが影響されているのではないかと思います。イ・ナウォンさんとのお仕事で得たものはありますか。

イ・ナウォンさん、大好きなんです。ナウォンさんは、話したり、交流していても奥底が見えない人です。別にナウォンさんが隠しているわけではないんですが、“この人は本当に簡単にわかって欲しくないものがちゃんとある人なんだ”と想像ですけど、そう思っていました。だからこそ今回のような脚本が書けるし、こういう言葉を紡げる。私はナウォンさんの力をお借りして【沙苗】を演じさせてもらいました。本当にナウォンさんに出会えて良かったです。そしてナウォンさんの書く本、紡ぐ言葉をこれからも凄く楽しみにしています。

―― 橋本さんご自身が俳優を続けるうえで、大切にしていることはありますか。

何でしょう‥‥、まず開くことを今は一番大切にしています。演じている時もそうですが、普段からずっと開いていたいと思っています。その方が内面から輝けるということを最近わかって来ました。外見だけでなく、ちゃんと内側から発光しているような人間になりたいと思っています。それを意識しています。

あともうひとつ、具体的にずっと何をしていても踊っているような人でいたいです。「立っているだけでも、座っているだけでも、何処かずっと踊っているようだよね、あの人は」というふうに言われるような人になりたいです。実際には言われなくていいのですが、私自身が“ずっと踊っている”と実感を持ったまま“生きたい”という願望があるんです(笑)。 

今年、舞台があるのですが、その舞台が身体や声を駆使する舞台なので、その願望に1歩近づけるようなトレーニングをしていて、今、積み重ねられているので、今よりもっとパワーアップして理想に近づけていけたらと思っています。

―― 何故“踊っていたい”と思われたのですか。

私は踊っている人を見るのが好きなんです。それに田中泯さんなど、ダンサーであり俳優もやっている方の表現に憧れがあるんです。観ていると自分も踊っているような気持ちになれるんです。ただ座っているだけでも“私はこの人と今、同じ動きをしている”と感覚をコピーするのが凄く好きなんです。人が触っているものでも、見ているだけで触った感じが、どんな感触なのかを想像出来たりします。

例えば、今触れているザラザラした壁を、触っていないのに触っている感覚を呼び起こしたりするのが楽しくて好きなんです(笑)。その延長線上に踊りがあるような気がしています。田中泯さんが子どもの頃に、「今、動いている!」と感じた瞬間があったとおっしゃっていました。それを聞いた時、私は当たり前すぎて「動いていると思えたことがない」と思って、でも最近「あ、動いている!」と思える瞬間がやっとちょっとずつですが出てきました。それがずっと続いたら凄く楽しいと思うんです(笑)。

デビュー当時から何度も会っている橋本愛さんは会えば会うほど進化している。それもどんどん意志が言葉として表れ、内面も美しさを増す女性になっているとここ数年思って再会したらそれ以上の輝きを口からも放っていました。映画『熱のあとに』は、まだ製作会社も決まっていないうちから脚本に惹かれ、出演を承諾した作品だそう。実際の事件をモチーフにしつつ構築された「愛とは何か」を紡ぐ人間ドラマは、人は互いに影響し合い、進化していくことを内面を覗き込みながら探求する作品。俳優たちの熱量がぶつかり合う火傷しそうな傑作です。

取材・文 / 伊藤さとり
撮影 / 奥野和彦

スタイリスト:清水奈緒美
ヘアメイク:ナライユミ

作品情報 映画『熱のあとに』

愛したホスト・隼人を刺し殺そうとした沙苗は、数年の服役後、お見合いで出会った健太と結婚する。平穏な結婚生活が始まったと思っていた矢先、謎めいた隣人の女・足立が現れる。気さくに接してくる足立は一体何者なのか。そして、全てを捧げた隼人の影に翻弄される沙苗。普通の生活へ引き戻してくれる健太の温もりを受け取りながらも、隼人への想いを抱き続ける沙苗がたどり着いた、“愛し方”の結末とは。

監督:山本英

出演:橋本愛、仲野太賀、木竜麻生、坂井真紀、木野花、鳴海唯、水上恒司

配給:ビターズ・エンド 

©2024 Nekojarashi/BittersEnd/Hitsukisya

2024年2月2日(金)  新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国ロードショー

公式サイト after-the-fever