独自の映像美と感性で世界中の映画ファンを惹きつけてやまないソフィア・コッポラ。3〜4年に1作発表という寡作ながら、どれもこれも傑作揃いの彼女がコロナ禍に目をつけたのが、エルヴィス・プレスリー……の元妻プリシラ・プレスリーの自伝回想録『私のエルヴィス』だった。


 


「パンデミックのロックダウン中、他の作品の実現に向けて準備をしていたんだけど、それがなかなかまとまらなかったんです。そんなときに、友人が『私のエルヴィス』をすすめてくれて読んだんですが、華やかでパーフェクトに見えていたプリシラの半生が、意外な苦労の連続だったことを知って感動して。それで、あ、これを映画化したい、と思ったんですよ」  


 


 プリシラはエルヴィスと出会い、恋に落ち、一躍スーパースターの華麗なる別世界に……というのは、みんながよく知るお話。でも、彼に出会ったときの彼女は14歳で、おまけに両親は超厳格。初恋の勢いとはいえ、ちょっと早過ぎた恋の成就と、浮世離れしたエルヴィスの生きる世界が、彼女の心を傷つけていく。バズ・ラーマン監督の『エルヴィス』(2022年)でも描かれたスターの光と影に巻き込まれた若い女性の苦悩が描かれている。


 


「あくまでこれはラブストーリー。たしかに影の部分は大きいんだけど、そればかりじゃ暗くなっちゃうでしょ。『エルヴィス』はエルヴィスの映画だけど、こっちはプリシラのための映画だから、彼女の視点で全てを語ることにしたの。プリシラ本人にも製作総指揮として参加していただき、その都度アドバイスをもらっていたけど、撮影や編集には一切口出ししなかった。だから、完成した作品を観てもらったときは本当に緊張したわね(笑)」

じつはこの作品、ソフィアの作品のなかでは低予算。「あまりお金の話はしたくないんだけど、本当に大変だった」と苦労を語ってくれた。


 


「美術や衣装、メイク、照明などのスタッフが本当に頑張ってくれたおかげで、経費を圧縮することができたのよね。例えば、スタジオにはありとあらゆるシーンのセットを組んで、一気にそれらのシーンを撮ったり。そうすると、私も含めてスタッフもキャストも大忙し。また、予算のせいではないんだけど、エルヴィスの楽曲を使用できなかったことも、私のクリエイティビティを刺激したわね。こういう小規模なプロダクションだと、資金の制限があるぶん、創造力を働かせた手作り感が出ることもよく分かったわ(笑)」

『プリシラ』
story 厳格な両親のもとで暮らす14歳のプリシラ(C・スピーニー)は、大スターのエルヴィス・プレスリー(J・エロルディ)と出会い恋に落ちる。彼女は両親の反対を押し切って、エルヴィスと同居を始めるのだが……。
監督:ソフィア・コッポラ/出演:ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ、ダグマーラ・ドミンスク、アリ・コーエン ほか/配給:ギャガ/公開:現在、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー中
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Sofia Coppola 1971年5月14日、ニューヨーク生まれ。1999年の『ヴァージン・スーサイズ』で長編映画監督デビューし、ガーリームービーの旗手に。次に監督した『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)でアカデミー賞脚本賞を受賞した。

text:MASAMICHI YOSHIHIRO photo : © Melodie McDaniel
otona MUSE 2024年6月号より