手や足に障がいのある人たちの日常生活をサポートする「介助犬」。盲導犬や聴導犬といった同じ身体障害者補助犬と比べると、まだまだその名はあまり知られていないが、読売巨人軍のエース・菅野智之投手が支援活動に取り組むことで、世の中での認知も徐々に拡大し、介助犬への理解や支援体制の輪も広まりつつあるという。

そこで今回は、5月22日の「ほじょ犬の日」に合わせて、肢体に障がいのある方たちのパートナーを務める介助犬とその介助犬を支援する菅野投手の活動にフォーカス。介助犬の育成や普及に務める社会福祉法人 日本介助犬協会の広報・後藤優花さんから「介助犬とはどんな犬?」といった基本的な情報を学びながら、菅野投手が介助犬を支援するようになったきっかけやこれまでに行ってきた取り組みについても紹介していきたい。

動作の手助けだけではなく、心の面からもサポートもしてくれる介助犬の存在

お願いをした携帯電話を拾ってきてくれる介助犬。一般的に動詞は英語で、名詞は日本語で指示が行われる

「Take(拾ってきて)携帯電話」 「Give(渡して )」「Good!(よくできたね!)」

そんなユーザーさんの掛け声に合わせて、落としてしまった携帯電話を拾って来る介助犬。指示された仕事を成し遂げて褒められると、満足そうにユーザーさんを見つめる。一方、介助犬から愛くるしい眼差しを送られたユーザーさんも笑みを浮かべ、なんだか嬉しそう。これは互いに支え合いながら日々の生活を送る、ユーザーさんと介助犬との日常風景だ。

まだまだ認知度が低いため、盲導犬と間違えられてしまうことも多いそうだが、介助犬とは手や足に障がいのある人の日常生活動作を手助けする犬のこと。同じ身体障害者補助犬には他にも盲導犬と聴導犬がいるが、盲導犬は視覚に障がいのある人を、聴導犬は聴覚に障がいのある人をサポートする犬なので、サポートする対象者が異なる。

手足に障がいのある人をサポートする「介助犬」、視覚に障がい者の人をサポートする「盲導犬」、聴覚に障がいのある人をサポートする「聴導犬」の3種類を総称して身体障害者補助犬(ほじょ犬)と呼ぶ

ユーザーさん一人ひとりに合わせて育成される介助犬。サポートも遊びの延長で楽しく

先述の「落とした物を拾う」というサポートのほか、指示した物を持ってくる、緊急連絡手段を確保する、ドアを開閉する、衣服の脱衣を補助するなど、介助犬がサポートできる動作は実に幅広い。基本的にはユーザーさんの障がいの特性に合わせて育成され、その方の望むサポートができるようにトレーニングを積むので、担う仕事は一頭一頭違うのだ。

「まずはひと通り、代表的なサポート動作を教えたうえで、ユーザーとなる方とのマッチングを行います。そして、ペアが決まった段階でさらにその方に求められるサポート動作を追加訓練していきます。こうしたトレーニングで大事になるのは、犬たちにとっては遊びの延長となるように楽しみながら取り組んでもらうこと。例えば、靴下を脱がせるというサポートも、まずはおもちゃの引っ張り合いからはじめ、引っ張る対象をおもちゃから靴下へ変えていくような工夫をしています」(後藤さん)

そうしたトレーニングを経ることで、介助犬にとってユーザーさんのサポートは義務ではなく、むしろ喜びとなる。モノが落ちると、どの介助犬もみんな嬉しそうに走っていって拾い、それを満足気にユーザーさんのもとへ運んできてくれるが、介助犬にとってみれば、それは好奇心や探求心を満たすゲームのような遊びなのだ。

今回話を聞かせていただいた、日本介助犬協会で広報を務める後藤優花さん。日々、介助犬や協会の啓発活動に取り組んでいる。小学校高学年の頃に盲導犬に興味をもったことをきっかけに、この仕事に携わるようになったそう

そして、こうした介助犬の充足感はユーザーさんへも伝播し、動作面のサポートだけではなく、気持ちの面でも支えになってくれているという。

「肢体に障がいのある方たちにとって、人にサポートをお願いすることは自分のできない一面を再認識することにもつながるので、どうしても気持ちの面で塞ぎがちになります。ところが、介助犬にサポートしてもらうことは、『犬と一緒に自分でできた』と認識してもらえるので、ユーザーさんの自信につながるんです」(後藤さん)

それ以外にも、肢体に障がいのある人たちの中には、「人に迷惑をかけたくない」との思いから引きこもりがちになる人も多いというが、介助犬と暮らすことで自然と散歩などの外出の機会が生まれ、そこで「介助犬と一緒なら、思っていたよりも外出が不安じゃない」と自信を獲得するケースもあるという。こうした成功体験を積み重ねることで、「今度はあそこに行ってみよう!」とチャレンジするようになり、ユーザーさんの気持ちもだんだん明るくなっていくそうだ。

どちらのケースもその根底にあるのは、お互いを認め合うパートナーのような信頼関係だ。介助犬が自ら進んでサポートを楽しんでいるからこそ生まれる心の絆が、介助犬を単に作業を補助してくれる以上の存在に輝かせ、自然とユーザーさんに生きる力を与えている。

意外と少ない介助犬の実働数。認知度の低さと支援体制の弱さがネックに

介助犬がいることで人に頼まないでできることが増えていき、「自分らしい生活を取り戻せた」と喜ぶユーザーさんがいる一方、「自分より重度の人が必要としているのでは?」と介助犬ユーザーとなることを諦めてしまったり、介助犬と共に生活するという発想自体が生まれないケースも多い

ところが、そんな介助犬も大きな課題を抱えている。全国で潜在的に介助を必要としている肢体に障がいのある人は約1万5000人と言われているが、実際に活動している介助犬は58頭と、とても少ないのだ。盲導犬が全国で836頭実働しているのと比較しても、その数は極端に少ない。

その理由にはさまざまな要因が考えられるが、後藤さんは認知度の低さと支援体制の弱さが特に大きいことを指摘する。

「介助犬の存在は一般の方たちだけでなく、当事者の方たちにもあまり正しく知られていません。ユーザー一人ひとりの障がいに合わせて育てられる分、どんなサポートをしてもらえるかわかりづらい一面があり、例え、身近に介助犬にサポートしてもらっている方がいたとしても、『私はあの人と抱えている障がいが違うから、きっとサポートしてもらえないだろう』と思い込んでしまうケースも多いんです」(後藤さん)

また、肢体に障がいのある人たちは「なんでも自分でやろう」と頑張りすぎてしまっている人が多く、生活に精一杯で、介助犬を迎え入れるという発想自体が生まれづらい環境にあるという。

「そういった方たちに『そこをちょっと犬に頼れば、時間の余裕もできて、自分のやりたかったことができるようになりますよ』とお話しすると、『実はこんなことをやってみたかったんです』と打ち明けられる方も多いんです。介助犬を迎え入れるという発想がもっと身近になれば、自分のやりたいことと向き合えるようになる人も増えると思うんです」(後藤さん)

加えて、介助犬は1頭を育てるのに250〜300万円ほどの費用がかかるが、その費用の9割以上を寄付や募金、チャリティーグッズの売り上げなどで賄っている現状もある。活動の輪を広げていくためには、そうした寄付をできるだけ多く集める必要があるが、やはり認知度の低さがネックとなって、思うように支援体制を強化できないという問題点も抱えている。

救世主に名乗りを上げた巨人・菅野投手!強い影響力を生かして支援に貢献

菅野投手の成績に応じて協会に寄付される「菅野基金」。写真は2016年に行われた沖縄キャンプでの寄付贈呈式の様子

そうしたなか、心強い支援者に名乗りをあげてくれたのが、読売巨人軍のエース・菅野智之投手だ。先輩である内海哲也投手(現在は読売巨人軍投手コーチ)がランドセルを寄付する活動を行なっているのを目にし、かねてから「自分でも何か社会の役に立てることがあれば」と考えていたそうだが、たまたま原辰徳前監督と交友のあった日本介助犬協会の橋本久美子会長との縁に恵まれ、介助犬の支援活動を始めることになった。

「もともとご実家で犬を飼われていたこともあり、菅野投手自身、大の犬好きです。橋本会長とお話をするなかで、介助犬の認知度が低さや稼働数の少なさに問題意識を感じていただき、『強い影響力をもつ自分だからこそ、協力できることがあるかもしれない』と思ったことが、活動を始める大きな理由になったそうです」(後藤さん)

活動を始めた2015年には、さっそく自身の名前を冠した基金を設立し、試合で1勝するごとに10万円を協会に寄付をする活動をスタート。2019年からは、チャリティーコラボグッズを製作して、その売り上げを寄付するといった活動も始め、課題となっていた支援体制の弱さを金銭面からサポートしている。

「昨年も11月23日に開催された『ジャイアンツ・ファンフェスタ 2023』で寄付金贈呈式を開催していただきました。9年以上にわたり継続的に当会を応援していただいていることを大変ありがたく思っています。今では協会のグッズ販売の売り上げの半分以上を菅野投手とのコラボグッズが占めるようになりました」(後藤さん)

2019年からスタートした東京ドームでのPRブース出展の試み。介助犬と直接触れ合える機会を提供する他、菅野投手×介助犬のコラボグッズの販売や募金箱設置なども行われる

また、こうした金銭面の支援だけでなく、もう一つの課題となっている認知度の向上につながる支援も行っている。2019年にサポート大使に就任して以降は、巨人軍とともに東京ドームでの介助犬のPRブース出展や試合中のオーロラビジョンでの動画放映、SNSでの情報発信やジャイアンツ球場での介助犬による始球式などを実現させ、介助犬の存在をより多くの人たちに広めている。

「こうした活動の甲斐あって、巨人ファンの方たちへの認知度はかなり上がってきました。今では東京ドームにブースを出展すると、当初は盲導犬と区別できなかったファンの方たちが『今日は介助犬のブースが出るって聞いたから、菅野投手とのコラボグッズを着てきたよ!』と声をかけてきてくれます。菅野投手をきっかけに確実に活動の輪が広がっていることを実感しています」(後藤さん)

そして、協会側が最も心強く感じているのが、菅野投手自身が主体性をもってこの活動に取り組んでくれているところだという。菅野投手は介助犬への関心が非常に高く、どうしたら介助犬の活動の輪が広がるかを真剣に考えてくれているそうだ。

「私たちが会いに行くと、『こういうときって、介助犬はどうしているの?』と積極的に質問してくださいますし、こちらからお願いをするばかりではなく、菅野投手の方からも『こうしたらいいんじゃない』といろいろなアイデアを提案してくれます。共に歩もうとしてくれる協力的な姿勢に嬉しさや頼り甲斐を感じています」(後藤さん)

今年の菅野投手とのコラボグッズに込められたテーマ「支える」の意味とは?

2018年に実施されたジャイアンツ球場での始球式の様子。マウンドでボールが入ったカゴを受け取った介助犬の「クウ」が、ホームで待つユーザーさんのもとへ運ぶ形で行われた

最後に、これからやってみたい取り組みや今後の目標について尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「2018年にジャイアンツ球場でイースタン・リーグ戦の始球式を実施させていただいたことがあったんですが、次は東京ドームで実現できたらいいねという話をしています。やはり、1軍戦ですし、簡単にできることではないですが、今後実現してみたい私たちの目標のひとつになっています。

それと、菅野投手に愛知県にある介助犬の訓練センターを見学いただきたいとも考えています。介助犬は1歳を過ぎるとこの訓練センターに入所し、約1年間トレーナーから介助犬になるための訓練を受けるんですが、その様子を菅野投手に直接見ていただくことで、介助犬の理解をよりいっそう深めていただき、またそれを菅野投手自身から発信してもらえたら嬉しいですね」(後藤さん)

今年発売された菅野投手×介助犬のコラボTシャツ。このほか、同じデザインがプリントされたトートバックも販売中

ちなみに今年発売される菅野投手とのコラボグッズのテーマは「支える」だ。これは第一線に立って投手として高みを目指しながらも、チーム内で育ってきた後輩たちをバックアップしてチームを支えていく菅野投手の心意気を言葉にしたものだ。

「常に挑戦し、進化し続ける『EVER CHALLENGING EVER EVOLVING』というメッセージの背景に菅野投手のシルエットをデザインし、大黒柱のような存在感を放つ菅野投手を表現しました」(後藤さん)

このデザインを見ると、読売巨人軍という名門チームを支えるエースとしての存在感はもちろん、介助犬を支えるキーマンとしての存在感も感じずにはいられない。手や足に障がいのある人たちを身体と心の両面から支える介助犬と、それを支援する菅野投手の活動の輪が、これからも広がっていくことを期待したい。

text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
写真提供:社会福祉法人 日本介助犬協会