知人から「イヤホンを貸してほしい」と頼まれ、対応に困った経験がある人はいませんか。SNS上では、「イヤホンを貸すのは嫌」「イヤホンの共用って安全なの?」「イヤホンを片方貸して、2人で音楽を聞いたことがある」という内容の声が上がっています。

 イヤホンの貸し借りをした場合、耳にどのような影響を及ぼす可能性があるのでしょうか。また、イヤホンやヘッドホンを長時間使うと、どのような病気のリスクが高まるのでしょうか。もたい耳鼻咽喉科(愛知県東海市)・院長で医師の甕久人(もたい・ひさと)さんに聞きました。

細菌やカビに感染する可能性

Q.イヤホンを他人と共用した場合、耳にどのような影響を及ぼす可能性があるのでしょうか。

甕さん「イヤホンで音楽を聞いているときに、『聞かせて?』『聞いてごらん』といった形でイヤホンの貸し借りをした経験がある人はいると思います。イヤホンの貸し借りを行っても平気な人もいれば、衛生面が気になる人もいるのではないでしょうか。そこで、イヤホンを他人と共有することについて、心理面、衛生面の2つの側面から考えてみましょう。

他人が触れた物に触ることができないという心身の病気である『強迫神経症』ほどではないにしても、清潔志向が高まっている現在、潔癖症の人は少なくないと考えておいた方が良いでしょう。そのため、自身の体に他人の物を装着する行為は、相手に嫌悪感を引き起こす可能性があります。

もちろん、人によってはそれらの行為が全く気にならない場合もありますが、互いの性格や気質を把握していないのであれば、イヤホンの貸し借りはしないのが無難です。

また、耳の穴の入り口には汗腺があるため、イヤーピース(イヤーパッド)を耳の穴に長時間装着した場合、イヤーピースが湿ります。細菌や真菌(カビ)は、湿度が一定以上に上がると増殖しやすくなるため、イヤホンのイヤーピース部分は清潔ではありません。

幸い、健康な皮膚の場合、角質層がバリアーとなるほか、細菌類もその人の常在菌であるため、健康な人が自分でイヤホンを使用している場合は、すぐに感染症になるわけではありません。

ただし、耳の穴に傷が生じる『外耳炎(外耳道炎)』になった場合、傷に細菌などが増殖します。その場合、外耳道におできが生じる『耳せつ』のほか、外耳道の粘膜に真菌が感染し、炎症を起こす『外耳道真菌症』につながることが考えられます。

イヤホンの貸し借りは、自分の常在菌以外の菌が付着したイヤーピースを耳に入れる行為のため、重症な外耳炎の場合は菌に感染する恐れがあります。お互いの耳が正常な状態であるという確信がなければ、他人が使ったイヤホンを使わないことをお勧めします。

ただし、皮膚から細菌などが侵入することで感染する『経皮感染』は、悪条件がそろわなければ、通常は発生しません。過剰に心配をする必要はないでしょう」

Q.では、イヤホンだけでなくヘッドホンについても、他人と共用しない方がよいのでしょうか。

甕さん「イヤホンは、イヤーピースを耳の穴に密着させて使う一方、ヘッドホンは、パッドを耳周囲の皮膚に当てた状態で使います。どちらも耳に当てて使うため、使用時の注意点はおおむね同じだと考えます。パッドが当たる部位の皮膚にはっきりとした傷がある場合は、ヘッドホンの共有を控えましょう」

Q.日頃からイヤホンをよく使う人がかかりやすい耳の病気について、教えてください。耳鼻科を受診する際の目安はありますか。

甕さん「耳の神経である『内耳有毛細胞』は、音を聞くのが役目であるにもかかわらず、音には弱く、騒音によりダメージを受けると『難聴(騒音性難聴)』になります。騒音と認識されるほどの大きな音でなくとも、音を長時間聞き続けることで難聴を発症するため、注意が必要です。

実際に、多くの人がヘッドホンやイヤホンで音楽を聞くようになってから、音楽鑑賞が原因で難聴が起きることが分かり、『ヘッドホン難聴』『イヤホン難聴』という病名が生まれたほどです。

WHO(世界保健機関)は、2019年に安全な音量と聴取時間の上限に関するガイドラインを公表し、『イヤホンを使い、電車内で音漏れするくらいの音量で音楽を聞くのは、1週間当たりで1時間15分まで』という内容の目安を示しています。

耳鳴りが急に生じるようになった場合は、難聴の初期症状の可能性があるため、耳鼻科を受診する必要があります。またイヤホンの材質によっては、材質が原因でかぶれを起こす『アレルギー性接触皮膚炎』の報告もあるため、装着部位に難治性の湿疹が続く場合は、材質が異なるイヤホンを使ったり、医療機関を受診したりしましょう。

このほか、耳の穴に合わないイヤーピースを無理に押し込んだり、痛いのを我慢して使い続けたりすることで、外耳炎や耳周囲の神経痛を引き起こすことがあります」

Q.アルコール消毒液などを使い、自分でイヤホンを手入れしてもよいのでしょうか。

甕さん「コロナ禍でアルコール消毒液などが多く使われるようになりましたが、イヤホンの清掃のために、やみくもにアルコール消毒液を使えばよいわけではありません。イヤホンのメーカーによっては、アルコール消毒液の使用を控えるよう、取扱説明書などに明記している場合があります。

清潔にするといっても細菌をゼロにする必要はなく、一定量の細菌が減少すれば問題ありません。細菌、真菌は汚れている部位、特に耳あかや体液などの有機物に付着するため、イヤーピースに付いた汗や耳あかの汚れを乾いた柔らかい布で除去するだけで、衛生的に問題ない状態になるでしょう。

イヤーピースを外した状態でのイヤホンの清掃方法については、製品によって異なります。取扱説明書を読み、手入れ方法を確認しておきましょう」

 イヤホンの貸し借りは、耳にとって好ましくない行為だということです。また、聴力低下の原因となるため、イヤホンやヘッドホンを長時間使わないようにしましょう。