プロボクシングのWBO世界バンタム級王座に5月6日に東京ドームで挑戦する同級5位の武居由樹(27、大橋)が15日、横浜市の大橋ジムで公開練習を行った。王者のジェイソン・マロニー(33、豪州)は、4年前に井上尚弥(31、大橋)に7回KO負けした後に再起して世界王座に就いたテクニックを兼ね備えた総合力の高いボクサー。8連続KO勝利中の武居は一撃で倒す威力を持つトリッキーなパンチが武器だが、ここにきて正統派の「ワンツー」が磨かれてきたという。サウスポーが苦手な王者を倒すには絶好の秘密兵器となる“第三のパンチ”だ。武居の世界戦はセミファイナルで行われ、試合の模様はAmazonプライムビデオで独占生配信される。

 「バチっと倒して世界チャンピオンになります」

 大橋会長は偉業達成の予感がするという。
「私がマロニーのプロモーターなら、この試合は受けない。やはり武居のパンチは相手からしたら怖いですよ。一発で終わらせる力を持っている。それに本番に強い。世界初挑戦で東京ドーム。想像を絶するプレッシャーに萎縮するかもしれないが爆発力を見れるのが楽しみだね。不利だとも言われているが挑戦する側は井上尚弥を除きだいたい不利。私は有利だと思っているけどね」
タイでは、辰吉丈一郎を2度倒した元WBC世界バンタム級王者のウィラポン・ナコンルアンプロモーションに代表されるようにムエタイ王者からボクシングの世界王者への転身成功例は少なくない。だが、日本ではキックボクサーのボクシング転向はことごとく失敗してきた。今回、元K−1王者の武居が、ボクシングの世界王者になれば、那須川天心(帝拳)よりも先に日本ボクシング界の歴史に名を刻む偉業となる。
過去最多のスパー量を消化したという武居は気力が充実していた。
「緊張感、危機感を持ってやっている。試合が近づくにつれ雑念を削って集中していく。ここで絶対に(世界ベルトを)取りたいという気持ちがどんどん強くなっている。ファンの声も聞こえている。それを力にして、バチッと倒して世界チャンピオンになりたい」
マロニー戦の発表会見があったのは3月8日。この約1か月の間の成長に手応えがあるという。
「出たことのない技が(スパーで)出たりして自分でも驚いている。成長できているのかなと思うが、本番で出ないとダメ」
元3階級制覇王者で現役時代は“激闘王”と呼ばれた八重樫東トレーナーは、その成長の中で秘密兵器と言っていい“第三のパンチ”を会得したという。
「ワンツーです。秘密兵器です」
基本中の基本のパンチだが、ここまで8試合はキック時代から得意だったパンチに頼る傾向があり、スパーや試合ではワンツーや左ストレートは出せなかった。
「ここにきてやっと打てるようになった。過去の試合を見返してもストレートは打っていないと思う。引き出しのひとつ、ふたつが増えたところでどういうアクセントになるかわからないが、引き出しが多くなって勝率は上がった。ただ不利でいい。リングに上がって、こんなもんなんだと感じてもらえるといい」と八重樫トレーナーが言う。
実は、マロニーは武居のような「サウスポーが苦手」という情報がある。デビューして初期の頃に2試合ほど経験があるが、井上尚弥も契約している米大手プロモーターのトップランク社と契約してからは、一度もサウスポーとのマッチメイクはない。トップランク社がサウスポーを苦手であることを把握しているため、マロニーを世界王者に仕立てあげるまで、あえて対戦を避けてきたのではないか?との憶測もある。
サウスポーがオーソドックススタイルと対峙する際の利点として左のストレートがある。特にノーモーションの左が有効とされる。リーチのある武居が、ここにきてワンツー、左ストレートを会得したのは、サウスポーが苦手とされるマロニーに対してかなり有効な秘密兵器となる。右のジャンピングフック、予測不能な角度から飛んでくる左右のボディブロー、カウンターのアッパーなど武居にはトリッキーな武器が多いが、“第三のパンチ”とも言える左のストレートが勝負の決め手になるかもしれない。
八重樫トレーナーも「果たして実戦で出るのか、当たるのか、はわからないけれど、サウスポーを苦手とするボクサーに有効なパンチであることは確か」と期待を寄せる。

 マロニーは、先日、米専門サイト「ボクシング・シーン」のインタビューに答えて「武居は経験が浅く世界レベルの選手と戦ったことがない」と語る一方で、2年前の12月に武居が戦い11ラウンドまでもつれたブルーノ・タリモ(豪州)から得た情報として「彼は武居には信じられないパワーがあると言っていた。キックボクシングのキャリアは豊富でトリッキーなスタイルを持っていて遠くからもパンチが飛び込んでくる。尊敬すべき選手で常に集中していなければならない」と、冷静にそのスタイルを分析して警戒心を強めていた。
武居もそれらのコメントに目を通しており「向こうも準備をしてきているのかなと感じた」という。八重樫トレーナーの「本当は油断してただのブンブン丸だと思ってくれた方が良かった」も本音だろうが「向こうが準備するならこっちも準備する」と相手の裏をかく戦略を準備していることを示唆した。秘密兵器の「ワンツー」は過去の映像にないパンチ。相手が研究してくればくるほど予想外の武器にはなる。
マロニーが武居のキック流のパンチに戸惑うであろう前半に一撃で勝負をつけたいが、対応されて終盤にもつれこんでも基本の「ワンツー」が打てるならば、マロニーのポイントアウトを狙うテクニックにも対抗できるかもしれない。
「KOで倒したいとずっと思っている。見ている人に喜んでもらいたい、面白いと思ってもらいたいから。長いラウンドをやりたくない、という理由もあるんですが、K−1時代からずっとやってきたこと」
今回の世界戦に向けて作成した黒のTシャツには「THEBOXING」と印刷されてあった。
2年前に東京ドームで開催された天心vs武尊の「THEMATCH」のオマージュのようにも思えたが、武居は「そうなんですかね?いつもデザインは任せているのでわからない」と苦笑いした。キックボクサーではなくボクサーの戦い。5月6日は「父」と慕う出身母体のキックボクシングジム「パワーオブドリーム」の古川誠一会長の56歳の誕生日だという。