俳優であり、最近は『蒲田前奏曲』で製作も務めた松林うららさん。彼女が再び立ち上がり、自ら【松林 麗】名で自ら監督を務め完成させた映画『ブルーイマジン』が3月16日に公開されます。それは完全オリジナル脚本であり、性暴力を受けたことを言えずに思い悩む主人公と、彼女のように心に傷を負った女性達を救済しようと自ら立ち上がる勇気の先の希望を描いた作品です。「声に出しづらい」世の中にメスを入れつつ、傷つけられた心を抱き締めるような本作はどうやって作られたのか。主演を務めた山口まゆさんと松林麗監督にお話を伺います。

――そもそも映画界の性加害を軸に様々なハラスメントと立ち向かう映画を自分の手で監督しようと思った理由はなんですか。

松林:以前から#Me too運動などのテーマに興味を持っていましたし、自分自身も加害を受けた身として「これは映画化しなければ」と次第に強く思っていったのが理由です。ただ映画化するにあたって、性被害を受けた人だけでなく、グレーゾーンのところで生きている人の存在もしっかり描かなければと思ったし、フィリピンからやってきた女性が受けるDVや男性も被害に合うことなど、権力を持った人が犯す暴力を描くことも大事だと思いました。

――山口さんは、松林監督が製作、監督を務めた性暴力やDV被害に遭う女性たちを救う物語に参加されていかがでしたか。

山口:ちょうど1年前の今日(2月14日)がクランクインの日だったんです。作品のテーマもあり、演じる役柄もあって凄く悩んでいた1年前でしたが、完成した作品を観て、とても繊細だけれども背中を押せるような、前を向いて行けるような作品になって良かったと思いました。

松林:本当に真摯に役に向き合って頂きました。私はまゆさんのこの笑顔を見たかったんです。現場では辛いシーンもあったので悩むこともあったと思います。皆さんには劇中の中で、まゆさんの美しい笑顔も見て頂きたいです。

――ずっとお2人は映画作りで向き合っていたわけですが、その時から今に至るまでのお互いの印象を教えて下さい。

山口:最初にお会いした時から「大丈夫ですか?この作品、どうですか?」と凄く気遣いの心を松林監督から感じていました。私が迷いながら演じていたこともありますが、現場中でも常に“気遣いをしてくださる方”という印象を持っています。

松林:恐れ多いです(笑)。私は俳優からキャリアをスタートしたので、やはりキャスト(俳優)に寄り添うということが大事だと思っています。まゆさんは、杉野希妃さんとご一緒されている映画『雪女』(2016)の頃から観ていました。子役からこの業界にいらっしゃるので、役についてディスカッションすることもしやすかったんです。本当に真面目に取り組んで下さって、まゆさん自身も私に寄り添って下さったと思っています。それにまゆさんは透明感がもの凄くありますよね。ポスターやチラシにもなっている海のシーンでは、彼女からキャラクターの提案を沢山して頂き、本当にありがたかったです。

――どんな提案が山口さんからあったんですか。

松林:【のえる (斉藤乃愛) 】が持っているトラウマとして手を拳でグッとしちゃうというのが映画では象徴的に映し出されていますが、茅ヶ崎の海で撮影したシーンでは、その手を自分で「ほどいてあげる」という行為が映し出されます。あの部分はファンタジックなシーンになっていて、「手と手を取り合う」というテーマも含まれています。それともうひとつ、【のえる】自身が過去の自分と対峙して自分自身を許してあげるという意味も含まれます。ここが、まゆさんからの「指をほどく」というアイデアで取り入れたものです。本当は【抱き合う】【ハグする】という感じの予定だったのですが、手を「ほどいてあげる」ことで、凄く素敵なシーンになりました。

山口:そのシーンは私が役作りをしている段階で、自分のトラウマと向き合っている方のお話を聞く機会があって。その方が「トラウマが蘇ると自然と身体が硬直して、気づくと手を硬く握っているから、固まってしまわないように1本1本の指を、自分自身に大丈夫。大丈夫だよと優しく言い聞かせながら緩めていく」と仰っていたのがすごく印象的だったので、監督に提案させていただきました。

――それを聞いてあのシーンを思い出すと胸が熱くなりました。そうやって一緒に映画を作って行ったんですね。ちなみにお互いを動物に例えるなら何ですか(笑)

松林:難しいですね。でもね、まゆさんは【鹿】かな、と思うんです。

山口:【鹿】?何故ですか?

松林:【鹿】は崇高なる動物ですよね。まゆさんは目が凄く綺麗だから【子鹿】さん。バンビちゃんみたい、凄く可愛い。

山口:初めて言われました。バンビですか、嬉しいです。昔は【うり坊(イノシシの子ども)】に似ていると言われていました(笑)。

松林:【うり坊】?私のイメージは子鹿ちゃんです(笑)。本当は映画の中でまゆちゃんに鹿のお面を付けてもらいたかったんです。実はデモのシーンを作りたくて、皆に動物の仮面を付けてもらうという脚本がありました。そのシーンをと撮ることは出来ませんでしたが、だからその時に、まゆちゃんは“【鹿】かな?”と思っていたんです。

山口:これからは【鹿】推しでいきます(笑)。私の松林さんのイメージは【カピバラ】です。空気ごと柔らかくする力があると思うんです。

松林:本当に?【カピバラ】は温泉に入っているイメージですよね(笑)

山口:ゆったりと時が流れているイメージがあります。

――松林監督と会うと確かに柔らかな空気が流れるし、映画でも象徴的な役で出演されていますよね。思えば、脚本を作る段階から凄く準備をされていましたよね。私も一昨年くらいに途中の脚本を読ませて頂きましたが、どんな方向性に向かおうと考えていたのですか。

松林:撮影スタートが2023年2月14日でしたが、脚本に1年かけました。葛籐や不安などを全部織り込んで綺麗にまとまったのではないかと思っています。本当はもう少しブスブスと刺す『デス・プルーフ in グラインドハウス』(2007) のようなぶったぎるような作品にしようとしていたんです。でも、【対話をする】という方向性に落ち着きました。復讐するという部分が実は一番、悩んだんです

――その場合、全く違う展開になっていましたよね、どうしてやめたんですか。

松林:主人公である【のえる】が【田川】を川に投げたりするようなことも可能性としてはありました。でもそんな稚拙な復讐の仕方では「社会が変わらないし、これではヒーローものや水戸黄門になってしまう」と考えて、対話の方向にさせて頂きました。

――そうなんですね。だから私はこの映画のラストに希望を感じたんだと思います。山口さんはこの映画に出演して新たな気づきはありましたか。

山口:撮影当時は【のえる】に似ている部分がありました。というのも何だかモヤモヤした気持ちとか、わからないけどわかってもらいたい気持ちというのを感じとって欲しいというのが自分の中にありました。それが「ちょっと子供だったのではないか」というのをこの作品の【のえる】を観て思いました。色々と調べて自分の言葉で言えるというところまで作り上げてから、人と接するべきだということを【のえる】から学びましたね。

――確かに映画を観た率直な感想は、山口さん演じる主人公【のえる】の心の解放、【のえる】が前を向くために必要な行為であり、何より“救済の大切さ”を強く感じました。映画では、映画界の悪質な部分も描かれていますが、この映画を撮影した上で、お2人が思う風通しの良い映画界にする為に、どうすればいいと思いますか。

松林:私は0から1を作る、自分で企画して作る作品が今作で3作目になりますが、外部のスタッフさんを雇う、外部の方がいらっしゃる時はもう少しゆとりが欲しいとは思います。ゆとりというのは、時間の制限もそうですが、役者さんやスタッフさんと誠実に話し合えるという環境が、風通しになるのではないかと。“全てを健全に”というのは、やはり難しいと思うんです。でも「対話をする」のはすごく大事だと思います。

山口:「皆、人間だ」と思えばいいと思います。小さい頃からこの業界に居るので「大人にならなきゃ」と背伸びをしていました。グッと頑張るみたいな感じで(笑)。大人に対しても構えていて。でも最近、その気持ちがほどけてきていて、「皆、ヘンテコなところあるよね」「皆、人間だよね」「もしかしたらこの人、今は威張っているけど家では泣いているかも」など色々と思うようになったら「人に優しくなれるかも」と思うようになりました。だから皆さん「自分がやられたら嫌でしょ」って気持ちを持って欲しいです(笑)。

――本当に‥‥。最近観たドラマ「不適切にもほどがある!」で「女はみんな、自分の娘だと思え」という言葉があって凄く響きました。

山口:あの言葉、響きますよね。やはり上下とか見てしまいますが「上下はいらない」とは思います。

松林:本当にそうですよね。性別などの区切りなく、その人自身を見ることが大事ですよね。

山口:そうして欲しいです。

――特にどんな人にこの映画を届けたいですか。

松林:この作品のテーマとしては、もちろん【傷ついた人】【性暴力サバイバー(性暴力の被害から生き抜いた人)】の人たちに届いて欲しいです。だけど全ての方に届いて欲しいと思っています。

山口:今、色々と問題がありますけれども、発言をちゃんと聞いてもらえる世の中にだんだんとなって来ていると思っています。「嫌なことはちゃんと【嫌だ】と言ってもいい」ということを伝えたいです。自分の気持ちが本当に正しいのか?と悩んでいる人に「正しい」と伝えることが出来たら嬉しいです。

松林:今は皆が声を上げているということもそうですが、皆の意識が変わって来ていると思います。

――「黙っていることが美徳」ということが間違っているということに、目上の人達も最近、気づき出した気がします。映画『ブルーイマジン』は今の時代にマッチした作品だと思います。

松林:ありがたいことに、時代が追い付いて来た感じがします。今回、監督の立場になって見えてくるものも多くありました。今回のテーマは【#MeToo運動】、フェミニズム、シスターフッドですが、もう少し弾けた作品も撮りたいと思っています。これをきっかけにまた監督に挑戦したいですね。

――私は松林監督の話やプロデューサーを務めた前作『蒲田前奏曲』(2020) 、そして今作を見て、「松林監督はまずは女性たちを救おうとしている」のではと思いました。

松林:女性に限定しているわけではなく、私は人間が好きなんです。ひとり、ひとりの人間性をもう少し見極めていきたいです‥‥。でも、やっぱり女性を救っていきたいですね。

実は『蒲田前奏曲』のインタビューで交流をするようになった松林うららさんから2022年に本作の出演依頼を受けました。その役を演じるにあたって、果たして私が適役なのか悩み、脚本も読ませてもらい、じっくりと話し合って松林さんの熱意と共に映画に参加することにしました。今、映画界は性暴力事件が露見され始め、自分自身の認識の甘さに強く反省していたり、身近な人が加害や被害者になっている状況を目の当たりにし、自分の対応も間違っていたのでは、とここ数年で考え方がガラリと変わりました。あってはならないことがある社会ではいけない、本来なら映画の中の彼女達が声をあげる前に、気づいた周囲の人間が声を強くあげる。そうしていけなければいけないのです。風通しの良い社会とは、耳を傾け合え、互いを人として尊敬し合う関係の構築なんだと今の私は思います。

取材・文 / 伊藤さとり
撮影 / 奥野和彦


山口まゆ / ヘアメイク:美樹(Three PEACE)
山口まゆ / スタイリスト:梅田一秀

作品情報 映画『ブルーイマジン』

俳優志望の斉藤乃愛は、かつてある映画監督からの性暴力被害に遭っていたが、弁護士の兄・俊太からの助言もあり、過去の自分のトラウマを誰にも打ち明けられずにいた。しかし、親友のミュージシャン志望・東佳代から、佳代が音楽ユニットを組む西友梨奈の性被害の相談を受けたことをきっかけに、乃愛は友梨奈とともに「ブルーイマジン」に移り住むことを決意する。巣鴨三千代が相談役を務める「ブルーイマジン」は、さまざまな性被害やDV、ハラスメントなどに悩む女性たちの駆け込み寺として機能するシェアハウスだった。彼女たちに、かすかな希望の灯りがともる未来は、やってくるのだろうか――?

監督:松林 麗

出演:山口まゆ、川床明日香、北村優衣、新谷ゆづみ、松林うらら、イアナ・ベルナルデス、日高七海

配給:コバルトピクチャーズ

©“Blue Imagine” Film Partners

2024年3月16日(土)新宿K’s cinema他全国順次公開

公式サイト https://www.blueimagine.net/